推しとそのお姉様に会い、家にまで上がらせてもらえるなんて衝撃的なイベントから早数ヶ月。
シーズンが始まり、私は並々ならぬ気合いとともにアドラーズの初戦チケットをもぎとった。
そして今日はその試合の日。場所は東京。
都民の私からしたら交通費もさほどかからなくて助かる、そう言えば影山選手ってどこに住んでるんだ……?この間宮城にいたけど、お盆休みだったから……?
ホームタウンは東京になってるけど、別に東京に住んでるとは限らないし。なんて考え始めて、また自分が気持ち悪いオタクなのだと再確認し青ざめた。
落ち着け、落ち着け。今日は確かにただのファンでは出来ないイベントが起こる。
お姉さんの服をお届けイベントだ、だがそれだけだ。下手したら向こうは私の顔なんて覚えてないかもしれない。
過度な期待や、私は特別だなんて考えるな、罰が当たるぞ!?
悶々と考えながらも観客席に辿り着き、今日もかっこいいであろう推しを待った。
◇
ハンカチで口元を抑える。
くっくっうううううう!!!今日もかっこよすぎたよおおお!!影山選手うううう!!!
叫び出したい衝動に駆られるが、ハンカチを押し当ててなんとかうぐっ……ぐぅっ…………と唸ることで抑えられた。
本当に、もう、神々しい。綺麗すぎる何もかも。
え?あんな人と私会話しちゃったの?やばくない?
そりゃ会話ぐらいならサインくださいって言った時に軽く出来るけど、あ、あんな、濃厚な会話をしてしまった?傘も入れてくれて?家にも上がっちゃって??
…………優しかったなぁ、影山選手。
かっこいいだけでは無く優しさまで兼ね備えた、神に愛されし選手。
いや、それを言ってしまうと影山選手の努力を認めないような発言になってしまう。違うんだ、彼は努力も惜しまない、じゃないとVリーグの選手だなんてやってられない。
兎にも角にもそれだけ私からしたら眩しい人だ、その人と、私は、今からファンとしてでは無く以前助けてもらった苗字としてお話する。き、緊張する。
緊張するけど、ちゃんとこの機会で服をお返ししなければ……!
次いつ試合のチケットを取れるかなんてわからないので、このチャンスを無駄になんて出来ない。
サインを貰う為に出来た列に私も並び、影山選手の元まで辿り着くまで待つ。
どんどん近づく汗を垂らした私の推し。汗ですら輝いて見えるのは何故だろう。
近づくほどにあまりのかっこよさにパニくる。
うわ、うわあ、かかっ、かっこいい……!!?慌ててまたハンカチで口元を抑えるが、か、かっこよ……と言う言葉は漏れてしまった、不覚……!!
そして遂にきた私の番。しかし、
「か、影山せんしゅ……!」
「………………ぶふっ。」
私は既にまた涙に濡れてしまい、えぐえぐとあまりのかっこよさに泣いていた。
するとそんな私を見て笑う影山選手。
「ふ、服です……!!あと今日もかっこよかったです……サイン下さい……。」
「……ぶふっ……ふふっ…応援あざっす、……ぶふっな、泣き過ぎっすよ苗字さん。」
「お、覚えてるんですか!?」
「当たり前じゃないですか、服貰いますね。姉ちゃんに返しておきます。」
「お、お願いします……!!」
サインを書いてもらおうと用意していたグッズを差し出しながら頭を下げる。
「はい。…………苗字さん、この後時間ってあります?」
「え?あ、は、はい。まぁ、そんなに家遠くない、ので、…………?」
推しに話しかけられて、流暢に言葉が出る人なんかおるんか??
私は自分のどもり具合にドン引きしながらも、サラサラとペンを走らせる影山選手の言葉に首を傾げた。
「そっすか。……はい、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます!!」
グッズを受け取り、大事に抱き締める。
これで別れれば、プライベートな影山選手との会話は終わり。ちょっとだけ寂しいけれど私には少し、いやかなり荷が重いので終わりで良いと思う。
これ以上推しの前で言葉を発したらなんか、やばい気がする。彼への強すぎる思いや気持ち悪いオタクを露呈しそうで。
「そ、それでは、」
「はい。…………待ってますね。」
「……へ?」
待ってますね?
次の人の邪魔になるのでその場を離れてから首を傾げる。
待ってますねって何?何か言われたっけ。
………………もしかして、
持っていた影山選手のサインを書いてもらったタオルを広げてみる。
すると、サインの傍らに添えられたメッセージ。
『………………俺の電話番号です、後で電話下さい。飯でも行きましょう。』
!??!??!!???!?
急いで畳んでカバンに詰め込む。
こ、こんな、じゅ、じゅう、重大機密情報をこんな所で広げてしまった…………!!?!?
しかも影山選手も影山選手だ、な、なんでこんなとこに電話番号…………なんかサイン書くのに時間かかってるなぁとは思ってたけども。
そ、それに、め、飯って………………ご飯のことだよね……?
え……推しとご飯…………??
何を考えていらっしゃるのかわからない私の推しを遠目に見ながら、私は一体どうしたら良いのかわからず頭を抱えた。