『トイレの近くまで来ましたけど……流石に中にまで入れねぇっす。』
「そ、そうですよね!!す、すいません…………私がなんとか入口まで……。」
『だ、駄目です!!……ほぼ下着なんですよね?』
「うっ…………はい。」
恥ずかしい。本当に恥ずかしい。恥ずかしいことこの上ない…………!!!
泣き出したくなるような恥ずかしさだが、ジャージを持って来てくれた影山選手の優しさにきゅんきゅんしてる私は都合良すぎだ。
『…………一瞬、一瞬入って閉まってる扉の方目掛けて上に投げるんで、キャッチしてください。』
え!?何その高等技術!?
わ、私なんかでもキャッチ出来るだろうか…………いやでも相手はあの日本代表セッターだ。絶対上手い、投げるのでも絶対上手い、なんかわかる。
「わ、わかりました!!」
今や試合が終わり、ほとんどの人がいなくなった試合会場だからこそ出来ること。
人がいる中影山選手が乱入でもしてきたら阿鼻叫喚だったろうな……。
『いきます!』
スマホの電話口でそう言われた瞬間、物凄い勢いで飛んできたジャージ。
「ふがっ!!」
え、早!?なんて思っている内にジャージは私の顔面に落っこちて。
痛くはないが、あまりにも無様で影山選手に見られてなくて良かった……と心底安心した。
『取れました?』
「…………はい!!」
顔面でね!!
急いで袖を通す。しばらく下着姿で過ごしてしまったので、ジャージはものすごく暖かく感じた。
こりゃ風邪引くな…………影山選手にあまり近づかないでおこう。
上下両方袖を通して、よし!!やっと出れるぞ。と1歩踏み出すと、でろん。と下がった袖達。
想像通りと言うかなんと言うか。当たり前だがサイズが一緒なわけなくて、腕も足も袖がでろんでろん。
それに、…………なんかちょっとだけ影山選手の匂いがして、凄く、凄くファンとしては、激重なファンとしては動悸が収まらない、どうしよう。
しばらくこの影山選手のジャージを着た自分を見て惚れ惚れしたい所だが、影山選手が待ってる。急いで出なければ。
「す、すいません……!!お待たせしました!!」
「い、いえ。………………。」
「みっともない格好になってしまって申し訳ない……影山選手ほど手足が長くないもので……。」
「似合ってます。」
「へ?」
「……似合って、ます。」
顔を逸らして、赤く染まった耳を見せながらそう言う影山選手。
そんな彼を見ていると、こちらまで伝染してきて、
「あ、ありがとう、ございます……。」
赤くなった顔を隠すように俯いた。
「……か、体大丈夫っすか。寒かったっすよね。」
「あ、はい!!寒かったです!!でもジャージ借りれたので大丈夫です。」
「そっすか……服はやっぱり捨てられたんすかね。」
「ですかね……すいません、余計な心配をかけさせてしまって。」
あははは……と苦笑いを浮かべると、先程とは打って変わって眉間にシワを寄せる影山選手。
「余計な心配ってなんすか。」
「えっ?」
「大事に思ってはいけないんですか。」
「えっと……?」
「苗字さん閉じ込められたって聞いて、すげぇびっくりして、それで…………すげぇムカつきました。」
初めて見た、怒った顔。
「俺の事なんて良いから、自分のこと大事にしてください。」
「……無理です。」
それだけは、約束できない。ごめんなさい。
「なんで!!」
「私だって、影山選手の事大事だから!!」
「…………っそれは、ファンとしてだろ。」
ファンとして、…………ファンとして?
そんなの、わからない。でもとにかく守りたかった。影山選手の事を話して自分が楽になろうと言う気持ちは全く無かった。
それは、ファンとして?その時に思い浮かんだのは、
コートの外で見た、影山選手の笑顔だったのに?
「…………違う、ファンとしてじゃなくて。」
「…………は。」
「助けたいって、守りたいって思ったのは、コートの中にいる影山選手じゃなくて、コートの外で見た影山選手だった!!」
お願い、この気持ちを、守りたいと言う気持ちを否定しないで。
そんな願いから影山選手に縋り付き、昂った感情からか涙が零れた。
「ファンとしてじゃなくて、…………影山選手を守りたかった。とても、とても大事だから。」
この気持ちは、何と呼ぶのですか。
驚きながらも、嬉しそうに口角を上げて、私の背中に手を回しきつくきつく抱き締めた影山選手が答えなのですか。