助けてが言えない
「…いっ!!」
思わず落とした上履き、そこから散らばる大量の画鋲
手から流れる鮮血を見ながら、またか。と思う
烏野高校男子バレー部が全国大会へ駒を進めたと校内で知らない人はいなくなり、バレー部部員が有名人扱いされ始めた頃、
バレー部の過激なファンも生まれ始めたのだ。
初めこそ、タオルやドリンクの差し入れなどでそう悪質なものでは無かったから良かったものの、その内特に飛雄ちゃんやツッキーなど顔が良い人達に対しては度が過ぎた差し入れが来るようになった
内容については伏せておくが、とにかく貰った側が不快になるものだ。あとは熱烈なラブレター。それだけなら良いのだが、連絡先をつけておいて彼らが連絡しないと狂ったように手紙を渡し続けたり、本人に対して怒ったりと
とにかく男子バレー部は非常事態になっていた。顔の善し悪しに関係なく全員が盗撮の被害にあっており、中には潔子さんや仁花ちゃんなんかも被害にあっている。私もしかりだ。
どうにかしないといけない。部員全員で考え、コーチや顧問の武田先生も含めて考え、考え、考えた
その結果、差し入れは拒否するという事になり、その対応は私が1人で責任持って行うこととなった。
勿論皆反対した。しかし、彼女らは加減を知らない。大事な大事な選手たちに傷なんてつけられたらそれこそ私は彼女達を許せなくなる。
また、マネージャー全員で、との話も出たが、恐らくこの差し入れを断る係と言うのは嫌われ役になる。大事なあの二人にそんな役やらせられない。
そして何より私には自分を推す他人には無いアピールポイントがあった。自分の体が丈夫な事だ。
もしかしたら、怒りが収まらず攻撃してくる人も出てくるかもしれない。その対応に最も優れているのは私だろう。
それでも部員達は食い下がった。マネージャーの2人も。でも私は絶対に譲る気なんて無かった、誰より私が適任だと自分が1番わかっていたから。
そしてその結果が現在である。やはり私にしておいて正解だった。
差し入れの拒否、体育館への入場の拒否、部員の待ち伏せの拒否など、様々な事柄に対する文句や不満が私に押し寄せ、結果として上履きに画鋲を入れられるなどの攻撃をされている。
正直辛い、辛いけれど彼らの為なら頑張れる。そう自分を鼓舞して、画鋲を拾い集めた。
◇
授業が終わり、部活の時間になる。数週間差し入れを断ってきたので今はもう差し入れに来る人はほとんどいなくなったが、逆に私に対して攻撃する為に部活に来る人はいた
今日も無事に家に帰れるだろうか、なんて考える。大袈裟だろうか。
ぼけーっと階段を降りていると、ふとすれ違う1人の女子生徒
「なんであんたなんかが影山くん達の傍にいられるのよ」
背中に感じる衝撃
気づけば体は宙を舞い、そして、床に叩き付けられた。
階段から突き落とされたんだなぁ、なんて冷静に思う。数週間痛めつけられて、神経がおかしくなってきたかな
周りに人はいなくて、大事になりそうも無いことに安心する。多少びっくりして足は震えているが、ちゃんと立てるし歩ける。
大丈夫、今日も皆の元へ行ける。マネージャー出来る。
少し言う事を聞かない足を引きずって体育館へ向かった
◇
「……?苗字は?誰か知らねぇ?」
「知らないです」
「……苗字さん、大丈夫なんですか」
「…翔陽、気持ちはわかる。わかるけど、今手を出したらあいつの努力が無駄になる。少しずつ落ち着いてきてるのはわかるから、あとちょっとだ。」
「……でも!苗字さんいつも通りにしてますけど、日に日に傷増えてってるし!!」
「……日向…」
「あ、田中。名前ちゃん知らない?」
「潔子さん!いや、俺達も今その話してて」
「おかしいな、いつもこの時間には来てるのに」
「な、何かあったんでしょうか……また、呼び出されてるんですか」
「……仁花ちゃん、泣いちゃダメ。泣いちゃダメだよ。1番泣きたいのは名前ちゃんだから。」
「……ふぇっ…」
「……皆、限界が近そうだ」
「大地、まだ見てるだけしか駄目なのか?」
「……あぁ、苦しいがそれしかない。それに、苗字の言う通り少しずつ被害は減ってきた。俺達も辛いが練習はちゃんと出来てる。」
「練習に支障が出ると、苗字が1番悲しむからな…」
「……キャプテン」
「どうした、影山」
「俺はもう、限界です。」
「!」
「お、おれも!!キャプテン!!苗字さんこのままだと死んじゃいますよ!!」
「……でも、」
「何縁起の悪いこと言ってんの翔陽……?私死ぬん……!?」
「「「うわぁ!?」」」
「ちわっす!!」
「苗字!!大丈夫か…?」
「え?何がですか、今日も米7号食べましたけど。我が家の食糧難の話ですか?」
「え?食糧難なの?……って違う!!お前、日に日に怪我増えてるって…」
「大丈夫ですよ!!私物理に超強いんで!!痛くも痒くもないですよ。まぁ?翔陽だったら泣いちゃうかもしれないけど?」
「にゃ、にゃんですと!?」
「ふははは!!私の防御力は超合金レベルだからね!!その辺の雑魚共には傷1つつけられないだろう!!」
「何が傷1つですか」
「イィ!?」
ツッキーが何の遠慮も無く包帯を巻いた腕を掴む。いやいだだだだ!?
「い、痛くなんかない!!」
「涙浮かんできてますけど?」
「気づいてんならやめろや!?」
「……苗字さん」
「うぉ、どうしたんだい飛雄ちゃん」
後ろからひょいっと現れた飛雄ちゃんに少しばかりびっくりする。今日もツッキーと言い飛雄ちゃんと言い顔が綺麗だ。
きっと私は自分が怪我を負うより、彼らの綺麗なお顔や皆の大切な、バレーに必要な体が傷つくことの方が泣くほど辛い
「今日抱きついてませんよ」
「あ!………きょ、今日はやめておこうかな」
今飛び上がったらきっと先程階段で怪我した足が天に召される
「「「!?」」」
「お、おい苗字」
「嘘だろ苗字…」
「影山を摂取しないなんてお前……どんだけ辛い怪我してるんだよ……!?」
「いや嘘だろはこっちのセリフだけど!?飛雄ちゃんを摂取って何!?食べてないし!!それに抱きつかないって所で健康観察しないでくれる!?」
私の事なんだと思ってんだこいつら。元気だったら速攻ヘッドロックだぞ
「あ、あの……名前さん」
「ん?どしたの?仁花ちゃん」
「よ、呼ばれて、ます」
また過激な連中だろうか。全く懲りない。
「はいはい、今行きますよー」
出来るだけ違和感の無いように歩く。皆はさっさと練習してくれ。
1度皆を振り返る、すると面白いくらいに心配してる顔
「ちょ、練習!!してくださいよ!!大地さん!?」
「あ、……あぁ。……っ始めるぞ!!」
「「「っあす!!」」」
いつも通り練習が始まる。全国大会が近いんだ。こんなあほらしい事で大事な練習時間を奪われる訳にはいかない。
私は全力でプレーする皆が大好きだ
ふと自分の傷だらけの体が目に入る。もうどこをどこでやられたかすら覚えてない、体中が痛い。いつか本当に命すら狙われるのかもしれない、なんて大袈裟な事を思う
それでも、大袈裟だけど、命に代えても守り抜いてみせます。
なんて思っちゃうくらいにはバレーをする彼らが大事なんだろう。
練習を始める彼らを見て笑みさえ浮かぶ。
愛してるぜ、烏野高校排球部。皆のバレーは私が守る!!
いざ尋常に勝負!!と言わんばかりに呼んでいる彼女達の元へ行く
「何か御用でしょうか?」
「あ、えっ、えっと……これは…」
「は?」
「ち、違うんです、あの……」
いたのは女子生徒4名。呼んでおいてなんで戸惑ってんの。
「あの、何の用ですか?」
聞いても返事はない。あれ?こういういじめ??新種??物理は飽きたから、精神的にやり始めた??
焦る私。しかし彼女達の様子を見るに違うようだ。目線が明らかに上である、小人と話す目線じゃねぇ。私はここだぞコノヤロウ
ふと後ろに人の気配。後ろを振り返るまもなく、体が浮いた。
蘇る階段での痛み、つい体を強ばらせる
「っすいません、痛かったですか」
そして至近距離の美形
必死に途切れそうになる意識を繋いで彼に問う
「な、なんで飛雄ちゃっ」
「うちのマネージャーに何か用っすか」
私を抱っこしたまま彼女達を威圧する。これ傍から見たら子持ちのパパとかにならんか、威圧出来てるんかこれは。
何も言えない彼女達に彼は、美人が怒ると怖いと言うのを体現したような冷ややかな視線で
「もう二度と現れないでください。この人にも二度と関わるな。」
「ご、ごめ、なさ……」
1人だけなんとか言葉を絞り出したが、4人ともすぐに走り去った。少しだけ泣いているようにも見えたので、飛雄ちゃんのファンだったのだろうか、なんて呆然と思う。
まさか飛雄ちゃんがこんな行動に出るとは。驚いた。
「「「「影山ぁー!!!」」」」
「うわ!?」
「お前ーやるじゃねぇか!!言い返す余裕も作らせないあの絶対零度の視線!!」
「月島以上だったな!!あれやられたら俺チビるかもしんねぇ!!」
「ドヤ顔で言うなよ西谷……」
「王様なのに、人の為に動くとか気持ち悪」
「んだと月島!?」
「苗字さん!!体の方は大丈夫ですか…!」
「あ、ありがとう翔陽。大丈夫……」
「元気ないじゃないですか!!どうしたんですか!」
皆に顔を覗き込まれる。飛雄ちゃんに抱っこされたままなので少しだけ恥ずかしい。
「い、いや……あんなに怒る飛雄ちゃん初めて見たから、あんな風に怒れるんだなぁって」
「……怒るに決まってるじゃないっすか。苗字さん痛めつけられて。誰でもあれくらい怒ります。大事にしない為に皆は黙ってただけで。」
俺が我慢出来なかっただけです。そう言ってぎゅっと少しだけ抱き締める飛雄ちゃん。
「自分の体、ちゃんと大事にしてください。」
目を見て言われる。今日も美人だなぁ、飛雄ちゃん。優しくて美人で、運動もできて。ちゃんと抜けてる部分もあって、モテるんだろ、う、な………
「……えっ、苗字さん?」
「うわぁああああ!!!影山が苗字さん殺したぁああ!?」
「おい!!降ろせ影山!!!お前美形ビーム使っただろ!!」
「美形ビーム(笑)」
「美形ビームってなんすか!!」
「苗字を仕留める一撃必殺技だよ!!ほら!!こんなぐでんぐでんになって!!」
「お、俺のせいっすか!?」
「お前以外に誰がいる!?」
「っはは!!苗字は相変わらずだな」
「…でも、良かった。たぶん影山があれだけきつく言ってくれたからもう無くなるんじゃないかな」
「だな。いやぁ、それにしてもあの美形耐性低すぎるのなんとかなんねぇのかな?」
「なんとか、してあげたい」
「……清水?」
「たぶん、だけど。名前ちゃんには影山みたいに自分の体を大事にしなさいって怒ってくれる人が必要。」
「…確かに。あいつ顧みなすぎるんだよな」
「自分なら物理に強いから、怪我してもすぐ治るから、そうやって自分の力を過信し過ぎてる。絶対痛いものは痛いのに。」
「よく見てんな、清水」
「……笑ってない時間だって、名前ちゃんにあるから。1人で生きていって欲しくない。」
「だから美形だろうとそうじゃなかろうと名前ちゃんの事怒ってくれる人と一緒になれるように、耐性付けさせてあげたい。」
「……だな、俺達も協力すんべ!」
「……ありがとう。」
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