下心

『さぁ!!ここで追い上げてきた3組!!』


苗字が出るというクラス対抗リレー。それは男女混合2名ずつらしく、その中でも苗字はアンカーらしい。


既に2番手に渡っているバトン。中々に接戦を繰り広げている中苗字のクラスが追い上げを見せる。


そして、それと比例するかのように、


「いっけえええ!!!鈴木いいい!!!もう1人抜いたれえええ!!!」


「頑張れ鈴木いいいいい!!!」


「ハンデなんかに負けんな鈴木いいい!!!」


「お、応援の熱量が…………。」


「凄いね…………。」


声を枯らしながら叫ぶ苗字の友人たち。顔も中々迫力が出てきている、男子は更に物凄い事に。


そしてその声援に応えるように、恐らく陸上部なのだろうグラウンドを走る選手は、腕や足に重しを付けながらも懸命に走っている。


すげぇな…………俺らの思い描いた体育祭。……いや、経験してきた高校の体育祭は、もっと色んな人達に見てもらう場であるので、今見ている体育祭とは大きく異なる。


だが、


「田中あああああ!!!負けんじゃねぇよ!!名前に1位で渡したれえええ!!」


「田中ああああ!!この瞬間だけイケメンに見えるぞお前えええ!!」


中々に酷い言葉を掛けつつも、とても楽しそうだと感じて思わず笑っちまう。


「あ!!もうすぐ苗字ちゃんだ!!」


芦戸の声に田中さんの走る先を見ると、半袖の体操服を肩まで捲りあげ、軽くストレッチをしている苗字。


現在3位で走っている田中さん、その姿が直線上に現れ気づいた苗字は、彼に向かって手を振る。


……あれ、あの人は確か。


いつかの文化祭準備の際、見かけた苗字に声をかけられなかった。


その時苗字と仲睦まじく話していた男だ、……田中って言うのか。


近づく田中さんに、走り出す苗字。


そしてバトンリレーはスムーズに。


「……頑張れ、苗字。」


バトンを持ち直した瞬間、踏み込むように加速した。


「名前!!!頑張れえええええ!!」


「抜かせえええええ!!!」


「アイスうううう!!!」


「優勝おおおおお!!!」


もはや願望を口にしているだけの応援、しかしその声援を受けて苗字は更に加速する。


凛々しいその姿は、やはり少し見慣れない。


だけど、…………だけど、いつまでも見ていたいと思う。


しかしながら、ゴールは間近で。苗字は更に加速し2位を抜かす。


「あと一人!!!」


「抜かせえぇぇえええ!!!!」


「いけええええええ!!!」


ゴールテープ直前、ギリギリで半歩分。


ほんの少しのリードから体を滑り込ませるようにして苗字はゴールテープを切った。


『………………素晴らしいレースでした!!そして接戦の末勝利を収めたのは…………3組!!!』


「よっしゃあああああ!!!!」


「名前ー!!よくやったあああ!!!!」


「ありがとおおおおお!!!!」


歓喜の声を上げるクラスメイト達。


「うわぁ……凄かった…………なんか、個性使わない体育祭なんて地味そうだよなぁって思ってた節もあったんだけどさ?」


「うん、私も。失礼ながらたぶん思ってた、けど…………超熱かったね!!」


「熱かった!!なんかもう感動した!!」


「……僕もなんか熱中して応援しちゃったや、自分たちのクラスでも無いのに。」


そう言って恥ずかしそうに頬をかいた緑谷。


「……いや、俺も。見ててすげぇ応援したくなった。」


…………それに、かっこよかった。皆の期待を背に地を駆ける苗字が。


個性なんか無くたって、充分かっこよかった。


なんだか熱くなった気持ちを抱えながら再び苗字を見ると、


「………………お。」


田中さんに抱きしめられるようにして、喜びを分かちあっていた。


…………クラスメイトだもんな、……そうだよな。


「……………………………………。」


「え、何、轟、顔怖…………って!?」


「う、おお…………苗字ちゃん熱烈ハグ……。」


ぎゅうぎゅうと抱き締められて、苦しそうにしながらも笑う苗字。


その光景に、胸がずん。と重くなり、胃の中がもやもやと不快感を訴えている。


「と、轟くん!!あれは、その、たぶん下心とか無いやつだから、」


「わかってる。」


「わかってる!?」


「大丈夫だよ、苗字ちゃんはあの……田中さんの事好きとかじゃないから、たぶん、」


「……それはわかんねぇだろ。」


「ああああ!!またイケメンが怖い顔に!!轟くん!落ち着いて!!せっかくの美形が台無しだよ!!」


「んなもん知らねぇよ。」


もう充分喜びは分かちあっただろ、なぁ。


未だに離れない2人。なんとも言えない不快感。理由はわかっているが、口に出すと更に不快感に襲われそうだ。


わたわたと慌てる皆、でもそれより目がいく光景。


…………俺だって早く苗字と話してぇのに。


その思いが強すぎたのか、チリッ。俺の左半身から火花が。


それを見た皆が驚き青ざめ。俺は半ば連れ去られるようにして強制退場させられた。