ただいま

「あ、ちょ!飼っている猫の名前!?外寒いから、……ってちょ!!」


人の親切を無下にして、しゅるりとまた何故か開いていた窓から抜けていく飼っている猫の名前。


なんでこんな寒い日に出ていくかな……!?それに、どこに行くつもりで、


そう考えて、もしかして、轟くんが帰ってきたのかな。と勘づく。


今日は12月31日。大晦日、全寮制とは言えもしかしたら帰ってくるのかもしれない、いやでもそれならきっと轟くんは家族と過ごすだろうから、邪魔しちゃだめだって飼っている猫の名前……!!


私は玄関の扉を開けて、追いかけた。





やはり彼女が向かったのは轟家で、なんの躊躇も無く轟家への道を突き進んでいく。


まじ?もしかして本当に帰ってきてるの?それなら尚更駄目だけど!?


私は慌てて追いかける、いつもの茂みがもう少し、そんな所で


「フシャーッ!!!」


「……………………。」


う、


うわああああ!!?何してんのうちの子は!?何見知らぬ人相手に威嚇してんの!?


「う、うわ!!す、すいません!!」


慌てて猫を抱きかかえると、いや……と首を振った男の人。


「あんまり威嚇とかしないんですけど……本当にすいません!」


「いや、そんな気にしなくて良い。」


優しい人で良かった、これ以上失礼なことになる前に帰ろう。そう思い背を向けた時、


「苗字!!」


え?


振り返ると、男の人が立っていた後ろの車から轟くん。


……………………轟くん!!?


すると腕の中にいた飼っている猫の名前はびょーん!と抜け出して轟くんの元へ。


え…………?マジでなんでこの子わかったの……?轟くん今家に着いたところなのに……野生の勘?女の勘?


「なんだ、知り合いだったのか。」


「はい、家が近所で。……送って貰ってありがとうございました。」


「いや、規則だからな。明日からインターン頑張れよ。」


「はい。」


…………ん?


男の人は車に乗り込み、去っていった。


「轟くん、今のって……。」


「担任の先生だ。」


え…………若っ…………。


ってそれより!!


「ひ、久しぶりだね!!」


「あぁ、本当に。」


そう言って綺麗に笑った轟くんを間近で見て、あ、本物だ。と何故かちょっと泣きそうになる。


「あ、……えっと、元気だった!?」


「あぁ。手紙とか電話で伝わらなかったか?」


「つ、伝わった!すっごい伝わってたよ!」


そう言うと、なんだよその言い方。と声を上げて笑った轟くん。


その笑顔が凄く無邪気な笑顔で。……ずっとずっと見たくて、…………やっと見られて嬉しくて。


…………あ、やばい。


咄嗟に顔に手を宛てる。あ、あぁー…………。


「…………苗字?……え、ど、どうした……?」


「なんでもないよ!!」


「いや嘘つくなよ、急に…………どうしたんだ。」


手のひらに暖かい温度が伝わって、思わずしゃがみこんでしまう。


顔も俯かせて、遂には嗚咽まで漏れ始めた。……これはもう隠し切れない。


「…………大丈夫か?」


轟くんは戸惑いつつも、優しく背中を撫でてくれて。飼っている猫の名前もどことなく心配そうに鳴いている。


「ご、ごめ…………せっかく……帰ってきたのに…………。」


「そんなの気にするな、…………何かあったのか?」


……違うよ、何も無いよ。


何も無くて、何事もなく轟くんがここに帰ってきたことが嬉しくて。


それに、何より、轟くんの笑顔をまた見ることが出来て嬉しかった。遠いな、遠くなっちゃったな、なんて思い続けていたから尚更。轟くんの笑顔が沁みてしまって。


いつまでこの距離感でこの笑顔を見てられるかわからないけど、今はただただ幸せだ。


ぐずぐずと泣く私を心配している轟くん。帰ってきたばかりなのに申し訳ない、そう思って目元を服の袖で強く拭う。


「おい、駄目だ、」


しかしその腕は轟くんに両腕とも取られて、真っ赤な目をしてぐちゃぐちゃな顔をしているであろうその顔を、轟くんに晒してしまった。


「うわっ…………み、見ないで……。」


「…………嫌だ。」


「え!?い、いやって、」


「なんで泣いてたのか言ってくれ。」


む、無理!!恥ずかし過ぎる、と言うかキモすぎる。


轟くんの笑顔がマジで尊すぎて泣けてきました……。なんて言えるわけない!!!キモ!!


あまりのキモさに涙も引っ込む。い、言えない……。


「言えないよ……。」


「………………やっぱり何かあったんじゃねぇか。」


「え、あ、ち、ちが、」


やばい、頭のレベルが圧倒的に違うから話してるだけでも、轟くんの意のままだ。


「…………俺には言えねぇのか?」


「い、言えない!!」


なんなら轟くん以外にも言えないけど!!社会的に死ぬ!!


即答して否定をすると、ぐにゃり。悲しそうに歪んだ目の前のご尊顔。


「…………なんでだ?」


「え…………。」


なんでそんなに悲しそうな顔するの轟くん。本当のことなんて言えっこないが、その顔を見ると胸が痛んで仕方がない。


「…………………………俺じゃ、駄目なのか?」


なにが、なんて言葉は言いたくても言えなかった。轟くんがとてもとても悲しそうで、まるで1人取り残されてしまったかのような表情を浮かべていたから。


「………………っ。」


そんな顔、しないでよ轟くん……。


とても寂しそうで、とても悲しそうな顔をしている轟くん。私は思わず彼の力が緩んだすきに、彼に向かって抱きついた。


「…………えっ、」


「ち、違うよ!!なんかわかんないけど、ち、違う!!」


何がどうしてあそこまで悲しい顔をしてしまったのかわからないが、轟くんが思っているような内容では無いし、私が轟くんの事嫌に思ってるとか、そんなのとかでは全然無い。


「違うって…………俺には言えねぇんだろ?」


「うぐっ…………。」


やはり話はそこになるのか。言葉に詰まった私に、轟くんはまたも悲しそうな顔を浮かべて、そして私の肩口に頭を押し付けた。


「…………そんなに頼りねぇか?俺は。」


耳!!!!!耳が!!!!


ぼんっ。と音を立てそうな程に顔が熱くなる。今思えば、ち、近すぎないか!?いや自分から抱きついたけど!!それはなんかその、慰める的なアレで、


「…………………………頼ってくれよ、苗字。」


「………………………………轟くんの!!笑顔が見れて嬉しかったの!!」


「………………は?」


ああああ言っちゃった…………恥ずかしい、誰か私を埋めてくれ。


「と、轟くんが…………皆の人気者になって、遠い人になっちゃったなって思ってて。顔も見れなくて笑顔も見れなくて。声とか文字とかばっかりで…………でもいざ目の前に轟くんが現れて、笑顔見たら…………なんか、嬉しくて泣けてきちゃった…………デス。」


…………消えたい……………………。


これはこれで恥ずかしいが、轟くんの胸に顔を埋めて真っ赤になったであろう顔を隠す。


てか轟くんめっちゃ良い匂いする…………また気持ち悪いこと考えちゃった…………。


「…………ふふっ。」


「…………………………笑うなら笑えばいいよ。」


「ふふ、あはははは!!な、んだよそれ……。」


「轟くんには理解出来ないよ。」


「ふふっ、……あぁ、理解出来る気がしねぇ。俺の顔見て泣けてくるなんてな。」


「うっ……。」


「でも、」


ぐい、と顔を持ち上げられて、楽しそうに笑った轟くんと目が合う。


「笑顔を見られて嬉しいってのはわかる。」


「……わかる?」


「ん、わかる。……だから、笑ってくれよ苗字。」


な。と無邪気に笑った轟くん。


それに釣られて私も笑った。


「ふふっ…………ただいま、苗字。」


「……おかえり!轟くん!!」





「それにしても……泣くほどだからもっと深刻な内容かと思っただろ。」


「ご、ごめん……めっちゃ浅い内容でごめん……。」


「いや…………でもまさか抱きつかれるなんてな。」


そう言われて、そ、そう言えば!!と慌てて離れようとするとそれより先に腰に回った逞しい腕。


「逃がさねぇぞ。」


「何故!?」


「……苗字が慌てて面白ぇから。」


「そ、そりゃ慌てるよ!!」


と彼の腕の中から抜け出そうと暴れる。こんな姿、轟くん全国区で知られてる有名人なのに……!!…………あれ?


「轟くん……。」


「ん? 」


「……筋肉凄いね…………?」


「……………………ん?」


腕を触っても、肩を触っても、背中を触っても。どこもガッチリとしていて、筋肉による凹凸が確認できる。


「え!?す、すご…………。」


「…………………………。」


仮にも好きな人の体。もっと恥ずかしくなって逃げ出したくなるかと思ったが、案外私は冷静で。


その後もぺたぺたと服の上から筋肉を触る私を、轟くんはどことなく冷めた目で見ていた。