飛雄くんが東京から来てくれてから早1ヶ月。


飛雄くんの完全なオフと私の休みが重ならず、電話こそ出来ているが直接会うことは叶わなかった。


最初こそ離れているから浮気等の心配もするのかな?なんて考えたが、これまでの飛雄くんの様子や


電話越しの楽しそうな声を聞くと、心配する事も無く、会えない寂しさはあるものの楽しく過ごせている





今日も定時で終われた!


今日は帰っても特にやる事ないし、1人で飲みにでも行こうか?それとも里香を誘うかなーっと考えながら、家へと帰る車の中で里香にメッセージを飛ばす


すると行く行く!と返事が来たので、日向くんと会うって話はどうなったのかとか聞くことにしよう!と意気込み、車を家に置いて、行きつけの居酒屋へ歩き出す


「………あの、」


「はい?」


ルンルン気分で歩いていると、突然道端にいた人に話しかけられた。道案内だろうか。


「あなた、………でしょ?」


「え?」


小さな声で聞き逃してしまった、なんて言ったんだ?


「っあなた!!」


「あれぇ?奇遇ですね、名前さん」


「ツッキー!?なんでこんなとこいるの」


ツッキーとこの道で会うなんて初めてだ


「たまたま用事があったんですよ、……何か用事でもありました?」


にっこり笑って目の前にいる女性に聞くツッキー。言葉としては物腰柔らかなのに、目が全然笑ってないように見えるのは何故だろう。


「……月島、選手」


「え?僕の事知ってるんですか?ありがとうございますぅ、でも今プライベートなんで、僕達はこれで。」


そう言うと私の腕を引き連れ去るツッキー。


「ちょ、あの人放ったらかしでいいの!?」


「いいよ、たぶんろくでもない用事だろうから。」


「何でそうだと思うの?」


「……勘」


「嘘つけぇ!?ちゃんとこっち見て言いな!?」


完全に目を、と言うか顔ごと逸らしたツッキー。絶対嘘じゃん、なんか隠してるでしょ。


「気にしないで、その内教えてあげるから」


「その内っていつ!?……って、ツッキー汗かいてるじゃん、走ってきたの?なんか急いでた?」


「………全部片付いたら教えてあげる。」


そう言うと里香と待ち合わせの居酒屋に着いた途端、じゃあ僕は帰るよと言って帰ってしまったツッキー。


なんだったんだ、あの女の人もツッキーも意味がわからない………里香に愚痴るとしよう。


そう決めた私は勢いよく居酒屋の暖簾をくぐった。





『名前さん、後つけられてるよ』


単刀直入、単純明快に王様へとメッセージを送る


するとえ、とかは?とかちょ、とか単語にならない言葉達が返ってくる。いい加減スマホに慣れなよ。


『誰に』


『君のファンじゃないの?女しか見た事ない』


『いつから』


『約1ヶ月前くらいから。君がこっちに来てから少ししてから。』


恐らく見られたんだろう、2人で歩く姿とか仲睦まじい姿を。


彼だって単細胞の塊とは言え、今やトップアスリート。熱狂的なファンだって存在する。


有り得ない話では無いな、と冷静に考えるが最初に気づいた時は背筋が凍るような感覚だった。


結果として彼女に被害は無いし、とんでも無く鈍いので全く気づいていない。怯えて生活するよりは良いのか悪いのか。


最初に気づいたのは近くのスーパーで名前さんを見かけて、話しかけようとしたら彼女をつける2人組を見つけた。


明らかに後ろをつけてたので、僕は2人組の後ろから追いかけたが、結局家付近までついてきていたので、流石に家は教えられない、と考えそこで声をかけた。


それから僕は彼女の同僚、里香サンに連絡した。


すると彼女も名前さんの身を案じてくれ、会社から駐車場までは必ず見届ける、としてくれ、


あまりに誘うと疑われるから出来ないが、出来る限り仕事終わりに一緒に出かけるや飲みに行くなど誘うようにする、としてくれた。


金曜日は必ず僕が送り届けるとし、居酒屋まで来る道もあたかもいつも通り来た風を装って、家から名前さんが居酒屋に辿り着くのを見届けていた。


しかし昨日、ついに向こうからアクションを起こした。話しかけてきたのだ。


咄嗟に僕が間に入ったから良かったものの、放ったらかしにしていたら何が起きていたのか。


正直全てを守りきることは難しい、出来る限りの事はするが、もしもの事を考え影山にも話しておくことを決めた


『今のところ僕と同僚サンでなんとか見張ってるけど、全部は無理。一応こういう事起きてるって知っておいて。』


『悪い、助かる。なんとかする。協力してくれ。』


なんとかってどうするんだよ。


そもそもお前東京じゃないか。と意味がわからない事を表示するスマホを冷めた目で見る。


影山と生きていくと言うのはこういう事も有り得るって事。


やっぱり気持ち良くは送り出せない。……分かっていた事だけれど、どこまでも身を案じるのに罪は無いだろう。


早く結婚して東京で一緒に住んでくれ。もうどうせなら一息に僕から名前さんを取り上げてくれ。なんて考えながら、僕は布団に潜り込んだ。




「…………?」


「はよ」


現状を説明しましょう。朝起きる、ピンポン鳴る、覗き穴見る、でかい人。あれ?、扉開ける、←イマココ


「ととっとと飛雄くん今日オフじゃないよね…!?」


「オフじゃない、けど休んだ」


「えぇ!?駄目だよね!?」


「事情説明したら休めた」


「事情!?」


「彼女助けてきますって」


「!?困ってないよ…!?」


「名前は気にしなくていい。」


「それツッキーにも似たようなこと言われたんだけど……」


「……あいつには感謝しねぇといけねぇ」


「え?」


「たぶん、あいついなかったらこんな事出来なかったかもしれない」


そう言ってぎゅううっと抱き締めてくる飛雄くん。え?ひとつも言ってることわからないんだけど…


「今日名前休みだよな?」


「うん、休みだけど……」


「なんか用事あったか?」


「いや、何も無い、本当にどうしたの?急に来て」


「会いたくなった、それじゃ駄目か?」


きゅーん。


今日もかっこいい顔面と甘い言葉にメロメロになってしまう、それが伝わってしまったのかちゅっと額にキスされ、玄関からリビングへと連れていかれた。


「今日は俺と一緒に1日家にいないか?」


「え?」


「オフの日にのんびりしたいって言ってただろ」


「いいの?そんなわざわざ休んでもらっちゃってのんびりって……」


「いい。ほら、」


ソファーになだれ込み、腕を広げて待ってる飛雄くん


思わず年甲斐も無く抱きついてしまう。飛雄くんの匂いと力強い身体に安心してつい擦り寄ってしまう。


「一緒にご飯作りたい」


「おう、…教えてくれ」


「うん!あと一緒にテレビとか動画とか見たいし、ごろんってお昼寝したい。」


「おう、名前がやりたいこと全部やろう」


「うううっ好き!!」


「俺も。」


優しく微笑まれて、キスされる


幸せだ、幸せ過ぎる。溶けちゃいそう。


私は改めて愛しの彼に抱きついた。





「こんにちは、そっちの人はスーパーでの帰り振りですね、そっちはこの間の夜道振り。……名前さんの出待ちですか?」


「つ、……月島選手っ…!」


「なんでいつも……」


「お2人が名前さんに危害を加えたいんだろうなって言うのは傍から見てればわかりますよ」


ストーカーまでして。と付け加える


「っあの女、影山選手の彼女なんですか」


「そうですよ、それはもう仲が良くて。」


本当に、仲が良い。


「………っそんなの、受け入れられない!!」


「あなた方が受け入れられなくても、それが事実。それともあの人に傷でもつけたら満足するんですか?」


しないだろう、どれだけやったって満足なんて出来ない。


それだけの為に名前さんを傷つけられたらたまったもんじゃない。


「うるさい!!!自分でもどうしたらいいのかわからなくて……!!」


「私達だって凄く好きなのに、なんであの人だけ……っ!!」


なんで?そんなの簡単だ、全然違うからだよ


「………あなた達が好きなのはシュヴァイデンアドラーズの影山飛雄選手でしょ」


「……え?」


「あの人が好きなのは、中学生の時に財布忘れて危うく受験出来なかった影山飛雄なんですよ。」


ファンと名前さんでは影山に対する目線が全く違う


僕達はいつまで経ったって、名前さんには敵わない。


こうやって大人になる前、高校生の時に名前さんは僕達に無償の愛と優しさをくれた。


肩書きもステータスも何も無い、僕達に。


比べないで欲しい、名前さんと同じだと思い込まないで欲しい。


「影山にとっても僕にとっても、名前さんは大事な人だ。……影山を応援するなら、傷つけないで貰えますか。」


「………ごめん、なさい」


「……もうしません。」


そう俯いて言った2人は逃げるように走り去った。もうしません、なんてどうだか。本当かどうか確かめるまでは見張りを続けないと。


そう言えば、とスマホを開く


『僕が足止めしておいて、君がガツンって言うって言ってたけど、君の出番は無くなったよ。』


すぐに既読ついて返信が来る


『どういう意味だ。撃退したのか。』


『よくわかんないけど、そうみたい。もうしません、とかとりあえず言ってたけど、確認取れるまでは見張るよ。』


『頼む。』


『凄い返信早いけど、名前さん何してるの』


『寝てる』


『は?』


『一緒に昼寝したいって言うから寝たフリ続けてた。お前の連絡に気づけないとまずいから。』


一緒に昼寝したいって……幼稚園児かよ、とあの人が言いそうな内容に笑みを浮かべる


『そう、じゃあそのまま仲良くしときなよ。僕はもう帰る』


『月島、ありがとな』


『別に』


礼なら名前さんを幸せにする事で良い。なんて言えたらかっこいいのだろうか。


しかし僕はそんな事言ってあげられそうも無い、強いて言えても精々愛想つかされないようにお互い努力したら?程度だ


そんな皮肉しか言えない自分へ自嘲的な笑みを浮かべ、僕は家路についた。


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