夢ではないだろうな
ふと、目が覚める
目を開けるとそこは見覚えの無い部屋。うっすらと思い出した昨日の記憶からここは飛雄くんの家だと思い出す。
隣を見れば、すやすや眠る飛雄くん。今日も朝から顔が良い。愛おしさから彼の顔を撫でる。
携帯を開き、時計を見ると朝5時半。いや、早すぎだろう自分。でももう目はしっかりと冷めてしまった、二度寝は無理そうだ。
飛雄くんを起こさないように静かにベットから出る。リビングへ行きカーテンを開けばまだ薄暗い外から、早朝だと実感する。
さて何をしよう。洗面所で顔を洗い、スッキリした所で考える。まだ外へ出てもどこも開いてないし、そもそも1人で彷徨く勇気などない。
うーん、と悩んだ末。とりあえずお腹が空いたので、あと数時間後に起きてくるであろう飛雄くんの分も合わせて朝食を用意することにした。
◇
昨日の余りがあって助かった。卵などもとりあえずあると助かるよね!って事で買っといて良かった。
そう思いながら、キッチンを借りて朝食を準備する。
私自身は朝パンを食べる事が多いが、生憎家にパンは無かったのでご飯を炊き、おにぎりにした。
卵焼きや味噌汁。野菜の浅漬けなど用意したあたりで、扉を開く音がする。
「………なんで、いないんだ」
寝起きで目付きが最高に悪い飛雄くんが登場する。眉間のシワもあいまって、子供が見たら泣きそうな顔だ。アイドル的人気を誇るアスリートには見えない。
「ごめん、早く目が覚めちゃって……朝ごはん作ってたんだ」
「目が覚めた時に起こしてくれ……隣見ていなくて、心臓止まるかと思った」
そう言って後ろからぎゅうぎゅう抱きついてくる飛雄くん。可愛い。まるで大きな子供だ。
「いやいや、起きたの5時半だよ?飛雄くん練習中に眠たくなっちゃうよ」
「……大丈夫だ。」
「嘘こけ、高校生の時早朝練やり過ぎて、昼間眠すぎた時があったって言ってたじゃん」
「……もう、大人だ」
関係あるのかそれ、と言いたくなり後ろに立つ飛雄くんを振り返れば、顎を掬われ軽く口付けられる。
「……なっ…」
あまりに自然で固まる。なんだこのスマートさは。私が初めての彼女とかやっぱり嘘でしょ。
「おはよう、名前」
してやったり顔でにやりと笑う飛雄くん
「……おはよう」
それに対して、またしてもやられてしまった謎の敗北感からムムム顔の私。
東京での2日目が、始まった。
◇
2人で朝食をとり、家を出る準備をする
練習は8時かららしく、あまりのんびりはしてられない。
特に、私は飛雄くんより身支度の時間がかかる為急いで化粧を施していく。
下地を塗り、ファンデーションを乗せ、アイブロウ、アイシャドウとパーツに色を乗せていく。
「化粧してるの見るの、初めてだ」
「うわぁ!?」
あ、やらかした。アイラインがぶれぶれだ。
突如鏡越しに現れた飛雄くんに驚き過ぎて、手元が狂う。
「そんな、化粧してる所は見るもんじゃありません!!」
「そうなのか?どんどん変わってっておもしれぇけど。」
「なっ……そ、そもそも飛雄くん私が化粧してるのかとかあんまり気づいてなかったでしょ」
私がすっぴんになろうと、化粧している状態で会おうと何か言われた事は1度も無い。
「?いや、それは気づいてるけど。昨日も風呂上がり化粧して無かったから、可愛いなって思ったぞ」
何言ってんだ?と言う顔をして平然と言う飛雄くん。
き、気づいてたんだ……私は飛雄くんを侮っていた。
「あ、ありがとう。でも私は社会人の端くれなので、ちゃんと顔面工事を施してから外に出るの。」
「?そのままでもいいと思うけど」
「駄目なの!!私が!!駄目だと思ってるから!!」
「お、おう……?」
私の勢いに引き気味な飛雄くん。しかしこれは譲れない。下地もファンデーションも私の毛穴を消してくれてきれいな肌に見せてくれるのだ。
例えすっぴんの方が良いなんて言ってくれても、私は化粧した自分の方が好きなので、譲れない。
「よし!!出来た!!」
化粧が終わり、ストレートアイロンの電源を入れる。
「……やっぱ、女の人は準備大変なんだな」
ふむふむとずっと後ろから見てくる。飛雄くんの準備は大丈夫なのか。
「そうだね、男の人よりはきっと大変。でも楽しいと言えば楽しいから。」
「楽しいのか?」
心底わからん。と言う顔をする飛雄くん。まぁ、あれだよね飛雄くんの好きはある意味バレーに直結してるから……。
「楽しいよ?少しでもここで綺麗になったら、好きな人の隣を歩く時に頑張って準備した分だけ自信になるから。」
その通りだ。自分自身の発言に納得しながらにぃっと笑う。
結局の所自己満足なのだ。自分が自信もって飛雄くんの隣を歩けるならそれで良い。
「……そうか。」
一言、そう言うと私の頭を撫でる飛雄くん。なんだなんだ。
「髪の毛綺麗にしてから撫でたら、だめだろ。だから今触らせろ」
今の話を聞いて、私の綺麗になる努力を尊重してくれるらしい。
嬉しくなって、彼の首に抱きついた。
するとそのまま彼は私を持ち上げて回り始める。や、やめてええ目がァァァ!!?
「ふ、はははは!!名前、あははは!!」
「め、目が……ま、まわる……」
仕返しをしようと、目が復活してから彼に抱きついて少しでも持ち上げようとしたが、引くほど上がらなかった。何これ、鉄塔かな。
高校生の時でも飛雄くんを持ち上げるのは断念したことを思い出し、今なんかもっと無理だと実感する。私は成長してないけど飛雄くんは成長してるのだから。
そんなこんなで遊んでいると、時間が迫っていることを知り急いで準備した。
◇
「忘れ物は無いか?」
「無い!確認したよ」
「よし、じゃあ行くか」
そう言ってどちらからとも無く手を繋ぐ。
練習所へ向かい始める、今日もいい天気だ。
「名前、明日も休みか?」
「うん、休み。今日も泊まっていっても……?」
「いいに決まってるだろ。……あ、そうだ。これ。」
急に立ち止まり、カバンをあさる飛雄くん。時間は大丈夫だろうか。
すると彼がカバンから出したのは、鍵。
「家の鍵。持っててくれ。」
「え!?そんな、もらえないよ。」
「いい。名前ぐらいにしか渡す人いない。これがあればいつでも来れるだろ?」
だから、来れる時いつでも来てくれ。なんて言って嬉しそうに笑う飛雄くん。
う、嬉しい……これ以上の信頼なんてあるだろうか。こんなに沢山一気にもらってもいいのだろうか。
なんて有り余る幸せに、少しだけ涙腺が緩む。
「…ありがとう、じゃあもらいます。急に行っても怒らないでね?」
「怒るわけないだろ。そんなのむしろご褒美だ。」
ご褒美って何よ、と笑いながら言えばそのままの意味だ。いてくれるだけで俺は幸せだからな。なんて言って私の手を取り歩く飛雄くん。
私は彼の手を握り返し、これは幸せ過ぎるが夢ではないだろうな?と頬をつねり、痛みを感じていた。
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