「…………轟くーん?」
一向に起きない。ついでに言うと飼っている猫の名前も起きない。
「えぇ…………。」
困ったな、なんて言いつつその綺麗な寝顔を眺める。
なんでこの状況になったのかと言えば、話は数時間…………いや、数十分前に遡る。
体育祭が終わり、こたつが恋しい季節がやってきた。
そんな中でも変わらず家事はやって来る。毎日毎日やって来る。
今日はお鍋にしちゃおうかなぁ。なんて思いつつ今日も1人分の靴しか残っていない家で、食材のチェックをしていると
ひゅるり。冷えた風が。
寒いなぁ、…………………………なんで風が。
慌てて風の出処を探せば、少しだけ開いている窓。
そう、猫1匹ぶんぐらい開いた窓。
いつの間に………………!!!
してやられた、完全に今回は気づかなかった。くそぅ、回数重ねる毎に脱走の腕まで上げよって。
それに、日付まで覚えてなかったんだ。それも隙をつかれた。
カレンダー見ると年末27日。轟くんは年末になるとこちらに戻ってくるんだよな。としか覚えてなかった。日付までは。
その結果、何故か轟くんの気配を嗅ぎつけた飼っている猫の名前にまんまと脱走されて、私は今床に膝を着いて項垂れている。完全敗北。
今頃轟くんの大きな手に愛されているのだろう、…………想像すると少しだけ羨ましくなり、そんな自分にドン引くまでがテンプレだ。
さっとコートを羽織って、適当な靴を引っ掛けて私は外へ出た。
◇
「あ!名前ちゃん!今回お迎え遅かったのね。」
「す、すいません!!飼っている猫の名前がいない事に気づかず…………ってあれ?」
轟家に着くと冬美さんはいたが、姿の見えない轟くんと飼っている猫の名前。
「少し前に来てね、暫く外で焦凍と遊んでたんだけど寒そうだから中に入れても良いかって聞かれて。……今うちの中にいるよ。」
「な、なんてことを…………すいません!すぐ回収します!!」
「そんな急がなくて良いのに。飼っている猫の名前ちゃん可愛いから全然居てくれて良いよ?」
勿論名前ちゃんもね?と言ってくれる冬美さんは今日も茶目っ気たっぷりで可愛い。
「ありがとうございます……お邪魔します!」
「はい、どうぞ!」
靴を揃えてお家に上がらせて頂く。
「あ、そうだ名前ちゃん。今から私出かけてくるから、焦凍に言っといて貰える?」
「はい、わかりました!」
「あと……今家に焦凍以外いないから、出かけるなら鍵かけて行ってね、ともお願い!」
「了解しました!」
お願いねー!と言って玄関を出た冬美さんを見送り、今度こそ家の中をお邪魔しようとして、固まる。
……………今この家の中には、私と轟くんだけ……?
ぼぼぼぼ、顔に熱が集まる。ほんと、ほんとそういうとこ。意識するだけ辛いのに、辞めなよいい加減。ドMなのかな私。
それに、ここへは飼っている猫の名前の回収に来ただけだから。ほら、お鍋用意しないとだし。うんうん。
具は何にしようかな、冷蔵庫に何入ってたっけな。と必死になって冷静さを取り戻そうとするが、とてもじゃないが無理だ。そんな私は出来た人間じゃない。
いるとしたら、どこだろう。居間はさっき覗いたけどいなかったから…………轟くんの部屋かな。
一度だけお邪魔した轟くんのお部屋。確かこの辺だったような……と扉をゆっくり開けていくと、
「…………おぁっ。」
中を覗けば、床に転がってあどけない寝顔を晒している轟くん。
そしてそんな彼にぴっとりくっつくようにして眠る飼っている猫の名前。
暫く硬直し、何も出来なかったがいやいや何をしてるんだと体が動くようになった時、咄嗟にスマホでカメラを起動した私は誰かに殴られるべきだろう。
えっと…………。
「……轟くーん?」
私も畳に膝を着いて彼に話しかけるが、ピクリとも動かない轟くん。
すー、すー。と静かに寝息を立てていて、イケメンはいびきもかかないのか、凄いな。ともはや感動する。
こんなに安らかに眠っているのに起こすのは忍びない。うちのアイドルだけ回収して帰ろう。そう思って飼っている猫の名前を抱き上げようとした時
「んんっ……。」
「!?」
轟くんが微かに唸るような声を上げて、思わず飼っている猫の名前を落としてしまった。あ、ごめん。
その衝撃で起きた飼っている猫の名前。しかしながら私と轟くんを見て、そして轟くんに寄り添うようにしてまたも寝た。飼い主勘違いしとるんかなこの猫は。
「えぇ…………。」
どうしよう、困ったな。いや轟くん起こせば良いんだけどさ、なんか、……なんか申し訳なくて。
いやでもいつまでもこの状態って言うのも良くないし…………やはり強引にでも飼っている猫の名前を連れ出して逃げるが勝ちかな。
いや待てよ、それだと家の鍵は誰が閉めるんだ。…………結局轟くん起こさないと駄目じゃん……もう…………。
こんなにも安らかに眠っている人を起こさねばならないなんて。うぅ、ごめんね轟くん……。
そう思い、彼の肩に手を伸ばす。
すると、微かに声が聞こえる。轟くんの寝言かな、そう思って耳を澄ませば
「…………苗字……。」
「…………え……?」
私の事、呼んでる。
…………轟くんの夢の中までいさせてもらってるんだ、嬉しいな。
………………いや、嬉しいなんてものじゃない。嬉し過ぎてしまう、本当に、好き過ぎる。
「……ねぇ、轟くん。」
するり、ニキビ1つ無い綺麗な頬を撫でる。……起きて。
「………………私も、轟くんの夢沢山見るよ。」
起きて、轟くん。
「直接は中々会えないから、夢の中で沢山会うの。」
「…………沢山会って、幸せな気持ちになるの。」
轟くん、起きて。そのオッドアイで私を捉えて。
私が、
「轟くんと会うと、話すと幸せな気持ちになる。」
私が と言う前に。
「……幸せな気持ちになってしまうぐらい、私、…………私ね、」
おきて、とどろきくん。
「…………私、轟くんの事が好きだよ。」
ぽろり、零れた気持ちは、音となってしまって。
溢れる気持ちは止まらなくて。好きだ、好きだよ轟くん。と溢れ続ける。
こんな気持ち、二度と声にしないから、だから、だから。
静かに眠る綺麗な彼に近づく。
「…………ごめん、なさい。」
だから、私の過ちを許してください。
届かないはずだった唇へ、そっと自分の唇を押し付けた。
それはほんの一瞬で、すぐに自分のしてしまった事に青ざめ離れる。
何して…………ほんと、何して…………最低だ。
そんな自分に幻滅しながら離れると、衣のこすれる音。
…………え。
「…………苗字。」
目の前の彼は、あろう事か。ゆっくりと身を起こし、完全に覚醒しているそのオッドアイで私を見つめた。