幸せ
晴れて恋人同士になった私達だが、何かが劇的に変わる訳ではなく、ちゅーしただけでお互い真っ赤っかになってしまう私達だ。
「ごごごご、ご飯作りますね!?」
「おおっおおおねっしゃす!!」
会話すら難しくなる程に照れ合う我ら。とても22歳と28歳には見えない。経験値の低さが伺われる。
経験値と言えば飛雄くんだ。あれだけイケメンで職業はプロバレーボーラーで高収入。モテる要素しかない。なのにあの反応はそんなに経験は無いということだろう。
私と離れている6年の間、勿論その間に彼女が出来ていてもおかしくはない、むしろ当然だと思ってきたが今その読み通り元カノが何人かいます。と言われたら私は地味にショックを受けるのだろう。
しかし、あの反応…どうなんだ、どうなんだ影山飛雄。
飛雄くんご所望のカレーを煮込みながら考える。いや、もう今の彼女は私なのだから聞いてもいいのでは。いやいや、デリカシーが無さすぎる。それに元カノのことを一々気にするうざい女だと思われる。解散。
はぁ、と溜息をつき飛雄くんは何してるだろう。と顔を上げたらそこに飛雄くん。
「ひぇっ」
「っははっこんなん前もありましたね。」
確かにあった気がする。合宿所で…。あれも驚いたが今回はこんなに近くにいたのに気が付かなかった。
「ため息どうしました?疲れましたか?」
「あっ…いや…あの……飛雄くん、私と離れてる間彼女いた?」
溜息まで聞かれていた。心配してくれるのは嬉しいが、なんと答えるべきか…と考えている間に素直な私の口は聞きたくて仕方が無かったことを聞いていた。馬鹿野郎。
「えっ?彼女っすか?」
うわぁ!!引かれる!!元カノ気にするうざい女です!!ごめんなさい!!
「いないっすよ。そもそも1度も付き合ったこと無いっす。…名前さんが初めてです。」
うざい女でも捨てないでぇっ!!…え?
私が初めて?それであの反応…?モテないわけじゃないだろうに…本当にずっと私の事好きでいてくれたのだろう。その事実に胸がいっぱいになる。
「名前さんは…?その、彼氏いましたか。」
聞きづらそうに言う飛雄くん
「いない!!…私も、ずっと飛雄くんのこと忘れられなくて。」
へへっとだらしなく笑うと、目の前の飛雄くんも嬉しそうに笑った。
◇
「いただきます!」
「召し上がれ!」
カレーに温玉を乗せて食べる。うん、美味しい。勿論お肉は豚肉だ。
「美味いっす…!家でちゃんとした飯食べれるなんて…」
「…え?」
プロスポーツ選手としては聞き捨てならない台詞だ
「俺、高校生の時から成長してなくて…料理全然出来ないんすよ、だからキッチンも使ってなくてほとんど食堂で食ってくるんす」
食堂と言うのは、練習所などにあるのだろうか?確かにそういう所ではバランスの良い食事が食べられそうだ。
しかし、毎食食べる訳にもいかないだろう
「夕飯は大体適当に済ませて、次の日の朝と昼を食堂でしっかり食べてます」
「ええっ…料理、教えようか?」
「…覚えられますかね」
いつになく弱気な飛雄くん。何故。
「簡単な料理なら覚えられると思うよ!カレーだって簡単だし。私いなくても自分で作って食べたくない?」
「…名前さんと一緒に食べたいっす」
なんかすごい勢いでカウンターをくらった。効果抜群だ。
「…んんんん!!!でも!!私は!!宮城県民!!」
「…知ってます、俺は東京都民です。」
「だから、そんな頻繁に会いに来ることは出来ないの。でも料理を教えるのは電話とかメールとかでも出来るでしょ?」
「…はい。」
「私も頑張って教えるから、一緒に頑張ろ?初めての共同作業だ!!」
なんとか乗り気になるように調子のいい言葉を並べてみる。
「共同作業…!」
目がキラキラと輝く飛雄くん。ちょろ過ぎるよ、詐欺にでも合わないか少し心配になる。
「俺、頑張ります!!…それに教える為に名前さんも連絡ちゃんとしてくれるんすもんね」
「もちろん、鬼のようにメールしちゃうよ!!」
「ドンと来いっす。」
傍から見ればバカップルにでも見えるのだろうか。
しかしながら今日再会して今日付き合った私達はそんなこと気にもならないほど浮かれている。
◇
「着替え、ここ置いときますね。なんかあったら呼んでください。」
「はい!ありがとう!」
ご飯を食べ終わって、お風呂を頂く。
飛雄くんはご飯作ってる間に入ってきたので、皿洗いをやってくれている。
…飛雄くんが入ったお風呂…!
少しだけ変態的なことを考えながら我が家とは比べ物にならないくらいの広さがあるお風呂へ入った。溺れそう。
お風呂でサッパリとして、飛雄くんが用意してくれたパジャマを着る。パジャマと言うよりはTシャツやハーフパンツなどラフな格好だ。
着てみて思う。当たり前だがデカい。上の服も下の服もだぼだぼとしてだらしない。
腰もずるずると落ちてきそうになるので、紐でしっかり固定した。
この服を飛雄くんが着るとぴったりなんだよなぁ、おっきいなぁ。なんて考えながら鏡を見ていると「大丈夫でした?着替え。」と声をかけられる。
ナルシストばりに鏡を見ていたことに気付かされ、「大丈夫!!もうそっち行く!」と言って急いで洗面所を出た。
◇
「…。」
「…?」
洗面所から飛び出した私をすぐそこにいた飛雄くんが抱きとめ、黙る。何も言ってくれない。そして体は離してくれたけど腕は離してくれない。どういうこと。
「…似合ってます。」
「…!?」
いや、似合ってはないだろう。完全に服に着られてる状態だ。だらしない。
「やっぱり名前さん小さいっすね」
「日本人の平均身長くらいだけど?」
「…俺がでかい?」
まじかよ。なんでそんな驚いてるの、飛雄くん相当大きいけど…
「ほら、リビング行こ?」
そう言って彼の腕を今度は私が引いてリビングへ向かう。
しかしその腕は逆に掴み直され彼の腕の中に引き込まれた。
「…可愛いっす。すげぇ。鼻血出るかと思った。」
「え!?…あ、彼シャツ的なやつかな…?」
「…彼シャツ?」
そうだ、彼には流行りの言葉というのが効かないんだった。
「な、なんでもない!今日疲れちゃったから、早めに休みたいな…?」
「はい、じゃあもう寝室行きましょう」
そう言って飛雄くんの後ろをついていく。
当たり前だが寝室には大きめのベットが一つだけ。当たり前だ、彼は一人暮らしである。
「…一緒に寝ていいっすか?」
恐る恐ると言った様子で聞いてくる。
「いいに決まってます…!むしろ嫌だったら私がソファー寝ます!」
「そんなんさせる訳ないじゃないっすか!!」
「じゃあ一緒に寝ましょう!!」
「はい!!」
勢いのまま2人でベットに飛び込む。ふかふかだ。そして飛雄くんの匂いが濃い。
ぶわぁぁっと顔に熱が集まる。飛雄くんがここで毎日寝てるんだ、そりゃあ匂いも強いだろう。しかし大好きな人の匂いというのは香水のようにいい匂いに感じる。
「…?どうしました?」
飛雄くんの服を着て、飛雄くんのベットで寝る。発狂しそうだ。
「ななな、なんでもないっす!!」
「…?」
はぇ?と言う顔をする飛雄くん。その顔たぶんファンに見せちゃいけないやつだよ。
とはいえ勢いでベットまで来てしまった。本当にこのまま何も無く寝れるだろうか。勿論彼とそういう事がしたくない訳では無い。
好きなのだから、体の関係だっていつかは持ちたい。しかしまだ今日の今日だ。
まだ、早いかな。と何がとは言い難いがそう感じるのだ。
でも大人の男女が同じベットで寝るという事にはそういうことが起きうる可能性が大いにある。無ければワンナイトなんて言葉は生まれない。
彼は、どう思ってるだろうか。好意があるのはわかっているので行為に意欲はきっとあるだろう。
ここで我慢してくれたら、真のいい男だ。申し訳ないが今日はやはりしたくない。
ツッキーは私に好意なんか無いからあっさり寝てた。あれは論外だ、ワンナイトすら起きない男というより性別ツッキー的なやつだ。
「…あの、名前さん」
「ひゃ、はい!?」
「…俺、」
「は、はい…!」
「ちゃんと大事にするんで。名前さんがしたくなるまでは絶対しません。」
ぽかん、とする。しんどいだろうに、理性なんか捨てたいだろうに。いい、男だ。
「傷つけたくないです、ずっとおじいちゃんとおばあちゃんになるまで大事にしたいです。だから、今日は足のためにもしっかり寝ましょう?」
ベットで横になりながら至近距離で言われた最高の、100点満点の回答。
少しだけ、涙が零れた。悲しくない嬉しい、幸せ過ぎる涙だ。
言わずともそれをわかってくれたのか、何も言わず優しく拭ってくれる飛雄くん。
「…ありがとう、大好き。」
「…俺も、大好きです。」
ぎゅううっと抱きしめ合う
「おやすみ、飛雄くん」
「おやすみ、名前さん」
そして最後にふふっと笑いあって私達は眠りについた。
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