握手会は、選手達が横一列に並び、観客もそれに対して並行に並んで一人ひとりと握手する、というものだった。


アドラーズもブラックジャッカルも有名かつ人気の選手が多いので、私達が行った時には長蛇の列となっていた。


泣いて感動している暇なんか無かった。でも止まらなかったものは仕方ない。意を決して私達も最後尾に並んだ。


あれ、ツッキーはどこ行ったんだろう。





どれくらいの時間が経っただろうか。やっとこさ選手側の先頭が見えてきた。


知らない選手も多いが、皆さん近くで見ると美形が多いこと多いこと。確かにこれはアイドル的人気も出るよ…!


一人ひとりと握手しながら、応援してます!ありがとう!というやり取りをしながら、影山くんを目指す。


そして影山くんが見えてきた辺りで握手をしてもらった選手から思わぬ声をかけられる


「…ん?あれ?もしかして自分、あれ、もしかしてもしかする?」


何を言っているんだろうかこの人は。


あ、見たことある、あるぞ。宮侑選手だ。ファンサービスが多いことで有名だ。テレビでも見たことある。


「たぶん自分あれやろ、…はー隅におけんなぁ。ありがとうなぁ」


そう言って握手する。何を言っているんだろ…?最後までわからなかった。イケメンってことしかわからなかった。











そして、影山くんの番が来た。


「…。」


「…。」


手は握っているがお互い何も話せない。


いや、何から話せばいいのかわからない。


「あ、あの!」


「…はい。」


「…かっこよかったです、ずっと、初めて見た時からかっこいいって思ってました。…ずっと、ずっとずっと会いに来る日の事を楽しみにしてました。」


「……っ…あざっす」


「…ずっと、応援してて、…ずっと、好きでした。」


涙を堪え、笑顔を作る。


久しぶりに会った影山くんはテレビの中の人で、でも今目の前に実在していて、体格や見た目、顔つき色々と変わっているのに


今私に向かって微笑んでる影山くんは、あの時と何も変わってない、烏野高校の影山くんだった。


やっと触れ合える距離まで来れた。私の想い、少しでも伝えたい。


またどこかで出会うことが出来たら、なんて言っておいて自分から会いに来てしまった。


でも、こうやって会うことが出来たのも、きっときっと色んな偶然の上に成り立っていることなんだって思う。


現に私は自分の力だけではここまで来られなかった。


一緒に行こうと誘ってくれた里香


影山くんの想いを伝えてくれた烏野高校の皆


そしてチケットを用意し、私の背中を押してくれたツッキー。


この中のどれか1つでも欠けていたら、きっとここで私たちは会えなかった。


だから、これは、ちゃんと運命だよ。影山くん。


私達、会えたんだよ。6年も経ってしまったけど、また会えたんだよ。


その想いを込めてぎゅっと強く手を握る。


少しだけ目を見開いた影山くんはそれに応えて強く握ってくれた。


そして、離れる時間が来る。早く退かなければ次の人の迷惑になる。


名残惜しいが手の力を緩めて影山くんの元から去る。その瞬間堪えていた涙が零れた。見られてしまっただろうか、


私はその涙を見た彼が選手側の最後尾にいる日向くんへ視線を送っていることを知らなかった。



また実際に出会えて気づいたよ、やっぱり好き。大好き。また会いに来るからね。












そして選手側の最後尾、日向くんがいた。


私の前に握手した里香は溶けそうなくらいに喜んで、顔が赤くなって、見ていて可愛らしい。


そして私の番。


「…かっこよかったよ、日向くん」


「あざっす!!」


少しだけ声を小さくして日向くんに言う。


今日は影山くんがかっこよ過ぎたけど、日向くんだってかっこよかった。身長も伸びて体と大きくなった日向くんはもうあの頃のような可愛さは無かった。


「…苗字さん」


「え?」


「…ごめんなさいっ」


なんで謝るの?そう思った瞬間私はすっ転んだ。


否、転ばされた。目の前にいる日向くんによって。


いてててて…床に手を付きながら足をさする。地味に痛い、なんでこんなことするの。


どうやら観客と選手側の間に置いてあるテーブルの下から足払いをされたらしい。脚長すぎかよ…


「だ、大丈夫ですか!!」


大きな声で日向くんが言う。いや、あなたがやったんでしょうが。


状況が理解出来ずに?を飛ばしまくる私


「すいません、俺のせいで…足くじいてたらいけないんで、医務室まで行きましょうか!」


なんて素晴らしい笑顔で言って私を抱っこする。


お姫様抱っこだ。里香の悲鳴がする、他のファンの悲鳴もする。


もはや私の意志どこにも無いじゃん…何これ…公開処刑…?社会的死…?


私は遠い目をしながら日向くんに運ばれた。






「…………で?」


「いや、あの、これは影山の為でもあって!あの、」


「で?」


「ごめんなさい!!」


シュバッと頭を床に擦り付ける日向くん。そこまでしなくていい、と言いたい所だが、先程転ばされたせいで


日頃運動なんてしてない私は上手く受身が取れず、無事足を捻挫した。地味に痛い。


ちゃんと怪我まで負わされて、ファン達の前でお姫様抱っこされて、流石に黙ってはいられない。


私は医務室の椅子に座りながら、床に座り込むオレンジの頭を見下ろしていた。


「そ、その…医務室行くって理由があれば、こっちに連れてこれるかなって」


「そしたらゆっくり影山くんと苗字さん話せるかなって!!」


「…ありがとう」


ぱあぁ!と明るくなる表情


「でも捻挫はひどい。」


「ごめんなさぁぁぁい!!」


「ん?お?何これ、何が起こってるん?」


日向くんが再度床に頭を擦り付けた所で医務室に先程何言ってるのかわからなかった人こと宮侑選手が入ってきた。



「お!!あんたさっきの!!飛雄くんの彼女やな!?」


「…彼女じゃないです」


「え!?違うの!?翔陽くん、話違うやんけ!」


「ま、まだです!!これからです!!」


なんで全然知らない宮侑選手にまで私と影山くんのこと話しちゃうんだ、日向くんは。


それにしても、私はどうしたらいいんだろう、せっかくここまで入れて貰えたなら…影山くんとも話したい。


でも姿が見当たらないし、あまり歩き回れない。


うーん…と考えていると、医務室の扉が大きな音を立てて開かれた


「……!!苗字さん!!」



「影山、くん」


慌てた様子で駆け寄ってきてくれた。



握手会じゃない、時間制限もない、今私のことだけを見てくれている。



心配そうに何か言ってるが、頭に入ってこない。



影山くんを見つめてると、あの頃の宝物のような思い出達が溢れ出す。



初めて出会った日のこと、一緒に出かけたこと、抱きしめられたこと、将来のことを話したこと、キスしたこと、そしてお別れしたこと。



全部、思い出すことが怖かったことだ。幸せだったと思い出してしまうから。



なのに、なのに。あの幸せの続きが、今目の前にある。



嬉しい気持ちと、苦しかったこの数年を思い出し、また涙が出てきた



泣き顔を見せる訳にもいかず、俯くと、腕を引かれて抱きしめられる。



「…ずっと。どこ隠れてたんすか」


「…ごめん。」


「…探してました。6年。」


「…ごめん。」



「もう、離さないですよ。嫌がっても、離してって言っても。もう一度会うことが出来たので。」



「…うんっ」


そう言ってえぐえぐ泣く私の頭を撫でながら優しく抱き締めてくれる影山くん


懐かしい温もり。私は、またここに戻ってくることが出来た。


「そ、そういえば!!怪我したんすか!?」


ばっ!と身体を離されて聞かれる


「あ…うん、捻挫しちゃって」


「!!!すいません、無理やりこっちに引き込んじまって…でも、俺、観客席に見えて、どうしたらいいのかわかんなくて、そしたら握手会まで来てくれたからなんとか出来ねぇかなって…それで日向頼っちまって…怪我させろなんて言ってねぇけどなぁ、日向?」



「ちちちちち違う!!いや、違わないけど…違う!!俺は軽くやったつもりだったんだけど…」


あまりに慌てる日向くんが面白くて、つい笑ってしまった。


「ふふっ…あはははは!!ご、ごめんね日向くん。私が全然受身取れなくて、足変な方向やっちゃっただけだから。」


「そ、それでも!すいませんでした!!」


「うん、もういいよ、大丈夫!」


ひー面白い、目尻に浮かんだ涙を拭うと、こちらを見て固まる影山くんがいた。ち、近い。かっこいい。ちょ、恥ずかしい…


「…苗字さんだ」


「…?」


「笑った顔、変わらないっすね」


そう言って優しく抱き寄せられた。


「…この6年俺に会いたかったですか?」


「…うん、凄く、会いたかった。でも、自分に自信なくてここまで来れなかった。」


「…来てくれて、頑張ってくれて、勇気出してくれてありがとうございます。」


ぎゅうううっと抱きしめられて、頭を撫でられる。


あの頃と変わらぬ優しい影山くんと暖かい体温に今まで悩んできた全てが溶けていったような気がした。


「あのー」


「俺たちいるんやけど、完全に見えてない感じ?」


「!!!??」


み、見えてなかった…申し訳ない…


恥ずかしさから腕を瞬時に離して影山くんから離れようとしたが、離れられなかった。


影山くん、全然離す気無いじゃん…変わらずぎゅーっと抱きついてる影山くんは宮選手に向かって


「気にしないでください。」


「いや、そんなことある!?よぉそんなこと言えるなぁ!?」


わかります、わかりますよ。でもこういう人なんです。


私は遠い目をした。


「苗字さん、今日時間ありますか。」


「あー…あるけど、ツッキー待たせてて、あと友達も」


「…月島?月島と一緒に来たんすか?」


「そう、チケットもツッキーが用意してくれて、案内もしてもらったの。」


「…そっすか。」


「どうかした?」


「いや、なんでもないっす。観客席の方こっちから戻れます。足大丈夫ですか?」


「うん、歩けない程じゃないよ、少し自由が効かないだけ。」


そう言って観客席で待ってるであろうツッキーの元へ急ぐ


すると後ろから影山くんにふわっと抱きしめられる。


「…まだ、全然話せてないです。だから必ずこっち戻ってきてください。離れてからのこと、沢山話して、…出来ればこれからの事も話したい…っす。」


気を遣いながら、言いずらそうにしながらも言葉を紡いだ影山くん。口下手な感じが変わってなくて懐かしささえ感じた。


「…私も。これからの事も含めて話したい。ちょっとまってて、すぐ戻るから。」



そう言って1歩踏み出したが、未だ心配そうにしている影山くん。観客席にちょっと行ってくるだけなのに、何故。


でも、私も少し不安がある。これだけ長い間離れていた。このチャンスをもう逃したくない。これで私が観客席に行ってる間に影山くんがいなくなってしまったら。考えただけで彼の元へ戻りたくなる。


だから、あの頃出来なかった方法で私達を繋ごう。



「…影山くん」


「…?」


「連絡先、教えて欲しいな。」


「…!!!…はい!!」


心の底から嬉しそうに携帯を差し出す影山くん。


連絡先の中に影山くんが登録され、私達の運命がまた動き出したことを実感した。


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