治さん(宮さんと呼んだらツムと紛らわしいから治で良いと言われた)に着いて歩いて十数分。意外と近い場所に練習所である大きな大きな体育館はあった。


そう言えば、侑さんはブラックジャッカルだけど、治さんは今日アドラーズを見に来たのだろうか。なんて聞いてみたら


「いや、アドラーズと合同練習しとるらしい。知り合いも多いし、暇潰しにでも見に行こかなと思ってな。」


そう言ってケタケタ笑う治さん。プロの練習を暇潰しにでもと言っちゃうあたり大物感が凄い。


「ちなみに、その2チームはよぉ合同練習やっとるで、ブラックジャッカルの連中とも知り合うことになると思うで、覚悟しときや?アドラーズに比べてヤバい奴多いからなぁ」


ヤバい奴とは。


と言うか私はアドラーズの方々ともほぼ面識は無い。ウシワカさんは烏野高校に通ってた時に名前ぐらいは聞いたことがある、その程度だ。



私、全然飛雄くんと日向くん、侑さん…ぐらいしか知らないんじゃないか。と気づき、途端に足が進まなくなる。


バレーの試合はテレビで放送されていたが、何せ飛雄くんから離れたい一心だったので、見始めてしまえば最後まで見る事もあるのだが、そもそも見ないように意識していた。


だから、今どき知ってて当たり前の美形揃いなバレー選手達を知らない。こ、これは失礼に値する気が…!


「どした?急に。入るで。」


「いや!まっ!ちょっ!!」


「なんやマッチョて。バレー選手は言う程ゴリマッチョ違うからな。」


何の話!?


「わ、私。全然選手のこと知らなくて…!名前もあやふやだし、顔だって…」


「…? それがどうかしたん?別にアイツらアイドルちゃうし、認知度なんてそんな気にしてないと思うけど………あぁでも、」


「……でも?」


「ブラックジャッカルの方が…その…なんや、知らんって言うとぎゃーぎゃー言いそうなやつがおるなぁ」


!!!


「あぁ、でもアドラーズも…ちっこいのに態度はでかいヤツがおってな?あいつも自意識過剰やから知らんって言うとキレだすかもしれんなぁ」


!!?


「まぁそんな気にせんとき!……って苗字さん?大丈夫か?顔青いけど。」


「…私やっぱり、」


「ほな行こかぁ」


私の腕を取りずんずん進む治さん、あの!?


「気にしなくてええって。それに、苗字さん全然見えんけど…結構俺らより年上なんやろ?」


治さんは侑さんから私と飛雄くんのツーショット(盗撮)が送られてきて、私の事や容姿を知ったらしい。


「い、一応…治さんより5つ?上ですかね」


「ほら、結構お姉さんやんか。見た目はデカいかもしれんし、態度もデカいかもやけど、お姉さんなんやから。なんかガキが言ってんなぁって思えばええよ。」


ガキ…22歳や23歳はガキ…?


「それに、まぁ、俺もやけどアイツらたぶんタメ口きいてくるから、苗字さんも俺に対してもあいつらに対してもタメ口でええと思うよ。苗字さんが敬語使うと下に見てくるやつもおるから。そこはバシッとな、かっこよくお姉さんしてくれや。」


なんか、私なんかよりずっと治さんがお兄さんに見える。


確かにな、と思えるような言葉で優しく語りかけるように言ってくれる治さん。


ここまで案内してくれたのがこの人で良かった、と少しじーんとしてしまう。


「ありがとうございます、治さん」


「全然。あ、俺の事もタメ口でな?ちゃんと年下ですよ」


「あ、…えっと、ありがとう治くん」


「おん、じゃあ今度こそ入ろうか」


治くんと体育館の中へ入る。






ひ、広い………!!


今まで生きてきて初めて見る、こんな広い体育館。


試合会場も体育館と言えばそうなのだが、あれとはまた違い、練習用感が強い。所々年季も入ってるし、壁にボールの跡がついてる所もある、怖。


はぇーと口を開けたまま入口でつい、立ち止まってしまう。こんな凄い所で練習してるんだぁ、プロなんだなぁ。


改めて凄い人が彼氏なんだと実感する


「ゴラァ!!日向ボゲェ!!!」


「ひぃぃぃ!!す、すまん!!今のは!ほんと!!」


飛雄くんの怒号と日向くんの情けない声が聞こえる。


そちらを見ると選手の方々がコートの中で練習していた。


テレビでも取り上げられるくらいだ、やはり美形揃いだと言うのが遠目でもわかる。そして皆背が高い。脚が長い。肩幅も大きい。


とにかく、私のような平凡人とは別格の皆さんなのだと見せつけられた。


「おーい、もうちょっとこっち来たらどやー?」


いつの間にか置いていかれてたようで、私よりずっとコートに近い場所にいる治くん。


いかんいかん、ぼけっとしてた。


「…サム?おぉ!サムやんけ!!今日来るなら教えてぇや!!」


「よぉーツム。暇やから来たでー。」


「暇て!!!暇やから来たて酷ない!?」


今はベンチに入っていた侑さんが治くんに気がついたようだ。


「暇じゃなかったら来んわ、わざわざ。試合見ればええしな。……あ、あと影山くんの彼女案内して来たわ」


「お?おぉ!?苗字さんやないか!なんで東京おるん?」


「えっ、名前さん…!?」


大声で私の名前を呼ぶ侑さん。


するとコート内の人にも聞こえてたようで、一気に視線がこちらを向く。そしてざわつく。


それは飛雄くんも同じようで、こちらに気づいて大きく目を見開く。


しかし、運悪く彼はサーブを打つ瞬間だった。


そしてこれまた運悪く反射神経が物凄く良い人がいて


飛雄くんが若干サーブをミスして、それを反射神経が物凄く良い人こと日向くんがレシーブする


しかし、日向くんとまた然り。私の方に一瞬目を取られ、尚且つ日頃よりずっとネット際へ落ちた飛雄くんのサーブに反応しきれず、


日向くんの右腕スレスレに当たったボールは上には上がらず、


あらぬ方向へ飛び、多少勢いが殺されたとは言えそれなりのスピードが出ているボールは


私の顔面へめり込み、意識を飛ばさせた。






「お?おぉ!?苗字さんやないか!なんで東京おるん?」


その声に一瞬手元が狂う


なんで名前さんここにいんだ。


驚き、動揺するが、それより約1週間ぶりにみた姿に嬉しさが溢れる。


とりあえず、なんでここにいるのか聞こう


そう思い、サーブを辞めようとしたが既にモーションに入っていた為、中途半端に打ってしまった。


そしてそれに日向が反応した。ほぼ全員名前さんの方向を見てた。日向もだ。なのに一瞬で反応してきた、やっぱりこいつの反射神経は侮れない。


しかし日向のレシーブもまた完璧とはいかず、ボールはコート外へ向かって一直線


その先に、名前さん


危ない、そう声が出る前に名前さんの…顔面にボールは当たって、静かに落ちた


そして顔面であの勢いのボールを受けた名前さんはこれまた静かに後ろへ倒れていく


俺がサーブを打って、日向がレシーブして、名前さんが倒れるまでが一瞬過ぎて、暫く誰も反応出来なかったが


慌てて状況を把握し、俺は名前さんに駆け寄った


「名前さん!!名前さん!!!」


鼻血が出てる、急いで練習着を脱いで鼻に当てる。


血が止まらない、それに目も開かない。


「名前さん!!!」


「落ち着け、影山」


「そそそそそ、そうやで飛雄くん。そんな死んじゃう訳やあるまいし!!」


「死ぬ訳ないじゃないっすか!!」


「うわぁ!こわぁ!!!その顔で人殺しそうやで飛雄くん!!!」


「とりあえず、寝かせようか。あと鼻は冷やしてあげないかんで、氷嚢とか持ってきいや」


「お、おい…このねーちゃん大丈夫かよ…てか誰だよ…!」


「木兎くん、この人は飛雄くんの彼女やで。」


「彼女ぉ!?お前彼女なんかいたんか!!……派手にぶっ倒れたけど大丈夫かよこれ」


「ののの、脳震盪とかもあるもんなぁ…だ、大丈夫かぁ飛雄くん」


「とりあえず、目覚ますまで俺も医務室行ってていいっすか」


「ええよ!!!…まぁ監督に聞いてな」


「はい……おい日向」


視界の端で小さく震える日向に声をかける


「ごごご、ごめん、俺、こんな事になるとは…」


「もういい、氷嚢取ってこい」


「お、おう…」


医務室で寝かされた名前さんは静かに眠っていた。


俺達からしたらあの勢いのボールは見慣れたものだが、名前さんからしたら経験なんてした事ないだろう。


怖かっただろうな。痛かっただろう。


彼女の計り知れない苦痛に思わず顔を顰める


気づけば名前さんの鼻血は止まっていた、氷嚢はいらなかったな。


あとは意識が戻るのを待つだけ……早く目を覚まして欲しい。





うっすらと視界が開ける


段々意識がハッキリする中でまず感じたのは顔面への激痛


いででででで!?なんだこれ、


全体的に痛い。特に鼻が痛い。


そう言えば、と意識が無くなる前のことを思い出す。


飛雄くんがサーブして、日向くんがレシーブしてた気がする


それでミスったのだろうか、気づけばボールが凄い勢いでこちらへ向かってきて


「!!」


一瞬感じた激痛を思い出し、慌てて自分の顔を触る。あまりの衝撃で顔が吹き飛んだような感覚だったけれど…良かった、ちゃんと顔はある。痛いけど。


意識がハッキリと戻ったので、体を起こした。ここは医務室、だろうか。薬品や白いベットからそう連想させる。


誰か、呼びに行くべきか。と身動ぎをした時、手を引かれた。


よく見れば、私の手を握り眠る飛雄くんがいる。ずっと、待っててくれたのだろうか。


長いまつ毛とサラサラな黒髪。心配、かけてしまったな。ごめんね、そう思いを込め優しく頭を撫ぜる。


「へぇ、本当に影山の彼女なんだな、あんた」


「ひぎゃっ!?」


「!?」


突然、飛雄くんとは逆側から声をかけられる


それに驚き過ぎて飛雄くんにしがみついてしまう。そして私に驚き目を覚ます飛雄くん。


銀髪で目力が強い。でもバレー選手としては小さめな身長。……どなただろうか。


「名前さん!!目覚ましたんすね!」


必死でアドラーズとブラックジャッカルのホームページに載ってた選手紹介のページを思い出す。ダメだ、覚えてない。


銀髪の彼を見ていると、勢い良くこれまた凄い美形な飛雄くんが肩を掴んで揺さぶる。


「う、うん。もう大丈夫だから、か、かた、かたをっ」


「すんません!!」


「ごめんね、心配かけて。鈍臭いからあんなボール当たるんだよねぇ」


「違います、日向が悪いです。俺も、雑なサーブしたから、…だから名前さんのせいじゃないっす」


「……おい、俺の事無視か」


「!?す、すいません!!…えっと、…?」


「なっ、お前まさか俺の事知らないのか…?」


「星海さん、名前さんはバレーの試合ほとんど見てないんで知らないっすよ」


「バレー選手の彼女なのに?」


「うっ……」


「…それは、最近になってです。それ以前見てないんで、知られてないっすよ」


「はぁーそーかよ、じゃあ教えてやる。俺はアドラーズの星海光来だ。俺の凄さはコートで見せてやる。」


にやぁっと挑戦的に笑う星海さん。相当ご自身に自信があるようだ。しかし何故だろう、彼の場合説得力があり、自信に満ち溢れていてかっこよく見えた。


私には自信が無いから、憧れてしまうな。


「…あの、星海さん。」


「なんだ、影山」


「そういう事気にしないかもしれないっすけど、名前さんは星海さんの5つ年上っす」


「……だ、だからどうした」


「あの、気にしないでくださいね!飛雄くん年齢とか、言わなくていいから!」


「…その、同い年程度に見てたから、…すまん。見下し過ぎた。」


同い年なら見下すんだ…


「いえ、全然。それに見合う実力がお有りでしょうから!またプレー見るの楽しみにしてます」


先週、試合は見た。だからここにいる選手達は恐らく全員見ているはずなのだ。


しかし、私は飛雄くんばかり目で追っていて、正直他の選手の記憶があやふやだ。


だからここで知り合った人のプレーをまた改めて見たい。


「おう!楽しみにしとけ!」


楽しそうに笑う星海さん。じゃあまたなー!と言って彼はどこかへ行ってしまった。彼はなんで医務室にいたんだろう?飛雄くんに用事でもあったのだろうか。


「あの、名前さん本当にもう大丈夫っすか?」


「うん、全然平気。ちょっと顔痛いけど、大した事ないよ」


「じゃあ、コート来て貰ってもいいっすか。皆心配してたんで、顔見せてやって欲しいんすけど…」


「うん!本当に申し訳ない…練習止めてしまったよね…?」


「いや、それは全然大丈夫っす。……そう言えば、なんで東京来てくれたんすか?」


あ。そう言えばそうだ。それを話していない。


また治くんにしたように恥ずかしさ満点の頭が弱い話を飛雄くんにもした。鍵持ってないのに家に乗り込もうとして、すいませんでした…


「嬉しいっす、ほんとに、ほんとに嬉しいっす。」


ぎゅううっと抱き締められる


「好きです、名前さん。また惚れ直しました。」


「…ありがとう、でも治くんいなかったら5時間くらいマンションの前で待ってたよ」


「電話してくださいよ!出れるかわかんねぇけど、気づいたら折り返します」


「練習の邪魔にはなりたくないから、それはしません!」


「電話くらいかけられます。次は絶対掛けてください。」


「うっ…………わかった。」


凄い目力で言われた。流石に怖いよ飛雄くん。


「じゃあ、コート戻りましょう。侑さんもキョドるくらい心配してたし、日向も青くなってましたんで」


「ええっ!?そんなに?ボール当たっただけだし…」


「でも、名前さん鼻血出してぶっ倒れたちゃったから、見た目がかなり…その…衝撃的でした」


鼻血ぃっ!?


あんな美形たちの前で私は鼻血を垂れ流して気絶したのか………病みそう



「そっか…それは心配にもなるね、血がね、出てるもんね」


そう言って乾いた笑いを繰り返す。これ以上の恥はもう何も無い。何も怖くない。


はは、ははは。と笑う私に疑問を感じながらも腕を引いてコートへ向かう飛雄くん。


こう言った、ある意味アウェーな環境にいると身内のような安心感を求めたくなる


あぁ、ここにツッキーがいたらなぁ、もういっそ清々しく笑い飛ばしてくれたんだろうなぁ


あっはっはっは!!本当に酷い顔だったよ、写真でも撮っておけば良かったぁ!!なんて言って笑うツッキーを想像しながら、私は改めてコートに入った。


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