あの大事な話があります宣言からもう少しで1週間。


もう少しで、影山くんが帰ってくる。


その事実に嬉しくなったり、もやもやしたり。この1週間情緒が不安定だった。仕事の時は集中出来てたので良かったのだが、それ以外のときだ。なんだかんだ言って彼の事ばかり考えてしまう。


そして電話をするとまた大事な話の事を考えてしまって、今日あった事などを報告し合っていても、ドキドキしてしまう。完全な浮かれポンチだ。


「ほぉ?それで?やっと??明日??愛しの彼が帰ってくると??」


「煽らないでください!?」


「いいじゃん、もうすぐ幸せハッピーになるんだから」


「せやせや。はーー俺にも幸せ分けてくれやぁ」


「侑はもうこんなピュアピュア恋愛出来ねぇだろ。」


「酷!!そうかもしれんけど、言い方!!」


影山くんが帰ってくる日の前夜、毎日来てくれた黒尾さんと何故か今日は宮さんまで来て、うちでご飯会だ。2人に至ってはお酒も飲んでいる。


ちなみに2人は事前に影山くんに許可を得てきたそうだ。なんと用意周到な。


「正直お2人なら許可なんか取らずに来そうな感じはありましたけど…」


「お、中々言うようになったなぁ苗字さん!」


「いや俺らもそれ思ったんだけどー…影山苗字さんの事になるとたまにすげぇやべぇ奴になるんだよなぁ」


やべぇ奴とは。


「おんおん。目がな?死んどるんよ。もー怖いで?何考えとるか1ミリもわからんから。」


そんな顔もあるのか、影山くんの表情リストには。


私の知らない表情がある事に、少しだけもやぁっとする


「あ、でも心配すんなよ?絶対苗字さんに向けてはそんな顔するわけねぇし。」


「苗字さんの前だとデレデレしとるもんなぁ飛雄くん。あんな顔出来るんか、ってびっくりしたもんなぁ」


「そうなんですか?」


「せやで!?練習中はギラギラしとるし、飲みに誘っても面倒くさ…って顔あからさまにするし。」


「そうそう。あんな柔らかい顔出来るんだねぇって思ったよ俺。」


私が普段見ている影山くんの表情は私だけが知ってる表情だったのだと、2人から教わった。


私は知らない内に、影山くんの特別になれていたのだと知れて嬉しくなる。私が意識する前から影山くんは私の事を大事にしてくれていたんだ。





騒がしい2人が帰ってしまい、家の中がまた静かになる。


途端に寂しさを感じ、まだ今日は影山くんから電話が来てないのでそれを待つ。


するとタイミング良く電話が鳴る、相手は勿論影山くん


「も、もしもし!」


「おう。…侑さんと黒尾さん、帰ったか?」


「うん、ついさっき。今日来るって知ってたんだね?」


「あぁ、事前に許可求められた。苗字と家の中で過ごしていいか。」


「あはは、楽しかったよ。2人から影山くんの話沢山聞けたし」


「…変な事聞いてねぇだろうな」


「変な事なんて聞いてないよ、……その、影山くんが私に対して柔らかい表情してて、それを初めて見たって話は聞いた」


「…?そうなのか?」


「うん、2人はそんな表情見たこと無かったって」


「…まぁ、そうなのか。苗字と話してる時が1番楽しいからな。」


「!!そ、そうなんだね…ありがとう、嬉しい」


「…おう、…明日、帰るからな。……話の事、覚えてるか?」


「…うん、覚えてるよ」


「…そうか、ならいい。もう遅いから早く寝ろよ。」


「うん、…おやすみ影山くん」


「あぁ、おやすみ」


切れる通話。ついに、明日なんだ。今から緊張してしまう。


明日彼が帰ってくる時、少しでもおめかししておこうか。いや、逆に気合い入り過ぎて引かれるかな。


そもそも告白されるなんて決まったわけじゃない。盛大に勘違いしてる可能性だってある。


浮かれるな、浮かれるな。そう考えても心はふわふわしてしまって。中々眠りにつけなかった。





夜ご飯の支度をする。1週間ぶりに帰ってくるので、やっぱり今日は彼の好物を作るべきだろう。そう思って用意したカレーの材料達。今日も美味しいと言って貰えるよう、頑張るぞ。


野菜の皮を剥き、切っているとガチャガチャッと玄関が開く音。か、帰ってきた…!


急いで玄関に向かう。そこには、たった1週間しか離れていなかったのに、こんなにカッコよかっただろうかと錯覚する影山くんがいた。


「お…おかえり!!」


「あぁ、ただいま。」


ふわり、嬉しそうに微笑む影山くん。美人だからその表情だけで私はノックアウトだ。むり、かっこいい。


「荷物もらうよ」


「いや、重てぇから大丈夫。それより腹減った。」


「今準備してるよ!」


「夜ご飯何?」


「カレー!」


「カレー…!」


みるみるうちに目を輝かせる影山くん。こういう所は子供っぽくて可愛いんだ、この人は。ギャップまで持ち合わせてずるい。惚れる要素が多すぎる、高校生の時も今も。


「でもまだ煮込むのに時間かかるし、先にお風呂入ってきたら?沸かしてあるよ?」


「じゃあ先風呂入ってくる」


そう言ってお風呂場へ向かった影山くん。


彼が戻ってきた頃には出来るように、私はご飯の用意を進めた。





「いただきます」


「はい、召し上がれ!」


「……うっめぇ。」


「良かった、今日もそれが聞けて。」


「1週間しか経ってねぇのに、苗字の飯が恋しかった。」


「そ、そうなんだ、向こうのご飯は美味しくなかったの?」


「いや、美味かった。でも…家庭の味って言うか。この味が欲しかった。」


嬉しい、私の料理が彼の一部になっているのだと知り、ついにやけてしまう。


「ご馳走様でした。」


「お粗末様でした、じゃあ洗い物しようかな!」


「ま、まて」


「え?」


「……話、していいか。」


どきっ


来た。大事な、話。


「は、はい!」


「…あんま気合い入れんな。こっちが緊張する。」


「そんなこと言われても…!影山くんが緊張してるのなんか見てわかるから、こっちまで移るよ!」


「……はぁ、行くぞ」


「ど、どうぞ!!」


なんだこれ、2人とも緊張し過ぎてちゃんと会話が出来ない。影山くんはなんかカクカクしてるし、私はオドオドしてる。


「…苗字。」


「…はい」


「好きだ。」


「……!」


目の奥が熱くなる。想像出来てたのに。


「その、…高校生の時からずっと」


「えっ?高校生って…」


「卒業式の日、お前に友達だって言った。……でも、苗字と離れて、苗字の大切さ知って、ずっと好きだったんだってわかった。」


「でももうその時には苗字と連絡取れなくて。……ずっと、忘れられなくて恋愛なんて出来なかった。」


「そ、そうだったんだ…」


知らなかった。なんなら彼は私の知らない間に恋愛経験なんて沢山積んでるものだと思っていた。


「でもまたこうして近くに来れて、苗字の笑顔沢山見て、やっぱり好きだって思った。」


「傷つけられた時は正直、隣にいていいのか悩んだけどそれでももう離れられない位に好きになってた。」


「だから、もう止められねぇよこの気持ち。……また傷つけるかもしれねぇ。それに遠征とかで傍にいられない時もある。…それでも、俺の隣で笑っていて欲しい。」


「……好きだ、苗字。大事にする。…俺と付き合ってくれないか」


涙が、止まらない。


高校生の時彼への恋が終わってしまい、苦しくて苦しくて路上で蹲っていた。


叫び出したいくらい、心が痛かった。


高校生の2年とちょっとの初恋は、誰がどう言おうとバットエンド。幸せでは無い、苦しい悲しい辛い終わりを迎えた。


それが今。大人になって、彼への想いが忘れたはずの想いが溢れ出し、


今日、この瞬間ハッピーエンドに変わったんだ。


「……っはい!」


「…本当か…!」


「うんっ……ありがとう、好きになってくれて」


「…あぁ。俺の方こそありがとな。……絶対幸せにする。」


「ふふ、…あのね影山くん、私、」


もう幸せだよ。


バットエンドのその後は、ハッピーエンドが待っていた。


fin.