夢だったのでは?
家に帰ってきてから今日の出来事を振り返ると、そんな結論が出た。
だって何がどうなって影山選手にちゅーされるんだ?私如きが。ただのファンが。
いやでも柔らかい感触とか…………え?妄想??
普通に考えて有り得ないもんね、……有り得ないよね!!!何言ってんだ自分!!
ゴンッ、机に頭を打って正気に帰る。推しとちゅーする妄想とかいよいよやばいぞ私。
…………いくら願望が強いからって、気持ち悪い。そう自分自身に呆れていると目に入ったスマホ。
でも影山選手の連絡先が入ってるのは現実なんだよなぁ……と開くと、その影山選手からのメッセージ。
『今日は試合来てくれてありがとうございました。ちゃんと家に帰れました?足元おぼつかなかったけど。』
え?そうだったっけ。
……思い出してみると、逃げるようにして影山選手から出た会場。
何やら心配そうにこちらを見て、それじゃあまた。と手を振ってきた影山選手は覚えてる。
…………?なんでそんなに慌ててたんだっけ。
なんで逃げるようにして外へ出たんだっけ。
……………………。
…………え?嘘?まじ?
震える指先で自らの唇に触れる。すると蘇る記憶と感触。
夢じゃなかった………………っっ!!!!
今度は恥ずかしさからクッションに顔を埋める。もはや頭を埋め込む。
な、なんと言う恥ずかしいことを…………!!しかも、影山選手からされたし、俺はこれぐらいしたい的なこと言ってた気がするし…………え!?ゆっくりって何!?
ここがスタートラインでここから何をゆっくりするつもり!?どういう事!?てか付き合ってないよね!?
うわあああ破廉恥なぁああ!!!へ、変態だああああ!!!!なんて悪態をつきながらも、
結局大好きな推しなので、ちゅーされた唇も、触れられた頬も嫌ではなかった。むしろ、なんて言葉が続きそうになるくらいには。
◇
『試合終わったら待っててください、飯でも行きましょう。』
まるで最初の時のようにそう誘われた試合前。
ちゅーなんてしてしまったが、あれからも私達はそれなりに会っていて。
ちゅーした次の時に会った時は私こそおどおどとしてしまったが、意外にも影山選手は普段通りで……なんか……経験値の差を見せつけられた気がする。
これだけ美形なんだ、さぞおモテになるでしょうな。
これまで何人の女の人を泣かしてきたんだろうなぁ、そんな事を考えてはチクリ。痛む胸には気付かないふりをした。
「はい、楽しみにしてますっと……。」
送信してから、試合会場にて試合が始まるのを心待ちにする。
今日も今日とてぼっち参戦。と、友達がいないとかそんなのではない、……その、……都合が合わなかっただけだ。
周りを見渡すと、影山選手のユニフォームを掲げたり身につけたりしているファンも多くいて。
推したくなる気持ちはわかるよ。なんて頷きながらもこの中で1人だけ、私だけ彼らに見えないようにして影山選手と会っていることにはやっぱり胸が痛んだ。
悪い事をしている自覚はある。でも、……それでも会いたくなってしまう。会いに来てくれる。
こんな私たちの関係を、世の中的には何と呼ぶのだろう。
名前なんてない関係に、少しだけ名前をつけたくなってしまった試合前。