私はなんて勿体無い事を…………。
い、いやいや。これで良かったんだ、選手とファンが簡単に会える距離だなんておかしいし。変な噂でも立ったら私は生きていけない。推しに迷惑をかけてまで生きられない。
なんとも忙しない脳内。影山選手とプライベートで会えるようになれる権利を自ら放棄した私は、勿体無い。と酷く後悔もしたが、
後々の事や、影山選手の立場を考えるとこの判断は間違っていなかったよ、と。苦しくてもこの判断を出来た私は偉いよ。と自分で慰めることしか出来なかった。
そんな悲しみに暮れる日であっても、平日と言うのは無慈悲にもやって来て。
電車に揺られ、職場へと向かわなければならない。
仕事を終える頃には心身ともに疲れ果て、なんとも言えない死んだ顔で電車に揺られていた。
大丈夫、大丈夫……私は正しかった……正し………………影山選手、かっこよかったなぁ。
間近で見た綺麗すぎるご尊顔を思い出す、なんとも整ったお顔。
それに笑顔は少しだけ幼く見えて、……意外と笑うんだなぁなんて思ったなぁ。メディアなどでは笑わない男、だなんて言われてるのに。
あと……優しかった……。帰る時間の事とか、遅くなったから送りますだなんて言ってもらって……。
どれだけ断っても折れてくれなくて、結局最寄り駅まで送って貰ってしまった。気をつけて帰ってくださいね、そう言って心配そうに眉を下げた影山選手は、本当に優しいお人。
…………もっと、一緒にいたかったなぁ。
偶然手に入れた影山選手と話せるチャンス。全てはあの雨の日から始まった。……いや、あの私の目の前で転んだおばあさんから始まったのか?
兎にも角にも私は運が良かったのだ、一度でもご飯に行けるなんて。……それに、名前だって顔だって覚えて貰えた。
ファンとしてはこれ以上ない幸せ。
これ以上は、弁えないと。……彼を応援してるだけにしては踏み込み過ぎだ。
冷静になればわかるんだ、そんな事。しかし、心はそんな冷静になんてなれなくて。
ただただかっこよくて、優しくて。ずっとずっと推してきた推しの魅力に取り憑かれて、
「…………っ。」
誰にも見えないように、泣くことしか出来なかった。
◇
ハンカチでごしごしと涙の跡を消し去るように拭い、最寄り駅で電車を降りる。
泣いたって、何も変わらない。私の判断は影山選手との繋がりを断つ事。……これで良かったんだ。
改札を抜けて、我が家へ向かって歩き出す。暗くなってしまった空の下は少しだけ心細いが、守ってくれるような恋人なんていないので、1人寂しく家路に着くのだ。
駅構内を歩き進めて、出口を出る。すると、
「………………え?」
「あ、苗字さん。」
聞き覚えのある声に、なんで。と思いながら勢い良く振り返ると
そこには想像していた通りの人物がいて。
「な、なんで…………。」
心の中同様、そう零れてしまった。
「……すいません、…………その、簡単には諦められません。……たまたま会った、とかじゃ……ダメですか?」
「たまたま……?」
「はい、俺は今日たまたまここにいました。そこにたまたま苗字さんが来た。…………なら、駄目ですか?」
困ったように、懇願するようにそう言った影山選手。
そんなの嘘だ、たまたまだなんて。私の最寄り駅で待っていたんでしょう。
もう一度会うために待っていたんでしょ。
「え、ちょ、苗字さん!?」
「……なん、ですか。」
「なんですかじゃないだろ、な、泣いて、」
「泣いてません!!」
「泣いてますって!?なんで嘘つくんすか!!」
私は必死に自分の判断が正しかったって思い込んでたのに、あまりにもあっさり私の目の前に現れた推し。
そんなの、もう二度とあんな距離で話せないんだよ。と何度も何度も頭の中で言い続けたのに、今、目の前にいて、
嬉し過ぎて、涙が止まらなくなるのは仕方が無いと思うのです。
「影山選手…………そんなに、私に会いたいんですか。」
涙を零しながら、そんな呆れてしまうような台詞を吐く。
そんなたまたまだなんて言い訳をしながらも、私に会いに来た影山選手の気持ちは全然分からない。
でも、どんな動機であれ、推しに会いたいと思われて嬉しくない人なんていないだろう。
「会いたい…………はい、会いたかったです。こんな事してまで。」
ぎゅんっっっ。
まるで口説かれてるような、殺し文句。
とは言え勘違いなんてする訳ない、そこまで自意識過剰じゃない。
私と影山選手じゃ人間としてのレベルが違い過ぎる、恋愛的なそれではなくて、きっと理由があるのだろう。
「……なんで、会いたかったんですか?」
止まりつつある涙をハンカチに吸わせながら、未だ心配そうにこちらを見ている影山選手を見上げると、
「……っ………………面白い、から?」
………………………………なるほど?
影山選手から零れ出た言葉は、私の事珍獣か何かだと思ってるのかな???と言う結論へと導いた。