ぺこぺこ
じめじめ。
今日も雨が降る、いい加減晴れて欲しいなぁ。暑くて堪らない。
「名前!また明日ねー!」
「うん!また明日!」
入学当初からしばらく経ち、女友達も増えた。
だからと言って、太陽のような彼と話さなくなった訳でもなくて。
私は見たことも無いけれど、男子バレー部について少し詳しくなっていた。
その、私に毎日毎日バレー部のことを話してくる張本人は既に教室にはおらず、体育館に向かってしまっているだろう。
また明日な!!と言う声はどこかで聞こえた気がする。また明日ねー、と荷物をまとめながら言ったので、日向の顔は見ていない。
さて、私も帰ろうかな。鞄を肩に提げて廊下に出る。
大きい人だなぁ、進学クラスの人かぁ。頭良いんだろうなぁ。
目の前を歩く男の子を見て思う。4組だか5組だかから出てきたから私とは頭の出来が違うのだろう。
すると、目の前にいる男の子のポケットからハンカチがするり、と落ちた。
「あ。」
屈みこんで拾うが、当の本人は気づかず歩いて行ってしまう。
「あ、あの!」
「…?」
急いで追いかけて、声をかけると振り返る男の子。
「こ、これ!落としましたよ。」
「え、あ……。ありがとう、ゴザイマス。」
眼鏡をかけて、明るい髪色の男の子。近くで見るとより大きく見える。
差し出したハンカチを受け取り、ぺこりと一礼。
それに対して私もい、いえ。と一礼。彼は歩き去ってしまった。
大きい男の子はやはり、威圧感があるなぁ。影山くんもそうだった、立ち上がって目の前に立たれるとまるで鉄塔のように大きくて、たじろいでしまっていた。
なのに中身は案外まともで。まともって言ったら失礼か。なんと言うか、ちゃんとお礼も言うし、おはようと言えばおはよう、と返って来たことだってあった。
あの眼鏡の人も、一言話した程度じゃわからないけど、案外怖くない人なのかもしれない。
うんうん、偏見は良くないよね。
◇
「苗字!!」
「うん?」
「べ、勉強教えてええ!!」
「えぇっ!?」
期末テストが近づいているそんなある日の事、一緒にお昼を食べていた日向が泣きついてきた。
「つ、次のテストで補習になったら東京遠征行けない!!」
「な、なるほど?」
「だから!!教えてええ!!」
「でも、私そんなに頭良くない…。」
「俺より全然良いじゃん!!平均点取れてるじゃん!!」
平均点取れてるって、クラスの真ん中程度の学力という事だぞ、日向。
もっと頭良い人に泣きついた方が…。
「頼むよ苗字!!この通り!!」
パン!と両手を合わせて頼み込まれる。そこまで言うなら…。
「…うん、わかった。」
「本当!?」
「うん、でも私も勉強しないと悪い点数取っちゃうから一緒に勉強しよう。」
「わかった!!昼休みは?駄目?」
「いいよ、ご飯食べたらやろう。」
「よっしゃ!!」
「お昼休み以外はどうする?」
「部活の前後は、月島っていうメガネのっぽが教えてくれるから……、休みの日は?」
メガネのっぽ。微妙に悪口……か……?
なんとなく、この間ハンカチを拾ってあげた人を思い出す。あの人もメガネのっぽだ。
「いいよ、うち来る?部活終わりとか、寄りやすいでしょ。」
「いいの!?本当、ありがとう!!」
「いいのいいの。遠征、行けるといいね。」
「おう!!」
ぺかーっ!
今日もにこにこ太陽だ。眩しい。
◇
学校帰り、図書室へ向かう。
家は今日親が早く帰ってきていて、勉強に集中出来ないので少し図書室で勉強してから帰ろうと思って。
図書室へ向かって歩いていると、誰かが渡り廊下から飛び出してくる。
「うわっ!?」
声を出した時には遅く、私と飛び出してきた彼女は衝突した。
「いったたた…。」
持っていた鞄を放り出して、尻もちをついてしまう。いたたた……。
「………ご、」
ご?
女の子の呟きに疑問を感じるや否や、
「ごめんなさいいいいいい!!!!!」
「!?」
ずしゃぁ、と効果音でも付きそうな勢いで土下座する女の子。
「ほ、本当に!!申し訳ない!!完全に私の不注意です!!完治するまで介抱させて下さい!!本当にごめんなさい!!!」
そう叫び続ける女の子。もはや気遣いがここまで来ると怖いな!?
「あ、あの!?」
「ひゃい!!!」
「ぜ、全然大丈夫なので、お気になさらず。」
にこぉ、ととりあえず笑顔を貼り付けてこの場を去ろうと試みる。
このままこの人と共にいると、なんかやばい気がする。気遣いがエスカレートして、本当に介抱されそう。
「いやいやいやいや!!本当に、私の不注意で怪我を負わせてしまって、どう償えば良いのか…。」
償う!?
「本当に!大丈夫ですよ!!ほら!ぴんぴんしてます!」
立ち上がって、くるくると回って見せた。ちょっとお尻が痛いけど、それだけ。
「………うぅ、見ず知らずの人に気を使わせるなんて、ダメな人間ですね、私…。」
すると何故か謎のベクトルで落ち込み始める彼女。なんでさ!?
「そんな事ないですよ、咄嗟にごめんなさいって謝れるの凄いですよ。世の中にはそれができない人が多いんですから!」
「………そう、ですか?」
「はい!大丈夫。少なくとも私は、優しい人だなぁと思いましたよ。」
ちょっと勢いが怖かったけど。
「……ありがとうございます。なんか、ごめんなさい。私の方が元気づけられちゃって。」
へへへ、と笑顔を見せてくれた女の子。可愛い。人に安心感を与える笑顔を見て、どこぞのお日様を思い出す。
「それじゃあ、私はこれで。」
荷物を肩から提げ直して、ぺこりと一礼。彼女に背を向けた。