『次の試合、来ますか。』
うぬぬ…………正直に行きますと言うべきか、それとも…どんな顔して行ったら良いかわからないし、嘘をついてバレないように行こうか。
行かないなんて選択肢は無い、私を悩ませているのはプライベートの影山選手。コートの中の影山選手は今も変わらず私の神様。
…………よし。
『ごめんなさい、予定があって行けません。次の試合は行けるように頑張ります!!』
よし。
ごめんなさい、影山選手。何かに頭を悩ませながら試合を見たくは無いのです……こんなファンを許してください……。
◇
マスクよし、眼鏡よし。
ふふふ、影山選手よ。私は完璧な変装でそちらへ向かいますぞ…………私だとはわかるまい!!
自信満々で観客席へと辿り着き、腰を下ろす。
友人と来る時もあるが、今日はぼっち参戦。ぼっちでも楽しめる、それはスポーツ観戦の良い所だと思う。……友人いた方が楽しいのは秘密だ。
来た!!影山選手!!!
今日も麗しい我が推し。ほんとかっこいい、むり、好き。
素晴らしい肉体美をユニフォームの端々から惜しむことなく見せつけてくれる、ひぃぃん、かっこいいよぉ……。
いつもの事ながらサインボールを投げていく選手達。周りの影山選手ファンの人々共に私も叫ぼうとしたが、慌てて身を隠す。
そ、そうだった、今日は隠れなければいけないんだった。……嘘ついちゃったし。
カチャリと眼鏡をかけ直し、キャーキャー推しの名前を呼ぶファン達を横目にサインボールが投げられていくのを眺めていた。
その時、
視界に現れたのは、小さなボール。サインボール。
え、と思った時には私の手の中にあって。
サインを見ると、……見覚えがあり過ぎて。
やった!!!なんてついファンとして喜んだのも束の間。え、まさか、なんて気持ちでコートを見ると、こちらを静かに見つめる影山選手。
ば、バレてる……?
急いで顔ごと逸らして視界から影山選手を消す。
しばらく経って顔を上げると、こちらを見ている影山選手はもういなかった。
◇
神様…………ありがとう…………影山選手を生んでくれて…………。
今日も華麗なるプレー達にしっかりと魅了され、もうメロメロだ。ほんとかっこいい。好きが過ぎる。
本当ならこの後サインを貰いに行くところだが、今日は悲しきかな行くことが出来ない。
しかしながらラッキーと言うか、……もしかしたら狙われたのかもしれないが、サインボールをゲット出来たので良しとしよう。
私は人の波に乗って会場を後にした。
ガッ。
否、出来なかった。
誰かに、腕を掴まれている。
だれだれだれだれだれ!!??!?
冷や汗が凄い、なに、だれ。手すっごい大きいんだけど、え!?影山選手!?んなわけない!!さっきまでコートでサイン書いてたし!!
「あのー、」
「は、ひ、ひゃ、ひゃい!!」
「ひゃいって……ぶふっ。……あぁごめんね、貴方苗字さん?」
「……………………。」
何故、名前を…………と言うかあなたは本当に誰……。
突然腕を掴んできた知らないお兄さんが、私の名前を呼んだ衝撃から絶句する。
「正解?影山が呼んでるからさ、ちょっとこっちに、」
「か、影山選手!?」
「そ、影山選手。」
まままままま、まずい、まずすぎる、完全にバレてるじゃないか……ちゃんと変装して来たのに…………!!
「す、すいません、この後用事が……。」
「え?そうなの?んー……困ったな。一瞬だけでも会ってやれない?」
「ご、ごめんなさい!一瞬を争う事態でして!!」
「一瞬を争う事態!?」
トサカのような黒髪を揺らして、どんな事態だよ!?と笑う彼は結局誰なんだ。
「んー…………どうすっかなぁ。俺も頼まれたんだよなぁ。」
困ったような表情を浮かべる彼に、うっ、と罪悪感が生まれる。
会いたくないと言うのは私の私情で、この方にはなんの関係も無い。……巻き込んでしまっている。
「…………ちょ、ちょっとだけなら時間、あります。」
「え、ほんと?」
「はい、なので、あの、影山選手のとこに、」
「良かった、じゃあこっちおいで。」
あああああああ怒ってるかな影山選手、怒ってるよね影山選手。
私は推しに対してなんて失礼な事を…………いやでもだって、どんな顔して来たら、話したら良いのかわかんなくて…………。
………………今からどんな顔したら良いんだ。
本末転倒とはこの事である、何のために嘘までついたのか。来る影山選手との面会に歓喜ではなく、恐怖から震えたのは初めての事だった。