私はなんて勿体無い事を…………。


い、いやいや。これで良かったんだ、選手とファンが簡単に会える距離だなんておかしいし。変な噂でも立ったら私は生きていけない。推しに迷惑をかけてまで生きられない。


なんとも忙しない脳内。影山選手とプライベートで会えるようになれる権利を自ら放棄した私は、勿体無い。と酷く後悔もしたが、


後々の事や、影山選手の立場を考えるとこの判断は間違っていなかったよ、と。苦しくてもこの判断を出来た私は偉いよ。と自分で慰めることしか出来なかった。


そんな悲しみに暮れる日であっても、平日と言うのは無慈悲にもやって来て。


電車に揺られ、職場へと向かわなければならない。


仕事を終える頃には心身ともに疲れ果て、なんとも言えない死んだ顔で電車に揺られていた。


大丈夫、大丈夫……私は正しかった……正し………………影山選手、かっこよかったなぁ。


間近で見た綺麗すぎるご尊顔を思い出す、なんとも整ったお顔。


それに笑顔は少しだけ幼く見えて、……意外と笑うんだなぁなんて思ったなぁ。メディアなどでは笑わない男、だなんて言われてるのに。


あと……優しかった……。帰る時間の事とか、遅くなったから送りますだなんて言ってもらって……。


どれだけ断っても折れてくれなくて、結局最寄り駅まで送って貰ってしまった。気をつけて帰ってくださいね、そう言って心配そうに眉を下げた影山選手は、本当に優しいお人。


…………もっと、一緒にいたかったなぁ。


偶然手に入れた影山選手と話せるチャンス。全てはあの雨の日から始まった。……いや、あの私の目の前で転んだおばあさんから始まったのか?


兎にも角にも私は運が良かったのだ、一度でもご飯に行けるなんて。……それに、名前だって顔だって覚えて貰えた。


ファンとしてはこれ以上ない幸せ。


これ以上は、弁えないと。……彼を応援してるだけにしては踏み込み過ぎだ。


冷静になればわかるんだ、そんな事。しかし、心はそんな冷静になんてなれなくて。


ただただかっこよくて、優しくて。ずっとずっと推してきた推しの魅力に取り憑かれて、


「…………っ。」


誰にも見えないように、泣くことしか出来なかった。





ハンカチでごしごしと涙の跡を消し去るように拭い、最寄り駅で電車を降りる。


泣いたって、何も変わらない。私の判断は影山選手との繋がりを断つ事。……これで良かったんだ。


改札を抜けて、我が家へ向かって歩き出す。暗くなってしまった空の下は少しだけ心細いが、守ってくれるような恋人なんていないので、1人寂しく家路に着くのだ。


駅構内を歩き進めて、出口を出る。すると、


「………………え?」


「あ、苗字さん。」


聞き覚えのある声に、なんで。と思いながら勢い良く振り返ると


そこには想像していた通りの人物がいて。


「な、なんで…………。」


心の中同様、そう零れてしまった。


「……すいません、…………その、簡単には諦められません。……たまたま会った、とかじゃ……ダメですか?」


「たまたま……?」


「はい、俺は今日たまたまここにいました。そこにたまたま苗字さんが来た。…………なら、駄目ですか?」


困ったように、懇願するようにそう言った影山選手。


そんなの嘘だ、たまたまだなんて。私の最寄り駅で待っていたんでしょう。


もう一度会うために待っていたんでしょ。


「え、ちょ、苗字さん!?」


「……なん、ですか。」


「なんですかじゃないだろ、な、泣いて、」


「泣いてません!!」


「泣いてますって!?なんで嘘つくんすか!!」


私は必死に自分の判断が正しかったって思い込んでたのに、あまりにもあっさり私の目の前に現れた推し。


そんなの、もう二度とあんな距離で話せないんだよ。と何度も何度も頭の中で言い続けたのに、今、目の前にいて、


嬉し過ぎて、涙が止まらなくなるのは仕方が無いと思うのです。


「影山選手…………そんなに、私に会いたいんですか。」


涙を零しながら、そんな呆れてしまうような台詞を吐く。


そんなたまたまだなんて言い訳をしながらも、私に会いに来た影山選手の気持ちは全然分からない。


でも、どんな動機であれ、推しに会いたいと思われて嬉しくない人なんていないだろう。


「会いたい…………はい、会いたかったです。こんな事してまで。」


ぎゅんっっっ。


まるで口説かれてるような、殺し文句。


とは言え勘違いなんてする訳ない、そこまで自意識過剰じゃない。


私と影山選手じゃ人間としてのレベルが違い過ぎる、恋愛的なそれではなくて、きっと理由があるのだろう。


「……なんで、会いたかったんですか?」


止まりつつある涙をハンカチに吸わせながら、未だ心配そうにこちらを見ている影山選手を見上げると、


「……っ………………面白い、から?」


………………………………なるほど?


影山選手から零れ出た言葉は、私の事珍獣か何かだと思ってるのかな???と言う結論へと導いた。