「……飛雄もそんな風に笑うのね。」
「……?」
「バレーやってる時以外で、そんな顔。初めて見た。」
姉ちゃんに言われて、首を傾げたのはお盆の間帰省した時のこと。
強い雨が降る中、自分が濡れることなんて気にも留めず困っていたおばあさんを笑顔で助けた女の人。
その、雨に濡れた笑顔が、……すげぇ綺麗で。
人に優しくしなさい。どこでも習うことだけど、それを目の当たりにするとやはり魅力的に映るのか、それともただ単にあの人が綺麗だったから目を奪われたのか。
どちらにせよ、気づけば俺はその人……苗字さんに傘を差していた。
綺麗なお姉さん。これが第一印象。しかし、話していくと俺のファンであり、酷く面白い人だとわかった。
あの人の言動は、なんでかわからねぇが俺のツボにハマり、笑わない男だの、笑顔が下手な男だの言われている俺が腹を痛めるほどに笑わされる。
そんな人に出会ったのは初めてだった、俺がどんだけ笑っても怒らねぇし、ずっと面白ぇし。謙虚で、サイン書いたらすげぇ嬉しそうに笑ってて、本当に俺のファンなんだな、なんて感じて、むず痒いような気持ちになった。
姉ちゃんの服を借りて、ぺこぺこと何度も頭を下げたあの人とのもう一度が欲しくて。
服を返すことを理由に、試合会場で会うことを約束した。
チケットを必ずもぎ取ります!!そう凛々しく叫んだ苗字さんは、やっぱり面白くて。
苗字さんが家を出てった後も笑ってた俺を見て、姉ちゃんは言った。
「あんた、全然笑わないからメディア界でもそう言われてるし。」
「それは……まぁ、言われる。」
「でしょ?さっきみたいに笑って見せたらもっと女性ファン増えるんじゃない?」
「んな事言われても…………意識して笑った訳じゃねぇし。」
「ふーん…………ねぇ、苗字ちゃん綺麗だったわね。」
「…………ん、まぁ。」
「面白かったわね。」
「面白かった。」
「口説いてみたら?」
「っはぁ!?」
何言ってんだ急に。口説くって、あれだろ、好きな人を落とすためにするやつ。
「だって、飛雄からそんな風に女の子褒める言葉出たの初めてじゃない?」
「褒めるったって…………面白かった方が印象強ぇけど……。」
「それでも良いじゃない、あの子と一緒にいられたらきっと楽しいわよ?」
「…………それは、そう思う。」
「でしょ?付き合いたいとか思わないの?」
「そんなの……よく分かんねぇよ。」
「え…………もしかしてあんた、初恋すらまだなの?」
「うっせぇな!?そ、そんな暇無かったんだよ!!」
えー……と引いてる姉に噛み付く。恋なんて、自分は縁がないと思って生きてきた。
いや、今も思ってる。それぐらいほとんどの感情、時間をバレーに費やしてきた。
でも。
「苗字ちゃん見てドキッ、とかしなかった?可愛いなぁとか綺麗だなぁ、とか。」
思い浮かんだのは、雨の中綺麗に笑いかける苗字さん。
……すると、自然と顔に熱が集まるのを感じて、
慌てて姉を見ると、にやにやと笑ってこちらを見ていた。
「なんだ、答えは出てるじゃない。」
「………………っっうっせぇ!!」
「ほらほら、早く口説かないとあんなかわい子ちゃんすぐ売れちゃうわよ?」
こんな風に煽りながらも、俺の事を応援してくれてる姉ちゃんに相談して、サインと共に連絡先を並べただなんて。
苗字さんには一生言えない恥ずかしい秘密だ。