猫と彼

「あ、ちょっと待ってよ飼っている猫の名前!!」


しゅるり、窓の隙間を抜けていく愛らしい尻尾。


今日も今日とて自由な事で。いとも簡単に我が家のザルなセキュリティを抜けていく。


「お母さーん!!また飼っている猫の名前脱走したー!!」


「またぁ!?捕まえてらっしゃい!!この辺車通り少ないとは言え危ないから!」


「はーい!!」


お母さんの返事にサンダルを引っ掛け外へ出る。


ジリジリ照りつける太陽の下。夏休みも半分過ぎたというのに全然終わってない宿題。……忘れよ。


さて、どこに行ったんだうちの我儘お嬢は。


なんて。ざっと目星はついている。なんたって彼女はお気に入りの場所、…………と言うか人がいるのだ。


その人が、まぁ…………顔が良いので、私は彼女の事を心の中で面食いと呼んでいる。ほんと、誰に似たのやら。


広大な敷地と轟、と書かれた表札が目印のお家。


この場所のこの時間。彼が何やら大変な事をしている休み時間なのだ。


その時間と場所を覚えて動き出すあたり、抜かりがない。流石だ。


誠に勝手ながらこの辺かな……と見つけた小さな穴から茂みに体を突っ込む。すると


「…………あ。」


「にゃぁぁ。」


「……やっぱり。」


私やお母さんとは違い、大きくそして骨骨としている手に撫でられ、まさに猫撫で声を上げている我が家の飼っている猫の名前。


「ご、ごめんね今日も…………ほんと轟くんの事お気に入りみたいで……。」


「いや、俺も猫好きだから…………今日は迎えが早かったな。」


そう言って息を吐くように笑った轟くんは、今日も憂いを帯びた瞳をしているがなんともかっこいい。


「最近はいつもここに来ちゃうから、いい加減慣れてきたよ。」


「……悪いな、なんか。」


「い、いえ全然!!むしろ轟くんのご迷惑じゃなければいいんだけど……。」


「それは、全然。…………癒される。」


「それなら良かった……。」


顔周りやお腹を撫でられ、ゴロゴロ愛らしく鳴いている飼っている猫の名前。実は年齢で言えば既におばちゃんなのだと言うのは、轟くんに伝えた瞬間猫パンチが飛んできそうなので言わなかった。


「……可愛いな、初めて会った時からだけど。」


猫に言ってるのはわかるが、なんだその台詞は。何故か勝手に赤くなる私の顔。どうにか夏のせいに出来ないかな。


轟くんとの出会いもこんな形だった、飼っている猫の名前を探し回っていると、にゃーにゃー聞こえたので若干躊躇したものの、ご立派なお家の茂みを覗かせてもらったところ、


困った様子で飼っている猫の名前を宥める轟くんと、彼に行って欲しくなくて足にまとわりつく飼っている猫の名前の姿だった。


勿論その姿を見てしまった瞬間に私は青ざめ、茂みに突っ込み、瞬時に引き剥がした。これが彼との出会い。イケメンとの出会いだと言うのに、ムードもクソもない。


「…………そう言えば、苗字は、」


「うん?」


「高校どこ行くのか決めたのか。」


「高校?近くの公立高校にしようと思ってるよ。偏差値的にも問題無さそうだし。」


「…………そっか。」


轟くんとは同い年ではあるが、中学は丁度この辺りで学区が区切られているので別の学校なのだ。なので、彼との関わりは本当にこの脱走によるものだけ。


「轟くんは?」


「……俺は、雄英。」


「………………………………雄英!!?」


は、ちょ、えぇ!?ゆ、雄英って言ったら偏差値とんでもなく高い…………しかもヒーロー科で言ったらかなりの名門……。


「ち、ちなみに何科……?」


「ヒーロー科。」


「………………………………す、すっごいね……。」


言葉にできない。


なんと言う頭の悪い感想だろう。既にここで雄英とそうでないものの差が生まれている。


「…………凄い、か。」


「………………え?凄くない?」


雄英行ったらうちの親なら大号泣すると思うんだけど、…………ごめんねお母さん。私にゃ無理だ。


「…………俺の親のこと、知ってるよな?」


「親?…………え、エンデヴァーの事?」


「あぁ、あいつにそうさせられてるだけだ。…………俺は、雄英であいつを完全否定する。」


「否定?」


「…………あぁ、だからその為に雄英に行く。」


そう呟いた轟くんの瞳は、いつもより更に憂いを帯びていて少しだけ怖くなった。


「そ、そっかぁ…………。」


いや、そっかぁで済ませて良い話では無かった気がするけど、いやでも深掘りしてはいけない気がするし……。


………………でも、


「…………轟くん、」


「ん?」


「最近、この子の前以外でいつ笑った?」


「…………は?」


「いつ?」


「…………わかんねぇ。」


そんな気はしてたが、そんな笑わない人生やばくないか。と聞いといてなんだが思ってしまった。


「も、勿体無いよ!!」


「勿体無い……?」


「笑わないと、損する!!その…………お父さんとの事は私は何もわからないけど…………笑っておけば勝ち組だとは思うから!」


ほら、笑っていれば長生き出来るとか言うし!!


「お父さんを完全否定するのも轟くんの人生だけど、……轟くんは、自分自身が楽しませてあげないと、笑って生きていけないから!!」


ぽけ、とこちらを見ている轟くん。え、えっと、だからね、


「轟くんの人生は、轟くんのものだから!親の言いなりだったとしても、轟くんのものだから、だから、えっと、あの、」


語彙!!!


語彙力の無さがここで実力を発揮してくる、い、今じゃない!!なんか良い感じのことを言おうと、


「…………ふふっ、」


「……!?」


「ふふ、あははは!!」


「…………わ、……笑った……。」


「ふふ、…………ありがとう、苗字。」


「あ、……い、いえ…………。」


突然イケメンが笑いだして、脳内がショートしそうになる。


「……俺、頑張るよ。」


「?」


「…………暫くここでは会えなくなる。」


「えっ!?」


あ、ちょ、今の反応は駄目だろ、私はあくまでお迎えに上がってるだけなのに、会えなくなるのが寂しいみたいになってしまった。


「…………訓練にもっと集中する。俺は、俺のやりたいことを叶えて、俺の人生を生きてみせる。」


そう言った轟くんは、凛々しくてかっこよかったけれど、


なんだかとても、大丈夫かな、なんて思ってしまった。