『私とは、お別れしよう?』


何を言ってるのかわからない。


話を聞いていて、名前の気持ちを聞いていて、俺への気持ちが無くなった訳では無いと安心していた。


なのに、なんでこんな事言い出すんだ。


困惑を通り越して、怒りすら感じる。


「おい、名前。」


『……何?』


「今から会いに行く。」


『……へ?』


「会いに行くからな。」


そう告げて、通話を切る。俺は軽く荷造りをして、家を飛び出した。





「今からって……。」


切られた通話。スマホを持ったまま固まる。


確かにシーズンオフ入ったけど、一昨日ぐらいまで試合だったんじゃ無かったの……?そんな急に出てこれるもんなのか……!?


それに、別れようってかなり勇気を出して言ったのに、その返事が今から行くってどういう事だ。今から日本に来て、ちゃんとフラれるって事?


「どういう事よ、それ……。」


流れていた涙を拭って立ち上がる。


とにかく、イタリアと日本はすぐに来れる距離ではない。家に帰ろう。


沢山勇気を出したからか、久しぶりに飛雄くんと会話したからか。両方のせいからか、私は酷く疲れていた。


帰ってきた飛雄くんを前にして、どんな顔をしたら良いんだろう。そんな事を考えると、また疲れるような気がして、辞めた。


とにかく今は、休もう。じゃないとちゃんと向き合う事なんて出来ない。




『もしもし』


「も、もしもし。」


『日本に戻ってきた。………今から家行ってもいいか?』


「……うん、待ってる。」


切れた通話。はぁ、と深呼吸。


久しぶりに会う飛雄くん。数ヶ月ぶり。


緊張する、何を話したら、どんな顔したら。


飛雄くんに対してこんな事思う日が来るなんて……。


またしてもビービー泣かないよう、私は両頬を叩き自身に気合いを入れた。





鳴るインターフォン。


深呼吸をもう一度して、扉に向かう。


押して開けば、…………………ずっと会いたかった飛雄くん。


「……ただいま。」


その姿だけで、私は充分で。


「………おかえりぃ……。」


「……たく、泣くなよ。」


引き寄せられて、抱き締められる。久しぶりの温度、匂いに安心して、結局流れた涙は止まらず止められず。


よしよし、と頭を撫でられ、一緒にリビングに向かう。


「…………大丈夫か?」


「うっ……ぐすっ………うん。」


「大丈夫じゃねぇだろ。」


そう笑って涙を拭ってくれる。


リビングのソファーに2人で並び座り、向き合う。


「すぐそうやって、大丈夫だって言うの辞めろ。……今も、俺がイタリア行くって決めた時も。」


「……だって、大丈夫って言わないと、フラれるって思って…。」


「は?」


あの時考えてた事を今になって話す。


「飛雄くんの1番はバレーで、それは超えちゃいけないし、越えられないって思ってた……だから、私がイタリア行って欲しくないって言ったら、捨てられるのは私だって、」


「……んなわけねぇだろ、なんだよ、捨てるって。」


「飛雄くんが、私を優先するとは思えなかったし、そんなのは駄目だって、生活をかけたバレーをやってるんだから、………私が、捨てられるって思った。」


「………そんな事考えてたなら、言ってくれよ。」


「言えないよ、……絶対困らせるもん。」


飛雄くんの顔が見れなくて、俯いてしまう。


あの時は困らせたくなくて言えなかった。なのに、今結局困らせている。


「……ごめん、こんな彼女で。」


そう謝ることしか私には出来ない。


「………俺は、」


俯いていた顔を上げて、飛雄くんの顔を見る。


苦しそうな、切なそうな表情。


「俺は、後悔してる。……名前を置いてイタリアに行ったこと。」


「………え?」


「ちゃんと見とけば良かった。大丈夫だって笑う名前の事。…………いつも、そうだ。名前が傷ついてから気づくんだ俺は。」


いつもって。


高校生の時のことも含めている?………そんなの、助けてくれただけでも嬉しかったのに。


「泣かせてごめん。………遠距離恋愛なんてしない方が良いな。」


「…え。」


悲しそうに笑う飛雄くんに、言葉を失う。


それは、やっぱり、お別れしようという事?


自分から提案した癖に、飛雄くんから言われると酷く胸がざわつく。


「だから、…………っておい!?なんでまた泣くんだよ!?」


「だって………、」


好きだったから。大好きだったから。


お別れなんて、寂しいし悲しい。当たり前じゃないか。


「……っいままで、ありがとう……!」


涙をぼろぼろと零しながら頭を下げる。


何より、どんな感情よりこれだ。ありがとう、こんな私を彼女にしてくれて。


覚えていてくれてありがとう、好きになってくれてありがとう。大事にしてくれてありがとう…!


「……………だあああああ!!違う!!!」


頭を下げている私の顔を上げさせ、そのまま抱きしめる飛雄くん。


「え…?」


「離さねぇからな!!?絶対別れねぇ!!」


「え?」


え?


そっと体を離して、


「遠距離恋愛なんてしない方が良い、だから、…………その、……俺と、結婚しねぇか。」


え?


「けっ、こん…?」


「あぁ。…バレーも名前もどっちかなんて選べねぇ、だから両方欲しい。」


向き合う、かち合う綺麗な瞳。


「お前の人生、俺にくれ。」


そんなの、そんな言葉を私かけてもらっていいの?


「……いいの?私で…。」


「名前が良いんだよ。……イタリアまで、一緒に来て欲しい。」


日本での生活、友人、家族色々考えるところはあるんだろうけど、そんな事より今目の前にいる最愛の人。


「…よろしく、お願いします。」


にへぇ、とだらしなく笑って抱き着く。


「…ん。…幸せにします。」


そう言って私の頭に擦り寄る飛雄くん。


幸せにします、その言葉に笑ってしまう。


飛雄くんと大人になって再会し、付き合い始めた時も思った。


「……もう、幸せだよ。」


あなたにとって、必要な人間でいられるだけで。


ハッピーエンドのその先は、バットエンドになるかと思ったけれど、


目の前にいる最愛の人。


愛しくて愛しくて、自ら唇を重ねる。


驚き、固まる飛雄くん。しかし、すぐに目は細められ、慈しむように頭を撫でられる。


この人の隣に一生いられるんだ。


それだけで、私の人生ハッピーエンドに決まってる!!


「大好き、飛雄くん。」


「俺も、……愛してる。」


突き合わせた顔で笑い合う。年老いても、ずっとこのまま笑っていよう。


fin.