「あ!!!苗字さん!!き、昨日は本当にすいませんでした……!」


練習所に着くなり、私に対してスライディングしながら土下座をする日向くん。膝すり減りそう。


「だ、大丈夫!!もう元気だし!そもそも私が鈍臭いのがいけないんだから……気にしないで?」


「う、うぅっすいません、苗字さんが優しくて助かりました…」


今にも泣きそうな顔をしている。そ、そんなにか。とは言え飛雄くんに聞いた話だと私は鼻血を垂れ流して倒れたようだから、


見た目の衝撃も凄かっただろう。まぁ1日寝ればなんともないんだけどね。


「…あれ、今日治くんはいないんだ」



「おはよう、苗字さん。サムは今日仕事やで」


「おはようございます、侑さん。……治くんの仕事って?」


「なんや、聞いとらんの?おにぎり屋や。」


「おにぎり屋さん!?何それ……行きたい」


彼も相当鍛えられた身体をしているように見えてたから、とても意外だ。あのムキムキな腕で力いっぱい米を握るのだろうか。



「おぉ、興味津々やん!今度連れてったるわぁ!」


そう言ってワシワシと頭を撫でられる。あれ、子供扱いかな。


「…侑さん」


「おー?……っひぃ!!?飛雄くんいつからそこに…」


ぐぃっと腕を引かれ、飛雄くんに肩を抱かれる


「俺のなんで。……あんまちょっかいかけないでください。」


「お、おう。すまんな、苗字さん」


「い、いえ!!飛雄くん、大袈裟だよ」


「大袈裟じゃない。名前は自分の見た目がいい事わかってない」


わかってないのはどっちだ。と瞬時に思う位には自分の容姿は秀でていないと思っている。


しかし鏡越しに毎日自分の顔を見ていてそう思うのだから、正しい自信がある。









「えぇ?見た目ねぇ……平凡だよ私は」


そう言ってケラケラ笑う名前。


しかし、現実はと言うか俺の見る名前は非常に魅力的だ。


初めて見た時から、ずっと。中学3年生の時に凄く綺麗だ。と思ってから今まで変わらず名前は綺麗だ。


しかし、それは俺だけではなく高校生の時で言えば、同じ烏野のメンバーも容姿を絶賛していた。


本人に言ってもさらっと流されるので、本人が居ない時に話題になる事が多かった。



合宿の時だってそうだった。他校の人、と言っても名前と関わった人はそんなにいないようだが、名前について話しているのを何度も見た。



その度、俺は誰にもとられたくないと言う気持ちに駆られた。



そして離れていた6年。あの容姿だ、俺の事は待たないと面と向かって言われた為もう他の人と付き合ってしまったかもしれない、




結婚、してしまったかもしれない。


そう何度も考えた。そしてその考えが思い浮かぶ度に、胸を刃物で抉られるような痛みを感じて、苦しかった。


今思えば俺の事は待たないと、自分だって辛いのに、泣いてたのに言い切った彼女は、ちゃんと大人だった。かっこいい大人だった。



その魅力にだって自分が成長してから気づき、会えていないのに惚れ直した始末。



その為諦めなんてつかず、諦めるつもりなんて無いが彼女を探し続けて、再会して、やっとここまで来た。



もう絶対に離してなんかやらない。名前は俺を縛らない為に、自由でいさせるが為に6年前俺の事が好きなのに手放した。


でも俺は、離してなんかやらない。名前を永遠に結婚と言う鎖で縛るつもりだ。



彼女だってそれを望んでくれている。なんて、幸せなのだろう。


お互いがお互いの事を想っている、とわかっている、わかっているのだが、


やはり違う男に話しかけられている姿は目に悪い。


しかも相手が相手だと、だ。女性の扱いに長けているだろうと思う相手だと余計に嫌になる。


誰が見ても、綺麗な人だと言う自信がある。俺の彼女は。


だからこそ、もし誰かにとられたりなんかしたら。想像するだけで体が強ばる。


俺は、名前がいなくなった人生をもう想像出来なくなってしまった。


だからどうか許してくれ、名前を独占欲で縛る事を。








飛雄くんはどうやら、人によって話して欲しくない人と話しても良い人といるようだ。


例えば日向くん。日向くんはおっけーらしい。


しかし侑さんはだめ。何故。


牛島くんもおっけー。星海さんもおっけー。


でも木兎さんはだめらしい。ヘイヘイ星の人じゃん。きっと宇宙人だよ。大丈夫だよ(?)



どこで何を見分けているのか分からないが、わざわざ彼が嫌だと思う事をしたいとも思わないので、必要以上には関わらないように気をつける。



とは言え、練習を見せてもらってるだけなので始まってからは話す機会こそない。



凄いなぁ……、本当ならテレビ越しに見るものなんだもんなぁ……。


迫力のあるプレー達に感激する。皆、凄くかっこいい。牛島くんが穏やかな人柄に対して、強烈なスパイクを放つことに少しビビってしまった。


星海さんは自信満々なだけあった。良く飛ぶし、なんでも出来る、という風に素人目にも見える。



皆、話すと普通の人なのに試合が始まると途端にプロの顔になる。これが、今ファンを多く抱える男子バレーボールの選手なのか。なんだか、とても大きな壁を感じてしまった。



こんな凄い世界で闘う飛雄くんから私はどんな風に見えているのだろう。


特別仕事を頑張ってる訳でも無いし、プライベートが充実してる訳でも無い。



ただ、のうのうと生きてる。私なら魅力なんて感じないし、自分と比べて向上心が無さ過ぎてイラついてしまうかもしれない。



大丈夫だろうか、この先。愛想つかれないだろうか、彼に拒絶される日が来るのでは無いか。



……いけない、彼からの愛情は貰い過ぎてるほどに貰っただろう。ちゃんと今は愛されてる。



これからだ、自分が飛雄くんの隣に立っていられるように自分に自信を持たなくては。






練習が終わり、2人で家路につく


昨日と同じスーパーに寄ってから、昨日と同じように私はご飯の用意を始める。今日はハンバーグだ。


「……名前」


「あ、おかえり。どうしたの?」


お風呂から上がった飛雄くんに話しかけられる。少し頬が赤くなってるのが可愛い。


「今日練習見て、どうだった」


「かっこよかった!!皆、やっぱりプロなんだね。高校生の時とは全然違ったよ、迫力凄かった!」


「……俺は」


あ、これは心得ているぞ。高校生の時から変わってない部分に笑顔を漏らす。


「最高にかっこいいなぁ、私の彼氏。って惚れ惚れしちゃったよ」


バカップル全開な事を言ってみる。でも本当だ。全世界に自慢したいくらい、かっこいい。



「……おう、ありがとな」


「いえいえ。でも影山選手にもなればかっこいいなんて言われ慣れてるんじゃない?」


「……ファンと、名前は全然違う」


「…特別?」


「当たり前だ」


自分から言わせておいて、思わずにやける。


特別。特別だって。これも全世界に宣言したくなる。私は影山飛雄の特別です!!って。


「明日」


「ん?」


「明日はオフだ」


「え!?そうなんだ……」


知らなかった。でもバレーボール選手だって人間だ、休まないといけないだろう。



「だから、明日は名前が東京出るまで買い物行かねぇか」


「買い物?」


「……ここに、名前の着替えとか日用品とか置いておいた方が楽だと思って」


「!!……いいの?普段邪魔かもしれないよ?」


「いい。むしろ名前と住んでるような気持ちになれそうだから欲しい。」


なんて事を言ってくれるんだこの年下彼氏は。


かーーっと顔が熱くなる。そんな事言われたら、本当に一緒に住みたくなってしまう。


「ありがとう!……じゃあ明日は買い物行こうか」


「……あと、指輪」


「…えっ」


「婚約指輪、見に行こう。出来るまで2、3週間かかるって調べたら出てきたから、出来るだけ早く見に行きてぇ。」


名前に悪い虫がつく前に、一目で俺の婚約者だってわかるようにしたい。と真面目な顔をして言う飛雄くん。


そんな、悪い虫なんてそもそも存在しないよ。私人生でモテたことないし。飛雄くんに好かれたのがむしろ奇跡だよ。


男の人に縁だって無い。会社だっておじさんばっかりだし。若い男の人なんてツッキーぐらいとしか会話してない。


だから、大丈夫だよ。と彼に言えればいいのだが、



私は彼の独占欲の証である婚約指輪が欲しくて欲しくてたまらなくて、


「……うん、見に行こう。私も早くつけたい!!」


そう言って彼に抱きつくことしか出来なかった。






夜ご飯を食べて、お風呂に入り、そろそろ眠たくなってくる時間になった。


私は朝5時半に起きた事もあり、物凄い眠気に襲われている。



「ふあぁ…」


「でっけぇ欠伸。」


「うるさい……眠たいんだもん」


「朝早かったもんな。明日、何時には東京出た方がいい?」


「うーん……遅くとも20時には向こう着きたいから、15時半かな?」


「あんまり時間ねぇな……10時くらいには買い物行くか」


「そうだね!日用品もゆっくり見たいし」


「あぁ、……デート、だな」


ふわりと嬉しそうに笑う飛雄くん。こちらにまで嬉しさが伝わる。


「初デートだね」


「?2回目だろ」


「え?」


もしや、高校生の時の買い物も含まれてる?


「俺はデートだと思ってた、あの時も。……名前は違ったのか?」



付き合ってもないし、そもそもあの時に告白だってされたのだから、全然デートじゃない。


でも当時の私もデートでは!?と前日に転げ回ってた覚えがある。うん、しっかり意識してる。


「いや、デートじゃん!?って焦りまくってた。」


「なんで焦るんだよ」


はははっと笑う飛雄くん、だって。16歳に買い物付き合ってくださいって言われてあそこまで自分が動揺するとは思わないじゃん。


「……高校生の時からイケメンな飛雄くんが悪い」


「お、俺はイケメンなんかじゃねぇ」


「イケメンだよ!?何言ってるの?」


鏡見たことないのかな、この人。



「……俺がイケメンかなんて知らないけど、名前は凄く綺麗だ」



「あ、ありがとう……でも、今までもっと綺麗な人に会ってきたんじゃない?」


彼が雑誌に載ったり、テレビに出ている事は知ってる。


ファッション雑誌に載ればモデルさんだっているだろうし、テレビは更に女優さんやアイドルだっているだろう。


「…色んな人と知り合ったけど、俺は名前以上に綺麗だと思えなかった。」


中3の時から、名前一筋だ。そうベットで横になり、向かい合って言われる。至近距離で発射された爆弾をしっかり被弾した。心臓がえらいことになってる。


「名前とこんな関係になれるなんて、本当に夢みたいだ。……絶対離さないからな」


にぃっと笑ったと思いきや、ちゅっと軽くキスされる


う、うぅ……全然飛雄くんのイケメンっぷりに対応出来ない。ドキドキしか出来ない。


「私だって、夢みたいだなって思ってる。でもちゃんと頬っぺつねって痛かったから、幸せだった。」


「つねるまでしたのか」


「した。今朝ね。」


「今朝の話かよ」


あははと楽しそうに笑う、時刻は23時半。そろそろ眠ろう、身支度して10時に家を出るならもうそろそろ寝なければ。


「飛雄くん、そろそろ寝よう?」


「もうそんな時間か……寝るか」


「うん、寝不足だとしんどいからね」


「……まぁ、どっちみち寝不足だけどな」


ぼそっと小声で言う。え?どういうことだ


「どういう事?」


「え、あ、いや……その…名前が隣にいると、ちゃんとは眠れない」


「え!?」


それって昨日も先週も!?


なんで、いびき?うるさい?寝言?歯ぎしり?え?どれ??


良質な睡眠がアスリートには必要不可欠だろう。よくは知らないが。とりあえず良くない事はわかる。


「ご、ごめん!?いびきとかだよね、うるさいかな……私やっぱりリビングで、」


「違う!!うるさいとかそんなんじゃない」



「へ?」


「その……我慢はする、って待つって言ったけど……意識しないのはやっぱり無理だ。」


なんの事、とは言わずともわかった。


顔を少し赤くしながら言った飛雄くん、申し訳ない、こんなこと言わせてしまって。


「ご、ごめん……無神経に」


「いや、そんな……」


「……飛雄くんがしんどいなら、私」


眠れなくて、辛い思いをするなら私はリビングでだって寝るし、欲求を満たさないと眠れないなら、私は


「……しないからな。絶対。」


「え」


「こんな気持ちに流されてするつもりはない。言っただろ、大事にしたい。ちゃんと2人で話して、お互いが良いと思ったらにする。名前がいいって言っても俺はまだ駄目だと思うから絶対しない。」


……驚いて声も出ない。彼は、私が良いと言ってもしないと言った。


意志の硬さに改めて見えないけれど感じる愛情を受け取る。



「ありがとう、大好き。」


「……おう、俺も、好きだ。愛してる。だから大事にさせろ。」


「…はい、大事にされます。」


へへっと笑みが零れる。あーあ、こんなに幸せな夜を2日連続で過ごしてしまって。明日からの1人の夜に耐えられるだろうか。


「おやすみ、飛雄くん」


「あぁ、おやすみ」


こうして幸福感に包まれたまま、私は眠りについた。


飛雄くんは後から聞いた話だと夜中の1時ぐらいまで起きてたらしい。


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