ここから始まる

友達と別れて家路に着く。


もうすぐ中間テストかぁ、勉強しないと。1年生の最初から勉強に躓く訳にはいかない。


…………ただえさえ、轟くんに比べたら偏差値の低い学校に通ってるって言うのに。


なんて、頭の中から消える気配の無い轟くんに笑ってしまう。


とっくの昔に彼の中から私は消えてるって言うのにな。


…………未練がましいな、フラれた彼女かよって。


…………………………彼女、かぁ。


轟くんは彼女とか作るのかな、女の子には困らなさそうなルックスと実績を持ち合わせていると思うけれど。


………………もう、いい加減轟くんから離れようよ私。


はぁ、と溜め息をついてぐしゃぐしゃと頭を掻き回す。


俯き、もう一度吸った息を溜め息として吐いて家へ入ろうとすると見えた足。


………………足?


正確には靴。なんでうちの前で止まってるんだ?


段々と視線を上にあげていくと見えた赤と白の頭。


……………………………………へ。


「…………苗字。」


「……と、…………轟、くん。」


ずっとずっと考えていた彼が目の前にいて、頭の中が真っ白になってしまう。なんで、こ、ここに、


「…………ちょっと、話せるか。」


「……え、あ、…………うん、はな、せる。」


むしろ轟くんは私と話せるの?だって、あの日。なんて言葉はなんだか顔を強ばらせている轟くんには言えなかった。





「……悪かった、無視したり避けたりして。」


「………………え。」


「嫌な気持ちにさせたよな、……ほんとごめん。」


近くの公園へ向かい、ベンチに座った途端、そう言って頭を下げる轟くん。さらさらの髪が重力に逆らわず落ちていく。


「……親父に、見つかりたくなくて避けてた。」


「え、エンデヴァーに?」


「あぁ。…………俺の訓練の邪魔になると思ったものは全部排除するんだ、あいつは。だから、」


苦しそうに歪めた表情。


「……お前と飼っている猫の名前もその対象にされたら、と思ったら。接点を無くした方が良いと思って。」


……私を守るためだったんだ。


「でも、雄英入って色々……教えて貰って。……守りたいものは自分で守れば良いって思ったんだ、……だから、…………だから、」


視線を落とした轟くん。困ったように眉を下げていて、口を開いては閉じてを繰り返している。


「…………都合良いのはわかってるんだけど、……俺は苗字との繋がりを大事にしてぇ。……もう一度俺と友達になってくれねぇか。」


なんと言う素直な、直球ストレート。


轟くんからのそんな提案を、私が拒否するとでも彼は思っているのだろうか。


それが不思議で思わずきょとん。と黙り込んでしまう。するとそれが悪い方向へと捉えられたようで、


「……や、やっぱり嫌だよな…………ごめん。都合良すぎだよな…………。」


悪ぃ、もう二度と姿現さねぇから、そう言って立ち上がろうとした彼の腕を慌てて掴む。


「ち、違う!!」


「……え?」


「あ、と、ごめん、黙り込んじゃって。……その、怒ってないよ全然。だから、私もまた仲良くして欲しいな。」


そう笑いかけると、綺麗なオッドアイがゆらりと揺らめいた。


「……本当か?」


「うん、本当!」


「でも……俺、お前を泣かせちまって……。」


「え?」


「………………無視した日、お前泣いてただろ。」


無視した日。…………数ヶ月前のあの日のことだろうか。と言うかなんで泣いてたことまで知ってるんだ、轟くんが見えなくなったのを確認してから泣いたはずだけど、


「……あ、その…………酷いことしちまってる自覚はあったから………気になって、それで。」


「は、恥ずかしいなそれは…………。」


ぐずぐずに泣いてたのを見られてたって事だろう、は、恥ずかしい……。


「……確かにショックだったし、轟くんの中での私はいなくなっちゃったんだな、とは思ったよ。」


「……そんな訳、」


「だから私も自分の中での轟くんを消さないと、って頑張って思い込んでた。」


「……………………。」


「でも、出来なくて。」


「………………えっ?」


「色んな場面で、思い出すんだ轟くんの事。話したのは轟くんの家の敷地だけなのに、本当に少しの時間だけなのに。なんでかわからないけど、色んなところで轟くんだったら、とか。轟くんは、とか。考えちゃって……。」


「…………そっか。」


「そしたら雄英の体育祭見ちゃって。…………凄くかっこよかった。」


「……ありがとう。」


「……………………へへ、夢じゃない?」


もう、轟くんの事忘れなくて良いの?もう頑張らなくても良いの?また轟くんとお話出来るの?


……ちょっと大袈裟かもしれないけれど、夢みたいだ。


「あぁ、夢じゃない。」


ぎゅ。とあの夏の日よりもずっと逞しくなっている手に自分の手を握り込まれて、嬉しくなる。


「また、よろしくな。」


「……こちらこそ!」