深呼吸を2回して、くー!っと伸びをした。


誰もいない部屋の鍵を閉め、遅刻しまいと急ぎ足で駐車場へ向かう。


空を見上げれば雲ひとつ無い青空が広がっていた。


朝のニュースで今日の宮城は快晴だ、とアナウンサーが言っていたなぁなんてぼんやり思いながら私は歩みを進めた。






影山くんと、烏野高校とお別れしてから6年が経った。


私は28歳になっていた。紛うことなきアラサー。世知辛い…


あれから私は東京へ行き、母の看病と新しい会社での仕事に明け暮れていた。


そして母の手術が上手くいったこと、そして懸命に取り組んだリハビリのお陰もあり、母は想像以上に早く、2年ほどで完治した。


再発の心配も特に無い、という事もあり両親は宮城へ戻ることにした。


その際、私は東京でも宮城でもどちらでも良いがどこに住むかと問われ、悩んだ末宮城に両親と共に戻る事にした。


理由は東京で雇ってもらった会社はとてもホワイトだが、人間関係が難しく、上手くいかなかった訳では無いが、特別仲の良い人は作れなかった上、


苦手意識を持つ相手が多くいたこともあり、離れたいと思ったからだ。


だからと言って宮城に戻っても元の会社に入れるとは思っていなく、新しく探そうとしてたところ、


東京へ行ってからも連絡を取り合い、時には会いに来てくれた里香が部長へ計らってくれ、まだ私の後釜がおらず2年の間人手不足が続いている為戻る席はある、と言っていただけた。


その言葉を有難く受け取り、現在元の会社で勤めさせてもらっている。本当に運が良かった。


そして4年前に宮城へ戻ってきて、現在に至っている。


あの日から私は影山くんとは1度たりとも会っていない。


6年前の数ヶ月、本当に短い間恋をした影山くん。


もうきっと彼は私のことを忘れてしまっただろう。そう毎年思っても私自身は未練たらたらで全くと言って良いほど前に進めていなかった。


しかし全くこの6年みんなの姿を見なかった訳ではなく、彼らとのことを話していた里香が私が東京に行った後、烏野高校が出場した春高の試合は動画を送ってくれたおかげで見ることが出来た。


結局私は彼らと一緒に過ごした間、1度も公式戦を見ること無く去った為、その動画は宝物のように、鍵をつけて携帯のデータフォルダにしまってある。


そして、影山くんが3年生になるまでの間の試合については里香から話を聞いていたがその後彼はどこへ行ってしまったのかわからず、いよいよ忘れなければならないな。と意気込んだのだが、



ふとテレビをつけたら彼がカレーのCMに出てるものだから、ひっくり返った。


そしてそれからと言うもの、彼が所属するアドラーズ、そして後に日向くんが所属するブラックジャッカルは美形揃いということもあり、アイドル的人気を博して


来る日も来る日もバレー選手がテレビ番組に出るような世界になった。


影山くんも例外ではなく、口数は少ないが色んな人の前で発言したり、大人として多少の気遣い、空気を読んだりする姿は、もう私の知らない影山くん。いや影山さんだった。


それに6年前私が恋したように、いやそれ以上に彼はイケメンぶりに磨きがかかっていて、女性ファンが急増しているらしい。


かくいう私も彼のグッズは買ったことは無いがチェックしたり、テレビを見て影山くんが出てたらかっこいいなぁ…としっかり最後まで見るようになっていた。もはやファンである。


しかしファンというにも微妙な所で、私は彼の試合を見に行ったことは無かった。見に行ってしまえば、本物の影山くんを見てしまったら、あの時の感情が込み上げてしまうに違いないという確信さえあった為だ。


彼にもう一度恋なんてしたらたまったものではない。まぁ未練たらたらなので終わってすらいないのだが。彼は女性ファンを多く抱えており、近づくことすら容易ではない。


そして、公言していない彼女の存在。いるかどうかハッキリとした発言はここ数年聞けていないらしい。あれだけカッコよかったらすぐ出来てしまうだろう。私とのことなんて忘れて。


忘れて欲しいと願ってた6年前とは違って、恐らく忘れられたであろうという被害妄想をしてはショックを受ける日々だ。


ちなみに余談だけど、里香は私にバレーの試合動画を送る中で日向くんのファンになったらしく、ブラックジャッカルの試合は頻繁に見に行っている。凄いパワーだ。


アドラーズとの試合は何度か誘われたが、結局1度も行くことは無かった。そんな勇気が6年経っても出ない私は本当に意気地無しである。





駅の近くにある居酒屋。華金によく来る場所でここで1週間の愚痴や鬱憤を晴らす。


「名前さん飲みすぎ。」


「まだいける!!寄越せツッキー!!」


ツッキーと。


彼とは宮城に戻ってきてからすぐに再会した。


私は6年前と同じく親とは別居しており、以前借りてた家の近くに借りることが出来た。


そして最寄りのスーパーも変わらず、ちょっと懐かしいなーなんて宮城に戻ってきてから初の買い出しに行った際、たまたま私の家の近所に一人暮らしを始めたらしいツッキーと出会った。


それからと言うもの、私が東京に行ってからの影山くんの様子や、皆の進路などについて毎週金曜日の夜に聞いているうち、


この居酒屋で19時から、という暗黙の了解が出来た。家に車を置いて歩いてくると大体そのくらいになる。少ししたらツッキーも来て丁度いい時間なのだ。


そして毎週会う中で距離が以前よりかなり近づいて、ツッキーの方から名前さんって呼んでいい?なんて言ってくるもんだから、


あまりの可愛さにいいよ!!と即答した。それで今は名前さん呼びになっている。


「毎週毎週、飲み過ぎですよ。体壊すよ?」


「大丈夫、ツッキーが見張っといてくれるし」


「見張ってて飲みすぎだって言ってるの。もう若くないんだから辞めたらどうです?」


「え??喧嘩売ってる??」


「そんなふらふらな人間に負ける気しないから。」


「にゃ、にゃんだとう!?」


「何それ、日向の真似?」


「ふふふっよくわかったね。…あーぁ、もう若くないんだもんなぁ」


「労わらないからね。」


「うるさいよ!?まだそんな歳じゃないし!!」


「はいはい。…でもこの歳になってから思うよ」


ツッキーは今年で22歳だ。


「何を?」


「この年齢で高校生と付き合うのは無いな。って」


「…それな。実感するでしょ。」


「そうですね、同じ20代で例えば今の僕達22歳と28歳。これならまだアリかなって思いますけど」


「そう、それなの。未成年との恋って響きがやばいでしょ。」


「やばいですね」


そう言って笑うツッキー。あれ、もしかして当時の私を馬鹿にしてる?


「私あの時色々悩んだんだよ。なのに影山くんが何度も落としてくるからもう太刀打ちできなくって。…でも高校生が大人に憧れるなんてよくある話だし。」


自嘲気味に笑う。きっと影山くんもそうだったんだ。今は冷静に自虐でもなんでも無くそう思えるようになった。


「…どうですかね、そんなの本人にしか分からないし。」


「ねー、まぁもう終わったことだし考えた所でどうしようも無いんだけどねー!」


「…まぁ名前さんが終わったって言うんなら、終わったんじゃない?」


何だそれ、意味深な。


「今日の定例会はおしまい。家帰りますよ。」


「定例会!?なんか仕事みたいで嫌な響きだなぁ」


「だってそうでしょ。1週間の定期報告なんだから。」


「そうだけど…」


そう言ってツッキーは私の腕を引いて歩く。私は引きずられてる。大体毎週こんな感じだ、情けない年上で申し訳ない。







「はい、着きましたよ。早く帰って寝てください。」


「うん、今日もありがとね。また来週!」


そう言って家の中に入る名前さん。


毎週名前さんと会えるこの距離感は非常に心地いい。なんでも話してくれるし、だらしない姿もなんでも見せてくれる。


しかしそれは同時に男として見られていない証拠。


僕が貴方に想いを伝えたら何か変わるのだろうか、そこまで考えて頭を振る。


そんなことしたら、せっかく築き上げたこの距離感まで失う事になる。そんなリスキーなことはやはり出来ない。


こうして数年、僕はあの人に本音を言えずにいる。それでもあの人の隣にいられるなら僕は構わない。


例え名前さんが違う男を想っていても。


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