交錯
次の週の金曜日。毎週来る居酒屋でツッキーがおもむろにチケットを取り出した
「あげます。」
「何これ?」
「アドラーズとブラックジャッカルの試合、観戦チケット。」
「うわぁぁ!?」
なんとなく流れて受け取ろうとした手を急いで引っ込める。あれ?吹っ切ろうと数年かけてる人間に対する嫌がらせかな
「そんな、見に行ったって死ぬわけじゃないんだし」
「いや、死ぬよ。私の恋心が。」
今度こそ影山くん以外の人を好きになれなくなる。今はまだ吹っ切れる可能性があると信じたい。
「もうそうやって何年も今年こそ吹っ切れる!だとか、初詣で神様、どうか私に新しい出会いを!とかやってるの見るの飽きたんだけど。」
いやいや、ツッキーを楽しませる為にやってる訳ではないのだが。
私は私で本気で吹っ切ろうとしているのに、なんなんだこの人。
「それに、1人で見に行けなんて言ってないデショ。」
「烏野高校のメンツ、来てくれるらしいから。どうせ東京行ってから僕以外ろくに会ってないんでしょ?」
言われて驚く。影山くんだけに未練たらたらだった訳では無い。当時仲良くしてくれた皆にだって会えていなかった。
否、会えなかった。宮城にいる人もいるのに、会わなかった。
なんて言われるかわからなくて、今の皆を知らなさすぎて会うことを恐れていた。
「で、でも…私、なんて言えばいいのかわからない。」
「出た。うじうじ。試合で影山見るのもしんどいし、皆に会うのもしんどいって言うんですよね?」
「うっ…」
「急にそんな全員と顔合わせなんてハードル高すぎるだとか、試合で久しぶりに会うなんてきついよとか。」
「ううっ…」
「だから、今呼びました」
は?
「は?」
「ほ、ほんとに…」
「ほんとに…」
「「苗字さんだぁ!!」」
「!?」
後ろから聞こえた大声に驚く
振り返ると、見覚えのある顔。
「す、菅原くん…」
「お久しぶりです!!まさかほんとに月島が見つけてたとは!」
「田中くん…!」
「お久しぶりです!!!元気で良かったっすぅぅ!!あれからどうして今月島といるのか聞かせてくださいね!」
「グッチー…!」
「お、お久しぶりです、苗字さん!とりあえず元気そうで何よりです」
「清水さん…!!」
「お久しぶりです、あと、もう清水じゃないんです」
「けけけけ、結婚…?!」
「はい、田中潔子です。」
?
「田中?」
「はい、この田中と結婚しました」
そう言って清水さん改めて田中さんは田中くんと連れ添って笑った。
?
「夢?」
「なんでそうなるんすか!?」
「夢じゃないですよ、名前さん。もう酔ったの?」
そう言って私の頬をぺちぺち叩くツッキー。叩き方が優しすぎて痛くない。夢かどうかわからない。
「「名前さん!?」」
「も、もしかして月島…」
「苗字さんと…!」
「違います」
「な、なんだぁ…ちょっと焦っちゃったよツッキー。」
「なんで。」
「だって…影山は今も苗字さんのこと探してるんだろ?」
「え?」
「あれ、月島まさか言ってないのか!?」
「別に、わざわざ2人の恋路を応援してあげなくてもいいじゃないですか。」
影山くんが、まだ、探してる?
「まさか、だってもう6年だよ?流石にもうあの時の感情は忘れたでしょ」
そう言って笑う。笑ってみせた。笑わないといけなかった。
私は前に進んでいると、思わせたかった。
「…苗字さんは、もう影山のことはどうでもいいんですか?」
「…うん、もう次の恋を探してるよ」
「嘘つき」
「ちょ、」
「ここ数年、この人の事見てきたんですけど、全然吹っ切れてないです。未練たらたらにも程がある。」
そう言って、やれやれ。とでも言いたげな顔してため息を着くツッキー。なんなんだ、何がしたいんだ。
私に影山くんがまだ探してくれてるってこと教えてくれなかったくせに。
私が未練たらたらだってことは皆に言うの。
「じゃあ!!影山に会ってやってくださいよ!!」
「あいつ、今でも苗字さんの情報聞き回ってて、2人が離れ離れになってからもあいつ苗字さんのことばっかりでしたよ!!」
そんな事を言われて、嬉しくないわけが無い。
だけど、数年かけて吹っ切れようとしてたのに急展開過ぎて頭がついていかない。
「そっか…ありがとう、良かった。それ聞けて。」
「じゃあ!一緒に試合見に行きましょう!?」
「…でも…まだ心の整理がつかないって言うか…」
「今回は…まだ、急すぎるかな」
「そんな…」
皆、皆優しい人達だ。影山くんのことを大事に思っていて、一刻も早く私達を引き合わせたいのだろう。
だけど、こんな状態で会ったら、更に混乱してしまう
「…ごめん。」
「わかりました、でも必ずいつか会いに行ってやって下さい。あいつからは会いに来ること出来ないから」
菅原くんがしっかりと私を見て言う。
「うん、必ず。」
「…!お願いします!…じゃあ今日のところは失礼します!」
それを聞いて安心したのか、彼らは元々違う場所で呑むつもりだったのかわからないが店を出ていってしまった
◇
「着きましたよ、ほら、ちゃんと自分の足で歩いてください。」
「うーん…もう家かぁ。1人で悩みたくないなぁ。」
「大人なんだから自分でなんとかしなよ。」
「辛辣ゥ…ツッキーって敬語とタメ口めちゃくちゃだよね…」
「何、今更。名前さんに対してだけだからこんなの。」
「そっかそっか…皆大人だもんね…影山くんも…」
会いたいなぁ、なんてぼやき始めた名前さんを無理やり部屋の中へ詰め込む
「暴力はんたいい!」
「はいはい、おやすみ。」
そう言って玄関の扉を強制的に閉める。鍵をかけた音を確認してから家路につく。
名前さんはあんな風に言っているけど、内心嬉しいという感情が大きいに決まっている。
そして、あの二人が再会し一緒になるのは時間の問題だろう。
とは言え、名前さんは考え込むことが多いから少し時間はかかってしまうかもしれない。
時間をかけて考えて、やはり一緒にならない方がいいなんて思い始めてしまっても、
必ず僕が影山の所まで連れていくから。
あいつの肩を持つ訳では無い。ただ、名前さんが心から一緒にいたい奴と一緒にいるべきだ。
それが僕じゃないことなんて、わかってる。
僕は潔く身を引くから、幸せになるんだよ。
でも影山と一緒になるまでは僕の隣で笑っていて欲しい。
名前さんと影山を引き合わせた時、その時僕の恋は終わらせるから。
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