「あ、ちょ!!飼っている猫の名前!!!」
しゅるり、窓の隙間を抜けていく。
「おかあさ…………っていないんだった!!!もう!!」
悩んで、でも放って置く訳にもいかないし、仕方が無いので火を止めて、エプロンは外し忘れてそのまま外へ出た。
彼女の行方は大体わかってる、この時間。…………轟くんがお家に帰ってくる時間だ。
いつものように家から少しだけ離れた位置に建っている、立派な御屋敷。
その外側をぐるりと回って、このあたり。茂みに小さな抜け道が。
「失礼しまーす……。」
がさり、と体を突っ込むとやっぱり。
「お、苗字。」
「にゃぁぁん。」
にゃぁぁんじゃないんだけどな??
今日も今日とて制服姿の轟くんに撫でられて、ゴロゴロと喉を鳴らす飼っている猫の名前。
「ほんとごめんねいつも…………あ、おかえり。」
「ん、ただいま。」
ごろりと飼っている猫の名前は寝返りをうってお腹を見せる。私と轟くんが仲直り(?)をしてから、彼女もまたここに通い始めた。
轟くんと話す良い機会ではあるが、生憎タイミングが最悪過ぎる。この時間はご飯を作る時間だから…………って、
「……料理してたのか?」
「……………………うん。」
エプロンをつけっ放しだった事に今更気づく、うっわ……おばちゃんみたいじゃん…………。
「だいぶ前も思ったけど……おばさんは?」
「お母さん?……えっと、高校入る少し前から転職して。」
「そうなのか?」
「うん、忙しそうでね…………だから家事の分担も私の割合増えたんだ。」
昔から母子家庭だった我が家の家事は、分担制ではあった。
しかしながら私はまだ簡単な洗濯やお皿洗いなどで済んでいたが、お母さんが忙しくなってしまったので、悲しきかな、私も高校生活でバタバタしているけれど料理や掃除ゴミ捨てなど全て私の管轄となってしまった。
そのせいで、友達と中々遊べない。けれどそのお陰で早く家に帰ってきて、こうして轟くんとお話出来る。
「そうか…………大変だな。」
「ちょっとだけね!でも大丈夫。家事出来る女の子はモテるって信じてるから!」
きっといつか自分のためになる日が来る。そう思って私は彼にグッ、と握った拳を見せつけた。
「……確かに、家事出来る女子って良いよな。」
「え、轟くんもそういうの考えたりするんだ?」
………………て言うか、忘れてた。轟くん彼女いるのでは疑惑晴れてないんだった。いや、晴れてないとかちょっと言い方。
彼なら女の子なんて、選り取りみどりだろう。なんなら今の彼女は完璧に家事をもこなす美女だが?なんて言われてもなんの違和感もない。
「……まぁ、一応。」
「いやぁでも轟くんの彼女になれるなら、家事でもなんでも頑張ります!なんて子多そうだけど!」
「…………そんな事、ねぇだろ。」
「えぇ?だって、雄英体育祭の後も轟くんの事かっこいい!って言ってる子ばっかりだったよ。」
「え……。」
「え?…………学校でもモテモテだろうな、なんて考えてたんだけど…………?」
「……んな事ねぇよ。別に。」
心做しか照れているように見える轟くん。あれ、こういう話はあんまりしないのかな。
「彼女とかいないの?」
「いねぇよ。……そんな暇もねぇ。」
そんな暇もねぇ。その言葉に少しだけ壁を感じた。
…………私たちみたいに、恋愛事できゃーきゃー言ってられるような生活を送ってないんだ。
「そ…………っか……そうだよね、雄英のヒーロー科だもんね、忙しいよね。」
「……お前は、どうなんだよ。」
「どうって?」
「…………彼氏、とか。」
「え!?い、いないいない。」
彼氏と遊んでる時間無いし、と続けようとして気づいた。同じことを言おうとしてる。
時間無い、のに轟くんとは会う。
それを察されるのが恥ずかしくて、続けようとした言葉は飲み込んだ。
「……そうか。」
「う、うん。……轟くんは私と違って、かっこいいから彼女なんてすぐ作れちゃいそうだよね。」
「は!?」
「え!?」
珍しく大きな声を出した轟くんに驚く、な、なに、と思って彼を見ると耳まで赤くなってしまっていた。
え、な、なんでそんな…………皆かっこいいって言ってたよってさっき言ったじゃん…………。
イケメンが照れている姿を間近で見続け、そしていたたまれなくなった私は猫を連れて、
「お邪魔しましたああ!!」
逃げるように家へと帰った。
なんで、あんな、照れるの。イケメンだから、轟くんは冷静だから、もっとすんなり受け入れてくれるもんかと思って言ったのに、
これじゃあ私まで恥ずかしいじゃないか!!
赤くなった顔を飼っている猫の名前に埋めて、私は大きく溜息をついた。