『私とは、お別れしよう?』
何を言ってるのかわからない。
話を聞いていて、名前の気持ちを聞いていて、俺への気持ちが無くなった訳では無いと安心していた。
なのに、なんでこんな事言い出すんだ。
困惑を通り越して、怒りすら感じる。
「おい、名前。」
『……何?』
「今から会いに行く。」
『……へ?』
「会いに行くからな。」
そう告げて、通話を切る。俺は軽く荷造りをして、家を飛び出した。
◇
「今からって……。」
切られた通話。スマホを持ったまま固まる。
確かにシーズンオフ入ったけど、一昨日ぐらいまで試合だったんじゃ無かったの……?そんな急に出てこれるもんなのか……!?
それに、別れようってかなり勇気を出して言ったのに、その返事が今から行くってどういう事だ。今から日本に来て、ちゃんとフラれるって事?
「どういう事よ、それ……。」
流れていた涙を拭って立ち上がる。
とにかく、イタリアと日本はすぐに来れる距離ではない。家に帰ろう。
沢山勇気を出したからか、久しぶりに飛雄くんと会話したからか。両方のせいからか、私は酷く疲れていた。
帰ってきた飛雄くんを前にして、どんな顔をしたら良いんだろう。そんな事を考えると、また疲れるような気がして、辞めた。
とにかく今は、休もう。じゃないとちゃんと向き合う事なんて出来ない。
◇
『もしもし』
「も、もしもし。」
『日本に戻ってきた。………今から家行ってもいいか?』
「……うん、待ってる。」
切れた通話。はぁ、と深呼吸。
久しぶりに会う飛雄くん。数ヶ月ぶり。
緊張する、何を話したら、どんな顔したら。
飛雄くんに対してこんな事思う日が来るなんて……。
またしてもビービー泣かないよう、私は両頬を叩き自身に気合いを入れた。
◇
鳴るインターフォン。
深呼吸をもう一度して、扉に向かう。
押して開けば、…………………ずっと会いたかった飛雄くん。
「……ただいま。」
その姿だけで、私は充分で。
「………おかえりぃ……。」
「……たく、泣くなよ。」
引き寄せられて、抱き締められる。久しぶりの温度、匂いに安心して、結局流れた涙は止まらず止められず。
よしよし、と頭を撫でられ、一緒にリビングに向かう。
「…………大丈夫か?」
「うっ……ぐすっ………うん。」
「大丈夫じゃねぇだろ。」
そう笑って涙を拭ってくれる。
リビングのソファーに2人で並び座り、向き合う。
「すぐそうやって、大丈夫だって言うの辞めろ。……今も、俺がイタリア行くって決めた時も。」
「……だって、大丈夫って言わないと、フラれるって思って…。」
「は?」
あの時考えてた事を今になって話す。
「飛雄くんの1番はバレーで、それは超えちゃいけないし、越えられないって思ってた……だから、私がイタリア行って欲しくないって言ったら、捨てられるのは私だって、」
「……んなわけねぇだろ、なんだよ、捨てるって。」
「飛雄くんが、私を優先するとは思えなかったし、そんなのは駄目だって、生活をかけたバレーをやってるんだから、………私が、捨てられるって思った。」
「………そんな事考えてたなら、言ってくれよ。」
「言えないよ、……絶対困らせるもん。」
飛雄くんの顔が見れなくて、俯いてしまう。
あの時は困らせたくなくて言えなかった。なのに、今結局困らせている。
「……ごめん、こんな彼女で。」
そう謝ることしか私には出来ない。
「………俺は、」
俯いていた顔を上げて、飛雄くんの顔を見る。
苦しそうな、切なそうな表情。
「俺は、後悔してる。……名前を置いてイタリアに行ったこと。」
「………え?」
「ちゃんと見とけば良かった。大丈夫だって笑う名前の事。…………いつも、そうだ。名前が傷ついてから気づくんだ俺は。」
いつもって。
高校生の時のことも含めている?………そんなの、助けてくれただけでも嬉しかったのに。
「泣かせてごめん。………遠距離恋愛なんてしない方が良いな。」
「…え。」
悲しそうに笑う飛雄くんに、言葉を失う。
それは、やっぱり、お別れしようという事?
自分から提案した癖に、飛雄くんから言われると酷く胸がざわつく。
「だから、…………っておい!?なんでまた泣くんだよ!?」
「だって………、」
好きだったから。大好きだったから。
お別れなんて、寂しいし悲しい。当たり前じゃないか。
「……っいままで、ありがとう……!」
涙をぼろぼろと零しながら頭を下げる。
何より、どんな感情よりこれだ。ありがとう、こんな私を彼女にしてくれて。
覚えていてくれてありがとう、好きになってくれてありがとう。大事にしてくれてありがとう…!
「……………だあああああ!!違う!!!」
頭を下げている私の顔を上げさせ、そのまま抱きしめる飛雄くん。
「え…?」
「離さねぇからな!!?絶対別れねぇ!!」
「え?」
え?
そっと体を離して、
「遠距離恋愛なんてしない方が良い、だから、…………その、……俺と、結婚しねぇか。」
え?
「けっ、こん…?」
「あぁ。…バレーも名前もどっちかなんて選べねぇ、だから両方欲しい。」
向き合う、かち合う綺麗な瞳。
「お前の人生、俺にくれ。」
そんなの、そんな言葉を私かけてもらっていいの?
「……いいの?私で…。」
「名前が良いんだよ。……イタリアまで、一緒に来て欲しい。」
日本での生活、友人、家族色々考えるところはあるんだろうけど、そんな事より今目の前にいる最愛の人。
「…よろしく、お願いします。」
にへぇ、とだらしなく笑って抱き着く。
「…ん。…幸せにします。」
そう言って私の頭に擦り寄る飛雄くん。
幸せにします、その言葉に笑ってしまう。
飛雄くんと大人になって再会し、付き合い始めた時も思った。
「……もう、幸せだよ。」
あなたにとって、必要な人間でいられるだけで。
ハッピーエンドのその先は、バットエンドになるかと思ったけれど、
目の前にいる最愛の人。
愛しくて愛しくて、自ら唇を重ねる。
驚き、固まる飛雄くん。しかし、すぐに目は細められ、慈しむように頭を撫でられる。
この人の隣に一生いられるんだ。
それだけで、私の人生ハッピーエンドに決まってる!!
「大好き、飛雄くん。」
「俺も、……愛してる。」
突き合わせた顔で笑い合う。年老いても、ずっとこのまま笑っていよう。
fin.
→