不審者もしくは

『それで、悲しくなっちゃったのか?』


「なっちゃった。」


『そんなの気にする必要無いと思うけどなぁ。』


そう言う日向。宮城に帰ってきてから、影山くんとの格差を感じてしまったと話した返事がこれだ。


「気にしたい訳じゃないよ、でも気になっちゃった。もう生きてる世界が違うんだなぁって。」


『……じゃあ、俺にも思う?』


「え?」


日向に対して、か。


確かに日向もだいぶ一般人からはかけ離れている。


ブラジルに単身飛んでっちゃうし、友達が援助してくれてるって凄いし、また日本に帰ってきたらVリーグ目指すって言ってるし。


でも、


「……少しは思うけど、影山くんほどじゃないかも。」


『だろ?でもさ、苗字が見てきた俺達ってただのバレー馬鹿2人だっただろ?』


「…うん。」


『あの頃から何も変わってねぇよ俺たちは。根っこの所はバレー馬鹿!見た目とか、お金とか。色々変わったところもあるけど、あいつも俺も苗字に住む世界が違うってあんまり思われたくない。』


ずっと一緒だ。なんも変わってねぇよ。そう優しく言葉をかけてくれる日向に、少しだけ涙が零れた。


いつの間にか進んでいく彼らを近くで見ていて、自分だけ置いていかれているような気がしていた。


いつの日か、彼らからは見えないほど小さな存在になって、忘れられてしまうのかなって。


でも、何も変わってない。その言葉に心底安心した。


「……ありがとう、日向。」


『いいってことよ!……えっ苗字泣いてる!?えっ、ちょ、』


「泣いてない。」


『俺に嘘が通じると思うなよ!?……あぁもう、こんな時近くにいてやれたら良いのに。』


日向まで彼氏力高めな事言ってくる。何?バレーボール業界ではそういう事も学ぶの?私だけドキドキして馬鹿みたいじゃないか。





『今日帰ったら電話しても良いか?』


いいよ。と影山くんに返信する。何か話したい事でも出来たのだろうか。


影山くんはあまり電話をして来ない。いや、日向がかけて来すぎてるだけなんだけど。


メッセージも返ってくる時は返ってくるし、来ない時は来ない。


なので彼から電話したいと言ってくるなんて、きっと何か話したい事でも出来たのだろう。


私もバイト終わったら早めに家でゆっくりしておこうかな、そう心に決めて大学に向かった。





バイト帰り、家に向かって歩く。


すると、目の前に落ちているものに目を引かれる。


「……財布?」


だよな、見るからに。


黒い革製の長財布。誰かの落し物だろうか、中々に高そうな財布なのにおしりのポケットにでも入れてたのかな。


こういうのって、どうしたら良いんだっけ。………交番に行けばいいのかな?


財布を拾い上げて、パンパンと汚れを叩き落とす。そして私は交番へと向かった。


…………はずだったのだが、交番へと向かう道の途中、不審者を見つけてしまった。


地面を這いつくばって、大声でくっそー!とかどこいっちまったんだ!!とか1人で叫んじゃってる不審者。


警察………110番……スマホを手に持ち、彼から見えない場所に身を潜めてかけようか悩む。


な、なんて言えば良いんだ。ここに不審者がいます、って?


いやぁでもあの人何か探してるっぽいし、ただ困ってるだけなのかも……とか言って話しかけた所を襲われたりとか……。


「あの!!」


「!?」


悩んでいると、突如その不審者に話しかけられてしまった。


なな、なんなんだ、なんの御用でしょうか、私なんか襲っても楽しくなんかないし、おかねもぜんぜん、


「この辺で財布落ちてませんでしたか!」


「……………さいふ」


「財布。」


あ。


「もしかして、これですか?」


恐る恐る先程拾った長財布を見せる。すると元々大きなおめめをみるみるうちに大きくさせて、


「これ!!どこに落ちてましたか!?」


大声で聞かれる。ビリビリと鼓膜が震えた。


「そ、そこの交差点に……。」


「ありがとうございます!!俺のです!!」


「あ、………良かったです…。」


「本当に助かりました!!なんか、礼させて下さい!!」


「い、いや全然、大したことしてないですし…。」


物凄い勢いの彼に気圧される。身長はさほど変わらないのに、なんだろう、存在感?声量?とにかく私は身を引き気味だ。


「…………っじゃあ!!俺世界中旅してるんで、土産渡しに今度来ます!!名前と連絡先教えてください!!」


「えぇ!?」


ツッコミどころが多すぎる。え、何?世界中旅してる!?そんな人本当にいたんだ!?それに今会ったばかりの人に連絡先なんて聞けるか普通……。


脅威のコミュニケーション能力にどこぞのお日様が脳内を過ぎった。


「駄目っすか!!」


ずいっ、顔を近づけられてたじろぐ。ちょっとイケメンだし。


「……い、いいっすよ。」


そして彼の端正な顔立ちを見て、首を縦に振る私は馬鹿野郎だ。


「あざっす!!俺、西谷夕!今年21歳っす!!」


え、歳上。


「私、苗字名前です。今年20歳なので……西谷さん歳上ですね。」


「うぉ!そうか!!……なぁ、苗字。家この辺なのか?」


「えっ、なんでですか。」


「いや………家がこの辺なら、高校烏野行ってたかもって思って。俺烏野だったんだよ!」


「え!?私も烏野行ってました。」


「マジか!?すげぇ!!苗字と同じ歳って言うと……日向と影山!!あと、月島と山口とか知ってるか?」


ぜ、全員知ってる……。という事は西谷さんも男子バレー部だったのか、つくづく縁のある事だ。


「全員知ってますよ、谷地さんも!日向と影山くんは今でも連絡取り合う仲です。」


なんとなく話しているのが楽しくなってきて、近くの公園にあったベンチに並んで座る。


「え、それってどっちかと付き合ってるとか……?」


「いえいえ!そんなんじゃなくて、日向とは3年間、影山くんとは3年生の時同じクラスで仲良くしてたから……その延長ってだけです。」


「ふーん……?……なぁ苗字、」


「はい?」


「俺とツーショット撮ろうぜ?」


「はい!?」


「そんで、それあいつらに送り付けてくれよ。その反応が見てぇ!!」


ワクワク!!とこちらを見つめる西谷さん。


「いやだから彼氏じゃないから、特に面白い反応は来ないと思いますけど…。」


「それでも!!な、いいだろ?」


「……わかりました。」


スマホを開いて、自撮りモードにする。


「んー、もうちょっと寄らねぇと入んねぇな。」


肩と肩が重なる程に近づいた私達。


「も、もうちょっと寄らないと…。」


自撮り棒なんて持ってないので、私の短い腕からでも入るよう、なんとか試行錯誤して体を寄せる。


「……っはははは!!なんだこれ!上手くいかねぇな!?」


「あはははは!!自撮りって難しいですね…!?」


なんだかそれが面白くて笑ってしまう。そして今度こそ体を密着させて、お互い楽しそうに笑ったままシャッターを切った。


「やぁっと撮れたな……うわ!!なんかめっちゃ笑ってる!!」


「わ、私も……こんなんで良いですかね?」


「むしろ良いだろ!!俺にも送ってくれよ!」


むしろ?


首を傾げながら、西谷さんと連絡先交換して、写真を送る。


そしてそのまま日向と影山くんにも送る。2人の先輩、西谷さんに会ったよ。と。


「またあいつらから返事来たらスクショして送ってくれ!!」


「わかりました。」


「次日本戻って来たらまた会おうぜ!苗字!!」


「……はい!」


にっ!と笑う西谷さんに釣られて私も笑う。


大きなバックパックを背負った西谷さんを見送り、私も家路についた。


その後日向と影山くんから返ってきたメッセージは、なんで会ったんだ、どこで会ったんだ、どういう関係だ、まさか彼氏なのか、とかとかそんなわけないだろうと言いたくなるような事まで返ってきて、笑ってしまった。


それらを全てスクショして西谷さんに送ると、次会った時にあいつらとの事聞かせてくれよ!と返ってきて、了解!とスタンプを送信した。

top ORback