『次の試合、来ますか。』


うぬぬ…………正直に行きますと言うべきか、それとも…どんな顔して行ったら良いかわからないし、嘘をついてバレないように行こうか。


行かないなんて選択肢は無い、私を悩ませているのはプライベートの影山選手。コートの中の影山選手は今も変わらず私の神様。


…………よし。


『ごめんなさい、予定があって行けません。次の試合は行けるように頑張ります!!』


よし。


ごめんなさい、影山選手。何かに頭を悩ませながら試合を見たくは無いのです……こんなファンを許してください……。





マスクよし、眼鏡よし。


ふふふ、影山選手よ。私は完璧な変装でそちらへ向かいますぞ…………私だとはわかるまい!!


自信満々で観客席へと辿り着き、腰を下ろす。


友人と来る時もあるが、今日はぼっち参戦。ぼっちでも楽しめる、それはスポーツ観戦の良い所だと思う。……友人いた方が楽しいのは秘密だ。


来た!!影山選手!!!


今日も麗しい我が推し。ほんとかっこいい、むり、好き。


素晴らしい肉体美をユニフォームの端々から惜しむことなく見せつけてくれる、ひぃぃん、かっこいいよぉ……。


いつもの事ながらサインボールを投げていく選手達。周りの影山選手ファンの人々共に私も叫ぼうとしたが、慌てて身を隠す。


そ、そうだった、今日は隠れなければいけないんだった。……嘘ついちゃったし。


カチャリと眼鏡をかけ直し、キャーキャー推しの名前を呼ぶファン達を横目にサインボールが投げられていくのを眺めていた。


その時、


視界に現れたのは、小さなボール。サインボール。


え、と思った時には私の手の中にあって。


サインを見ると、……見覚えがあり過ぎて。


やった!!!なんてついファンとして喜んだのも束の間。え、まさか、なんて気持ちでコートを見ると、こちらを静かに見つめる影山選手。


ば、バレてる……?


急いで顔ごと逸らして視界から影山選手を消す。


しばらく経って顔を上げると、こちらを見ている影山選手はもういなかった。





神様…………ありがとう…………影山選手を生んでくれて…………。


今日も華麗なるプレー達にしっかりと魅了され、もうメロメロだ。ほんとかっこいい。好きが過ぎる。


本当ならこの後サインを貰いに行くところだが、今日は悲しきかな行くことが出来ない。


しかしながらラッキーと言うか、……もしかしたら狙われたのかもしれないが、サインボールをゲット出来たので良しとしよう。


私は人の波に乗って会場を後にした。


ガッ。


否、出来なかった。


誰かに、腕を掴まれている。


だれだれだれだれだれ!!??!?


冷や汗が凄い、なに、だれ。手すっごい大きいんだけど、え!?影山選手!?んなわけない!!さっきまでコートでサイン書いてたし!!


「あのー、」


「は、ひ、ひゃ、ひゃい!!」


「ひゃいって……ぶふっ。……あぁごめんね、貴方苗字さん?」


「……………………。」


何故、名前を…………と言うかあなたは本当に誰……。


突然腕を掴んできた知らないお兄さんが、私の名前を呼んだ衝撃から絶句する。


「正解?影山が呼んでるからさ、ちょっとこっちに、」


「か、影山選手!?」


「そ、影山選手。」


まままままま、まずい、まずすぎる、完全にバレてるじゃないか……ちゃんと変装して来たのに…………!!


「す、すいません、この後用事が……。」


「え?そうなの?んー……困ったな。一瞬だけでも会ってやれない?」


「ご、ごめんなさい!一瞬を争う事態でして!!」


「一瞬を争う事態!?」


トサカのような黒髪を揺らして、どんな事態だよ!?と笑う彼は結局誰なんだ。


「んー…………どうすっかなぁ。俺も頼まれたんだよなぁ。」


困ったような表情を浮かべる彼に、うっ、と罪悪感が生まれる。


会いたくないと言うのは私の私情で、この方にはなんの関係も無い。……巻き込んでしまっている。


「…………ちょ、ちょっとだけなら時間、あります。」


「え、ほんと?」


「はい、なので、あの、影山選手のとこに、」


「良かった、じゃあこっちおいで。」


あああああああ怒ってるかな影山選手、怒ってるよね影山選手。


私は推しに対してなんて失礼な事を…………いやでもだって、どんな顔して来たら、話したら良いのかわかんなくて…………。


………………今からどんな顔したら良いんだ。


本末転倒とはこの事である、何のために嘘までついたのか。来る影山選手との面会に歓喜ではなく、恐怖から震えたのは初めての事だった。