「きゃっ!!?」


そんな声に驚き、肩を震わせると同時に頭の先から感じたのは冷たさ。


ぼたぼたと髪を伝ってスカートに染みを作っていくのは、ジュースか何かだったのか、ベタベタとした感触がある。


「ご、ごめんなさい!!大丈夫ですか?」


声のした方を振り返ると、中身のなくなった紙コップを手に持ち、申し訳なさそうに眉を下げた可愛い女の子。後ろには友人なのか何人かも心配そうにこちらを見ている。


「え、あ、……はい、大丈夫ですよ。」


「ご、ごめんなさい…………足元ちゃんと見てなくって……ちゃんと洗わないとベタベタしますよね?本当にごめんなさい!!」


「いえいえ、大丈夫ですよ!わざとじゃないんだし、仕方ないです。」


本当は試合前、もっと言えば影山選手と会う前にこんな事になったのは最悪としか言いようが無いが、彼女に罪は無い。誰だって転ぶことぐらいある。


「ありがとうございます……、あ!!服とかスカートとか早く洗わないとシミに……!!」


「と、トイレ行きましょうっ!?ほら、水道あったし!!」


そう転んだ彼女と、その友人達に手を引かれトイレへと向かった。





「すいません、もうベトベト………あの、脱いでもらえれば私洗うので、」


「い、いや!?脱ぐのは流石に……と言うか着たまま洗える範囲で良いですよ、もう髪の毛とか手遅れだし……。」


あははは……と苦笑いを浮かべる。申し訳なさそうにする彼女には悪いが、もう割と手遅れだ。ベットベト。


影山選手にも申し訳ないが今日のご飯はやっぱりお断りしておこう、こんな状態で推しに会えないし……。


「で、でも!!すぐ洗えばまだ取れるかもしれないので!!脱いでください!!」


「えぇ!?」


が、頑固ちゃんか!?


そういうや否や友人たちと共に服を剥がれ、個室に閉じ込められた。


「すぐ洗って返しますね!!それまでちょっと寒いですけど待っててください!」


下着とインナーだけになって、すこぶる寒いし強引に服を剥がれて若干引いてしまったが、悪い人では無さそうだ。それだけ責任を感じてしまったのだろう。


「わ、わかりました。お願いします……。」


まぁこんな格好で外で歩けないし、そう言うしか無いんだけどね!!


ジャー。と水の出る音が聞こえる中、洋式便器の蓋に体操座りで縮こまる。


……早く終わんないかなぁ。試合もう始まってるかも。


なんて考えてるとコンコン、とノックされ


「は、はい?」


「あのー、つかぬ事をお聞きしますが、」


転んだあの子だ。服綺麗になったのかな?


「な、なんでしょ」


「どこに行ったら、影山選手と会えますか?」


「…………え?」


寒い。寒いけど、更に寒気がする。悪寒がする。


「あぁ、試合会場とか。試合後にサイン貰いに行ったら、とかじゃなくてですよ?プライベートの影山選手にどうやったら会えるんですか?」


なんで、知ってるんだ。


「見ちゃったんです、あなたと影山選手が仲良さそうに歩いてるの。何度も何度も。特に試合の後に多いですよね?」


見られてたんだ。どうしよう、どうしたら良いんだこういう時。


影山選手のプライベートが脅かされている現状に、恐怖から震えた。


「ねぇ、どこに行ったら会えるの?今日も会うつもりだったんでしょ?」


「……言わない。」


「え?なんて?」


きゃはははは!!と笑い声がする。友人達も皆グルだったんだ、……こんな事って本当にあるんだ。


「あなた、自分の状況わかってる?あなた今外出れないわよ?変態になっちゃうわ。」


甲高い笑い声が耳に残る、どうしよう。影山選手の事なんて絶対言えないし、……でも服無いし……。


「影山選手の事教えてくれたら綺麗にした服返してあげるわ、でも教えてくれないならこれ……捨てておいてあげる。」


どうする?そう聞かれて唇を噛み締める。


ここは会場内のトイレ。観戦チケットが無いと入る事は出来ない。


となると自然と助けを呼ぶにしても会場にいる人。…………あぁ、こんな時になってぼっち参戦に慣れていた自分に嫌気がさす。


「ねぇ、どうするの?早くしてよ。もう試合始まってるから早く行きたいんだけど。」


苛立ちを滲ませた声色でそんな事を言われても、……私の中でも最優先は変わらなくて。


「……言えない。」


「…………あ、そ。それじゃあこれは可燃ごみね。」


行きましょ。その声といくつかの足音が消える。


え、ええ。本当に行ってしまうの……どうしよう…………。


「……寒っ。」


割と絶望的な状況ではあるが、いざとなれば係員さんを呼べる呼び鈴だってある訳だし…………まぁこの格好で出来れば呼びたくないけども……。


それに携帯だってある、……呼べる人はいないけども……。


まぁ兎にも角にも少し待ってみよう、彼女たちもアホらしくなって服返しに来てくれるかもしれないし。


なんて楽観的に考えながらも、少しだけ感じた影山選手のプライベートを脅かされた恐怖と、標的にされた恐怖から


ほんの少しだけ涙が零れたのは、誰の目にも止まらなかった。