第2種目 そらをとぶ

他のペアも何組か入れ替えたり、入れ替えずにそのままおばあちゃんを連れてる人もいたりとかする中、私と轟くんは指定された陣地で開始の時を待っていた。


「…………いいか、苗字。たぶんお前は1番狙われる。」


「…………うん??」


「………………………………やっぱり気づいてなかったか。」


あちゃー、と言わんばかりに額へ手を置く轟くん。ごめん、ごめんって、馬鹿で本当にごめんなさい。サルにもわかるようにお願いします、


「さっきミッドナイト先生も言ってたが、選手はヒーロー科ばかりで個性の使い方に慣れてる。だから警戒する。それよりも選手じゃない奴の方が取りやすい。そう考えて、パートナーに危険が及ぶかもしれねぇって話だ。」


「…………え?」


「その中でも、1位の俺と一緒にいた苗字は4000ポイント持ってる。取りやすそうな4000ポイント。…………意味、わかるか?」


「……………………私、4000ポイントの女……?」


「…………ふふっ、ちょ、笑わせるな。だから気をつけてくれ。守るけど遠距離で攻めてくるやつもいるから。…………あと、爆豪には気をつけろ。」


名指し!?


「あいつ校内だとあんまり周りのこととか気にしねぇから、爆風に巻き込まれたりとかするかもしれねぇ。それでもって切れ者だ。周りとりあえず見ておいてくれ。」


な、なるほど…………?


「…………わ、わかった…………。その、あっさり捕まったらごめん……。」


「気にするな、俺が巻き込んでるだけだから。……もし捕まったらすぐ迎えに行く。」


迎えに行く、なんと言う素敵な響き。


場違いにもきゅんきゅんしてしまうが仕方ないだろう。私の好きな人は今日も今日とて抜かりなくかっこいいんだから。


「さぁ!!準備は出来たかしら!?」


聞こえた声にビクゥ、と体を震わせてしまう。すると大丈夫か?と顔を覗き込んでくる轟くん、これはこれで心臓に悪い。


「だ、大丈夫。」


「……出来るだけくっついてろ、じゃねぇと、」


「それでは始めるわよ!!」


「少しの隙を狙ってくる奴らが……。」


「3……2……1………………スタート!!」


戦いの火蓋が切って落とされた瞬間、


「ぅ、わ、ぁああ!!?」


「苗字!!…………クソっ、」


私の体は高く空へと上がっていて、初っ端から泣きそうになる。


何、これ、何かが巻きついてて、ちょ、うわああ!!?


高く上がったかと思ったら今度は物凄い勢いで降下している、し、死ぬ!!死んでしまう!!


そう思って目をギュッ、と瞑ったが思っていた衝撃は襲って来ず、代わりに


「ごめんなさいね、手荒な真似をして。……大丈夫?」


「ごめんね!?そんな怖がるとは思わなくって……。」


可愛らしい女の子たちがあわあわと私の前で慌てていた。


「えっと……。」


「とりあえず私達の陣地に入ったから、じっとしててね?お茶子ちゃん、この子を盗られないようにしましょ。」


「そうだね!!なんたって4000ポイントやもんね!!」


轟くん…………ごめんね…………ほんと、一瞬で…………。


可愛らしい女の子たちに守られるようにして、罪悪感から私は消えたくなる。何今の、個性なのかな。一瞬過ぎて見えなかったけど。


「う、わ!!梅雨ちゃん!!ば、爆豪くん来た!!」


「……厄介な人が…………こっちにもいるわ……!」


聞こえたのは地面を凍てつかせる音。


「お、お迎え早いな轟くん!!」


「苗字!!」


あ、轟くん来てくれた!!手を伸ばす彼に彼女らを押し退けて手を伸ばそうとすると、


「お前は…………こっちだ!!」


へ。


ずるり、私の伸ばした手を引っ掴んだのは轟くんじゃない。


…………ってまた!!また飛んでる!!!


「ひぃ!!」


「ちょ、暴れんな!!落とされてぇのか!!」


「………………ひぃいいい!!!」


あれ、なんか聞き覚えのある声。と思って顔を見ると、爆豪さん。


やべ、と思った時には悲鳴が漏れていて、目の前にいる彼は酷くご立腹だ。


「…………人の顔見て悲鳴上げるとは、随分なご身分じゃねぇか……?」


「ち、ちが!!お、おち、落ちる!!」


「うっせぇ!!落とさねぇよ!!んなヘマするか!!」


そう言って爆豪さんは、私をその逞しい片腕に乗せるようにして抱えて、


「おら!!持っとけ!!」


私を落とした。


…………え、ちょ、まじ、ちょ、あ、りえな!!


「ひぇっ……。」


もう泣く、そろそろ泣く。空を飛びすぎた。そして落とされた、怖すぎ。


マジで泣く5秒前まで迫った時、ぼす、と言う音ともに誰かが受け止めてくれる。


「おい!!人を落とすな!!…………ってあれ!?だ、大丈夫か!?」


「ひ…………人の良さそうな人…………。」


「え!?何それ!?俺の事!?」


逆だった赤髪が特徴的な彼はやはり、人が良さそうで。泣きそうになってぷるぷるしている私に慌ててしまっていた。


「ご、ごめんな!?爆豪が!!怖かったよな!?」


「…………あの人は…………悪の権化でしょうか……?」


「…………いや、あの…………ヒーロー志望だよ。」


怖すぎて怖すぎて、涙も引っ込んできた。あれだな、生きてる世界が違うんだ。轟くんの世界にはあんなやばい人もいるんだな、大変だな。


地面に降ろされて、体操座りをする。もう無理。既に2回の空中浮遊で吐きそうだ。


今度こそ轟くんをちゃんと待とうじゃないか、そう思った時


「ぎゃっ!!!」


「あ、おい!!…………瀬呂!!!」


体操座り状態でも容赦が無い。丸まった私にまたも何かが巻きついて、空を飛ばされる。し、しぬ、今度こそ、


「ごめんな切島!!この子はもらってく、」


ジャキ。そんな音がして、この紐なのかテープなのかわからんやつが切れる。


視界の端に見えたのは、体を刃物のようにした誰かで、


あれ、じゃあ、これって、思わず下を見ると誰もいなくて。


あ、………………ああああああああ!!!今度こそまじで、ちょ、うわ


ギュッ。目を瞑った瞬間。またも誰かに抱きとめられる。


「すいません、怖かったですよね!?」


目を開くと、緑の髪。あ、この人は……背筋の賢い人。


「あ…………う………………。」


しかしながら死ぬ、マジで死ぬ。と思っていた為、ろくな言葉が出てこない。もはや屍だ。


「飯田くん!!」


「あぁ!これ以上のポイントはいらない、防衛に徹しよう!」


そんな会話が聞こえる中、ゆっくりと地面に下ろされる。


巻きついたテープを剥がされながら、緑の人は優しく笑顔を浮かべた。


「すいません、怖いことばかり。もう大丈夫ですから、安心してください!」


その言葉と笑顔に絆され泣きそうになるが、もう騙されないぞ。こうして地面に降ろされてから1度も大丈夫だったことは無い。すぐ空飛んでるし。


それに、私は轟くんのポイントにならないと。電光掲示板を見ると轟くんの名前はいくつか下がってしまっていて、責任を感じる。


しかしながら残り時間はどんどん少なくなっていって、焦りを感じた。


轟くんはどこに、緑の人と走る人の間から周りを伺うが姿は見えない。


それに、私は今も尚狙われているようで近くの2人は何やら応戦しているようだった。……これ本当に体育祭?命の危機を感じるんだけど…………?


すると聞こえた爆発音、こ、この音は


「そいつ寄越せ!!デク!!」


「か、かっちゃん!!」


出た!!!悪の権化!!!


さっ、と身を隠すように縮こまるが、ギラりと鋭い瞳がこちらをしっかりと捉えている。こ、怖すぎる。


あの人に攫われるぐらいなら、まだここにいた方が…………。と先程落とされた恐怖から守ってくれることを願うが、


爆豪さんとは別の方向から何かに引っ張られる。


「うわ!?」


「あ!!」


「しまった!!」


そんな声を背中に受けながら、腕を引く先を見ると布。


え?と思っている間にその布は私の体に巻き付き、引っ張られる。


「ぎゃっ!!」


「あ、悪い。……大丈夫か?」


陣地へと入れられて、急に拘束が解けた私は地面に転がる。い、いったい…………。


「流石だよ心操くん!あとは防衛に徹しようじゃないか。」


そう言った金髪の彼に手をさしのべられ、身を起こされる。


「大丈夫?怪我してないかい?」


「…………はい、大丈夫です。」


びっくりしすぎてもうなんか、今日で20年ぐらい寿命縮んでそうだけどね。


…………ってそれより!!


電光掲示板を見ると、残り時間は僅か。轟くんの順位は半分以下になってしまっていて、唇を噛み締める。


私のせいで轟くんが次に進めないなんて…………そ、そんなの…………。


「苗字!!」


「……来たよ、心操くん。彼に奪われなければ僕達も次に行ける!!」


「あぁ、締めてこう。」


「と、轟くん!!」


彼の方を見ると、眉間に深くシワが寄っていて焦っているのだと感じる。


どうしよう、どうにか彼の元に帰らないと、でもどうしたら。


そんな事を考えているうちに周囲には轟くん以外のチームも迫ってきていて、戦いの終盤を感じさせられる。


………………残り時間が、10秒を切る。


どうしよう、どうしたら、そう考えている時に目の前にいた布の人が誰かの攻撃を受けてよろめく。


そして地面に手を付き、膝と手を地面についていて、背中が上を向く状態に。


そんな彼を庇うようにして前に出た金髪の彼。彼は攻撃を防ぐように目の前に息を吹くようにして、透明な箱のような物を生み出した。


そんな個性もあるのか、なんて思いながらも周囲を確認する。


あのテープの人もいないし、最初に捕まった女の子もいない。爆発音も遠くで聞こえるし、遠距離で捕まることはたぶん、私のわかる範囲では無いだろう。


目の前にいる背中を上にしている布の人、その先に、丁度2段飛ばしの階段のように浮いている透明の箱。


そしてその先に、最も近くにいる轟くん。


…………タイミング良くお互いに手を伸ばして触れ合えば、もしかしたら。なんて考えている間に残り時間は5秒を切っていて。


……………………やらずに後悔するより、やって後悔しよう!!失敗したら国民全員に笑ってもらえば良い!!


そう考えた私は、きっとここにいる誰も予想していなかった、私自身が動くという行動を起こす。


「5……4…………。」


布の人の後方より助走を付けて走り出す。


「3…………。」


「え、ちょ!?」


慌てたような金髪さんを尻目になけなしの脚力を使って地面を蹴った。


そして布の人には申し訳ないが、勢いよく踏んで土台にさせてもらう。


「ぐっ!?」


ギリッ…………ギリッ…………!!!なんとか届いた箱に足をつけて、思いっきり蹴る。


陣地は出てない、でも防衛してた2人は超えた。


周りの人たちも、想定外の行動を私がしたからか何も仕掛けて来ず、最大のチャンス。


「2………………。」


「…………っ轟くん!!!」


下降しながらめいいっぱい腕を伸ばす。そして大好きな彼の名前を大声で呼んだ。


周りの人達同様、驚いて目を見開いていた彼はいち早く状況を察知し、


「……苗字!!」


「1………….!!」


私達の手と手は触れ合い、


「終ーーー了ーーーー!!!!」


私はなんとかギリギリ間に合った轟くんの体に抱きとめられ、轟くんは次への切符を手にした。