「おっす、お疲れー。影山いる?」


「うす、黒尾さん。」


「おっす、さっき言ってた子連れてきたぞー。」


「……ほんとっすか!」


「おー。ここに……ってあれ!?」


後ろを振り返って声を上げる黒尾さん。……いなくねぇか。


「さっきまでここに…………あ!?なんでそんな後ろにいんだよ苗字ちゃん!?」


「ひいいい!!」


扉の向こうから苗字さんの声がする。


…………まぁ、会いたくないよな。


でも会ってもらわないと俺だって気が済まない。……なんで、嘘なんてついたのか聞きたかった。


あの日伝えたことが苗字さんにとって迷惑なら、もう辞めるから。


だから選手としての俺まで避けるのは辞めて欲しかった。


「…………お疲れ様、デス。」


ひょこ、と扉から顔を出したのはコートから見た通り眼鏡やマスクをした苗字さん。


「それじゃあちゃんと届けたからな、ごゆっくり。」


「ありがとうございました、黒尾さん!」


「いえいえ。」


バタン。と閉められた扉を凝視して固まる苗字さん。


まさか2人きりにされるなんて思ってもいなかったんだろう。


ぷるぷると震えている背中を見ると、まずい。笑えてきてしまう。


なんとか腹に力を入れて、苗字さんに座るよう促した。





「………………………………。」


気まずい………………!!!


影山選手に言われて向き合うようにして座ったのは良いが、気まず過ぎる…………。


しかしながら試合終わりで汗かいてる影山選手は、私が見た事のある影山選手界でもトップクラスのかっこよさなので、そちらに目がいってしまう。


ううう…………かっこいい、若干疲れたように目を伏せてるのも色っぽい…………無理…………好き…………。


「あの、」


「ひゃ、ひゃい!!」


そうだった、忘れてはならない。私はこんなかっこよくて優しい推しに嘘をついた罪人だ、大罪人だった。


「…………なんで行かないなんて、」


「ご、ごめんなさい!!」


で、ですよね!その話ですよね!!!


私は勢いよく膝に頭がつきそうなほど頭を下げた。


「その、……この間言われた事で凄く悩んでしまって……ど、どんな顔して試合を見に行けば良いのかわからなくて…………でも試合は見に行きたくて…………ごめんなさい。」


全部正直に話した、これ以上嘘を塗り重ねたくなくて。


「…………苗字さんは、」


少しして発された声は、少しだけ震えていて、


「苗字さんは俺の事嫌いになりましたか?」


「へ!?」


悲しそうに眉を寄せた影山選手は、そんな事を言った。


そんなわけない。そうだったなら、


「き、嫌いになってたら試合にも来ないですよ!!」


「……確かに。」


「な、なんでそんな事……。」


自分で言って、自分で気づく。


私が、嘘をついたから。


少なからず、あんな風に好意的な事を言ってくれた影山選手に対して、傷つけることをしたから。


「……本当に、ごめんなさい。嘘なんかついてごめんなさい。」


推しに好かれたって自惚れて、訳分からなくなって、嘘ついて、傷つけて。…………最低だ。


「いや、もう……大丈夫です。その、迷惑じゃないなら。」


「迷惑なんかじゃないです!!」


「でも俺のせいで凄く悩んだって……。」


「……悩みました、考えました。……影山選手の事は推しとして見てて、ファンで。応援出来たらそれで、と思ってたので……影山選手への気持ちがその、そう言った感情かどうかわからなくて……。」


情けない、良い大人なのに恋すらわからないなんて。


恥ずかしくて、顔を俯かせた。


「……俺もです。」


「え?」


影山選手の言葉に顔を上げて、聞き返す。俺も?


「俺も、よくわからないんです。……でも、苗字さんに好かれたいって思うのも本当にだし、嫌われたくないって思うのも本当です。でもこれが恋なのかどうかは、わかりません。」


…………一緒だ。


焦って答えを出さないとって焦っていたのに、影山選手の言葉に酷く安心した。


お互いにわかってないんだ、この感情が何か。


「……一緒に、考えてみませんか。」


「一緒に……?」


影山選手の言葉に首を傾げる。


「はい、急いでこの関係を変えたいとか進展させたいとか考えてません。……だから一緒に過ごして、ゆっくり俺達のこと考えて貰えたらって……。駄目ですか?」


その提案は、私が求めていたものに近くて。


ファンとして大好きな影山選手を、


1人の女性として影山さんを思うのは全然違う。


それを、時間をかけて好きになれるかどうか考えて良いって事なんだろう。


でも、


「そこまで待たせてしまっても良いんですか?……その、いつになったら答えを出せるのかわからないし……。」


「良いですよ、……その、俺だってハッキリよくわかってないですし。お互い様です。」


そう言って笑った影山選手は、凄く凄く綺麗で。


「……ありがとうございます、よろしくお願いします。」


そう頭を下げて赤くなった顔を隠した。


「……あぁ、でも俺は、」


「え?」


椅子から立ち上がり、こちらに伸びてきた影山選手の手が私の顔を滑り、上を向かされる。


すると目と鼻の先にある綺麗な影山選手のお顔。


そして、


「…………!!?!??!?」


「ふふっ…………こういう事したいって思うぐらいにはもう好きですから。」


顔から火が出そう。と言うかもう出てるかもしれない。


頭の中はぐちゃぐちゃで、さ、さっきゆっくりで良いって、なんて言葉すら発せなくて。


楽しそうに、けれども色っぽく笑う影山選手。


そんな彼にまたドキドキしている私に残ったのは、真っ赤な顔と、柔らかな唇の感触だけだった。