惨め

「え?お昼ご飯?」


冬美さんに物凄く体や怪我の心配をされて、大丈夫です!!と笑ったところ、冬美さんは急遽用事が入ってしまったらしく帰ってしまった。


お昼は1人でどこか近場に行ってこようか、そう考えていた時、周りの観客に注目されながら轟くんと、緑の人がやって来た。


「あぁ、クラスのやつらが苗字と話してぇみたいで。」


「え!?な、なんで。」


何も話せることなんて無いけども……?それに、轟くんのクラスのやつら、と言うのは秀才の集まりなんでしょ……?


仮免の時だって轟くんは落ちてしまったのに、皆は受かった。そう聞いてる、だからエリートの集まりなんでしょ…………??えっ……話せることなんてまじで無いよ……なんなら話せば話すほど私の馬鹿がバレるよ………。


「あ、え、えっと、皆轟くんと苗字さんが手紙のやり取りしてるの知ってて……それで気になるんだ。」


「え!!?」


な、なんでそれを……と言う顔を浮かべると、緑の人は困ったように笑った。


「うち寮だから、郵便物はクラスでまとめて寮に届くんだ。だから轟くんじゃない人が受け取る時もあって…………。」


…………そう言う…………。


…………なら尚更顔を合わせるなんて恥ずかしい!!だって絶対それって、か、彼女的な感じで気になるって言うか、どういう関係なんだ、って言う、アレじゃないか!!高校生が好きなアレじゃないか!!


「…………駄目か?」


「ヴッ。」


こてん。首を傾げた轟くん、イケメンがイケメンをしっかりと使ってくる。そして私の胸はしっかりきゅんきゅんしている。


「………………………………わかっ、た。」


そう答えると、轟くんは嬉しそうに微笑んで、ありがとう。と笑った。


「…………そう言えば気になってたんですが、貴方は……?」


緑の人。ずっと名前知らなかったな。そう思って尋ねれば、


「あ、緑谷です!」


「俺の友達だ、良いやつだから仲良く出来ると思う。」


緑谷…………あ、障害物競走の時もなんか言ってた気がするし、それより、


「あの、手紙によく出てくる人?あのー、勉強熱心で轟くんがよく話すって言う、」


「あぁ、そうだ。」


確か手紙に出てくる人も、緑谷。そんな名前だったような気がして聞けば、正解だったようだ。


「え!?轟くん僕のこと手紙に書いてるの!? 」


「?あぁ、他にもクラスのことはよく書いてる。」


なるほど、今までは苗字と轟くんから聞くエピソードだけでしか知らなかった轟くんのクラスメイト。その人たちを生で見ることが出来るのか!


今までは爆豪さんしか分からなかったけれど、そう考えれば少しわくわくしてきた。


私は轟くんと緑谷くんと一緒に、雄英の食堂へとお邪魔した。





「うっわぁ…………広いね……!?」


「……?こんなもんじゃねぇのか?」


「僕も雄英以外知らないからなんとも……。」


ず、ズレてる!!この人達ズレてる!!こうしてヒーローは一般の感覚からズレていくのかな…………だって高校の食堂がこのレベルだもん…………毎朝半目でお弁当を作る気持ちとかわかんないよな……。


そう思うと少しだけ妬ましく思い、恵まれている彼らを憎らしく睨みつけたが、安定の造形美には屈さずにはいられなかった。


「……あ!こっちこっちー!!轟!緑谷!!」


そう聞こえた方に目を向けると、ピンクの髪の女の子がこちらに手を振っている。


その周りにも目を向ければ多くの生徒達が一緒のテーブルに座ってこちらを見ていた。


ご飯を取りに行って、轟くんと緑谷くんに挟まれる形で席に着き、…………周囲にいる皆さんにじろじろと見られる。


「えっと…………?」


「初めまして、苗字さん!」


「ウチら轟のクラスメイト!!私芦戸!」


「俺は上鳴! 」


「う、お、………………は、はい。」


続々と自己紹介をされて、覚えきれない追いつけない。それに手紙の中に書いてあったような苗字もいくつか聞こえたけれど、照らし合わせてる余裕なんて無い。


「……大丈夫か?」


「………………う、うん!!こんなに沢山の人と一気に知り合うなんて、入学式以来だ!」


心配そうにこちらを見ている轟くんに笑いかける。


「ね、苗字さんは轟とどういう関係なの?」


「……え?ど、どういうって、」


「轟ちゃんと手紙のやり取りしてるのは聞いてるの、仲の良いお友達?それとも……。」


それとも。


…………………………………………。



「ち、違う!!お友達です!!」


「そう話しただろ。」


「ちぇっ、本当に友達なのかよー。」


「実は隠してるだけかなーっと思ってたのに。」


皆さん残念そうにしているが、辞めてくれ。心臓に悪い事を言わないでください。…………ほら、轟くんは今も尚平然とした様子で蕎麦を啜っている。


「そう言えば、さっきはごめんね?怖かったよね?」


麗日さんが困ったように眉を下げて謝ってくる。それに対してぶんぶんと首を横に振った、競技中だったのだ。それに、私からしたら異常事態だったけれど、皆さんからしたらあれぐらい普通だろう。


「沢山空を飛ぶことになって、怖い事には怖かったけど…………皆さんの個性を使いこなす力にびっくりした。」


そう言うと、皆の表情が緩んでいく。


「……へへっ、なんたって俺らヒーロー科だからな!」


「ね!!……そう言えば苗字さんはどこの学校通ってるの?」


「え!?」


なんて事ない、悪意なんて1ミリも無い芦戸さんからの質問。


それに対して私は悪事が暴かれたかのように、ビビり上がる。


こんなエリート集団に対して、…………い、言えない。もはや学校名すら知らないとか言われそう。


それにもし知っていたとしても、この学校の偏差値からしたら圧倒的に低いうちの偏差値…………ど、どっちみち言えないよ……。


「い、家の近くの公立だよ。たぶん名前も知らないような学校!」


「へぇー?その学校の何科に通ってんの?」


「普通科だよ?」


「普通科か!…………普通科って何勉強するの?」


「………え?」


「ほら、俺達はヒーロー基礎学とかやってるけど、普通科はその分何勉強してるのかなって。」


なんてことは無い興味。でも、それがなんだか、ヒーロー科の勉強に見合うほどの何かを、普通科もやってるんだろ?……そう、言われたような気がして…………息が、詰まる。


「苗字?」


とんとん、轟くんに肩を叩かれ何か答えないと、と息もろくに出来ないけれど喉を震わせる。


「ふ、普通に5教科とかだよ、国語とか数学とか。色々分かれてるからその分の授業を受けてる。」


たぶん。そうとしか言えなかった、だってヒーロー科のヒーロー基礎学とか言うものに見合うほどの何か、そんなの無いんだから。


わかってる、ヒーロー科は優れた人が行くところ。雄英のヒーロー科なんて本当に、すごい人しか行けないところ、わかってる。


でもそんな彼らの前で、自分の彼らと比べてなんにもない、からっぽなところを見せられるだろうか。


平然と、なんて事ない顔で、言えるだろうか。


……………………私には、無理だ。自分が惨めで仕方が無い。


おかしいな、轟くんと話しててもこんな気持ちにはならないのに。……………………自分だけ、何も無いからかな。


なんとか表面上は笑顔を浮かべて、耐える。だけど体は正直で、息が詰まって上手く呼吸が出来ない。


吸ってる空気が冷たく凍てついてる気がする。…………少しずつ少しずつ、体が冷たくなっていくような感覚。


「そっかぁ……それもそれで大変だよねぇ…………苗字さんはさ、」


私には、彼らと比べてなんにもないんだ、


「その普通科を出て、」


学んでるものも大したことなくて、優秀な部分も、自分を誇れる部分だって、


「将来何になりたいの?」


………………夢だって。なーんにも、ないんだ。


冷たかった空気が凍りついた。息が、出来ない。


「……苗字さん………………?」


緑谷くんが心配そうにこちらを見てる、気がする。でもそちらを見てる余裕すらない。


きっと貼り付けた笑顔が取れてしまったのだろう、絶望に染まる、惨めで惨めで仕方が無い、そんな私が出てしまったのだろう。


高2で将来とか、全然わからんよねー!!そう言って進路希望の紙を前に悩んだのはついこの間。


友人と一緒に、なんの仕事したいとか、どんな大人になってたいとか。そんなのわからんよねって、自分が将来何してるかなんてわからんし。って話してた。


そんな風に考える私は、ここでは、異質。


皆当然のようにプロヒーローを目指す。のに、私は。


将来とか、わかんないし。何がしたいとかもわかんない。


何も言えなくなってしまって、俯く。


「苗字、どうした。」


轟くんに声をかけられるが、返事すら出来ない。


だって私、皆みたいに凄くない何も持ってない。こんなのが露呈している状態で笑えない。


優秀な、実力も兼ね備えた、将来についてもしっかり考えている。皆に見つめられる私はなんと惨めだろう。


…………漠然と感じる、私の居場所はここには無いって。


静かに音も無く涙が頬を伝う。


「え……?」


自分が1番驚いてしまい、声が漏れる。やばい、慌てて涙を拭って私はご飯をかき込んだ。


もうここにいられない、まだ皆これから午後の部があるんだ。ここで泣き出したりなんかしたら、空気が悪くなる。


「っごめんなさい、急用思い出したから失礼します!」


「えっ?」


「え、ちょ、」


最後にちゃんとにっこり。笑顔を残して私は食器を片付けて、逃げるようにして食堂を出た。


つらい、辛い辛い辛い。まともに隣に並ぶことすら出来ないなんて。話すことすら出来ない、自分のことを語ることすら出来ない。


周りも見ないで駆け抜けた、午後の部楽しみにしてたのに。そんな気持ちで校門へと向かう。


しかし段々と堪えた涙が込み上げてきて、忙しなく動かしていた足も止まっていく。


「………………泣いちゃ、駄目だ。」


肩口に顔を押し当てて、感情が落ち着くようひたすら深呼吸をする。


泣いちゃ駄目。泣いたら、泣いたらもっと自分が惨めになる。


皆は本当に悪くないんだから、悲しんでるだけで辛いと感じてしまっているだけでも本当に自分が情けないのに、


それで泣いてしまったら、そんな自分を肯定してしまう。


だから、………………だから、…………駄目だって。


「…………ひっぐ………………ふっ…………。」


駄目だって、泣いちゃ。……今私のことを慰めてあげられるのは、私しかいないんだから。