才能

「お、お邪魔します!」


「どうぞ!名前ちゃんが家に上がるなんて初めてね!ゆっくりしていってね!」


「う、は、はい!!」


「俺の部屋、こっち。」


「は、はい!!」


「……っふふ、何緊張してんだよ。」


いや、…………緊張するでしょこれは!!


何この御屋敷!?いや外から見てても大きいおうちだなぁとは思ってたけど、中の広さとか家具とか……とりあえず平民とは大きく異なるおうち過ぎて、動悸が収まらない。


「……あ。」


「あ……?………………。」


轟くんが突然止まり、声を上げたので彼の前を覗き込むとエンデヴァー。


ぅえ、え、えん、ゥエンデヴァー!!?!?


ヒュウッと空気が喉を通る音がした気がする。い、威圧感…………お屋敷に住んでそうな威圧感…………。


「……その子は、」


「友達だ、勉強するために呼んだ。……行くぞ、苗字。」


「お、お。…………お、お邪魔します!!」


ぐいぐい轟くんに引っ張られて、半身でしか頭を下げられなかったことをお許しください、エンデヴァー……!!


少しすると離された腕。すると目の前の扉を開く轟くん。


「ここ、俺の部屋だから。適当に座ってくれ。」


「ひっ、」


「?」


ひっっろ……………………え?うちのリビングより広いのでは?…………え??


「どうした……?」


「いや、な、なんでもないよ!!綺麗なお部屋だね!」


「あんま物欲が無くてな。置くものもねぇだけだ、……お茶持ってくるから待っててくれ。」


そう言って出ていってしまった轟くん。大きなお部屋に取り残されて、呆然とする。


一緒に勉強しようか、となった時どこでやる?と言う議題が上がった。


それなら教わるのは私だし、うちはどうかな!?と言おうとして咄嗟に辞めた。育ちの良い彼を我が家の小さなお部屋に私と閉じ込めるなんて、で、出来ない……。と思ったからだ。


でもあの時の判断は正しかった、本当に。危ないところだった。





……………………???


「ふふっ、」


首がもげてしまいそうな程に捻っている私を見て笑うイケメン。


「どうした、今度は何がわからねぇんだ。」


「えっとこれ…………公式入れてもなんかおかしい……。」


「……これは、この公式じゃなくて、」


私はもうそもそも無いに等しいプライドをかなぐり捨てて、轟くんに1から10まで教えて貰っていた。


そしてその都度思うのだが、本当に轟くんは賢いようで。この問題、と指差すとさらーっと目を通してすぐに解説してくれる。なんかそれだけで、すごいと思う。読解力?とんでもない。


それに教え方だって、凄くわかりやすい。凄く丁寧に教えてくれて、それでも私が首を捻っているようであれば、更に噛み砕いて教えてくれる。…………本当に良い友人を持ったな私。運だけは持ってる!!


「…………わかった!!」


「わかったか。」


「………………………………合ってる?」


計算式を敷き詰めたプリントを見せると、さらりと目を通して、あぁ合ってる。と笑ってくれた。


「やった!………ご、ごめんね轟くん。」


「ん?何がだ。」


「私にばっかり時間取らせて。全然自分の勉強出来てないよね……?」


「……元々苗字に教えようと思って来てもらった訳だから大丈夫だ。それに、まぁ授業聞いてれば赤点とかはねぇだろうし。」


「ヴッ!!!」


「あ、悪ぃ。」





日も暮れてきて、黄昏時。


「…………あれ!?今、何時、」


「……17時だ。」


「もうそんな時間!?」


「苗字集中してたもんな、……お疲れ。」


「い、いやいや!それはこちらこそ、ありがとう根気よく教えてくれて!」


なんという事だ、今日1日ほとんど私のために時間を使ってもらってしまった。


そしてそれだけ頭に何も入っていなかったのだと自覚し、絶望する。轟くんはもっと私に対して呆れても良いと思う。


「……いや。これぐらいで良ければ、力になる。」


これぐらい!?


「こ、これぐらいって…………す、凄かったよ轟くん。教え方凄く分かりやすかったし本当に助かった!!」


「お、そ、そうか。」


「うん!!どれだけ私が馬鹿でも優しく教えてくれたし、もはや才能だよきっと。」


人を見捨てない才能。素晴らしい。心からの拍手を送りたい。


「…………そっか。」


「うん!本当に今日はありがとう!そろそろ夕飯の準備しないとだから帰るね!」


「あぁ、…………家まで送る。」


「え!?さ、流石に悪いよ!!まだ明るいし平気!それじゃあ!!」


「あ、ちょ。」


想像以上に時間が経ってしまっていて少し焦る。やばい、家の事全然やってないのに。


ぽかん。としている轟くんを置いて、見かけた冬美さんにお邪魔しました!と声をかけて轟家を出た。





苗字がいなくなってしまった自室。いつも1人だったのに、いつもよりなんだか寂しく感じる。


それは先程までころころと表情を変えながら、俺を教えを乞う苗字がいたからだろうか。


「……才能、か。」


至極真面目な顔してそんなこと言うもんだから、笑ってしまう。なんだよ才能って。


……誰にでもこんなに優しく教えられる訳、ねぇだろ。


はぁ。と今日も今日とて仲の良い友人枠から抜け出せなかった自分にお疲れ、とでも言いたくなる。


いつだったか、気づいてしまったんだ。この気持ちに。


ごろん。と畳に寝そべり思いを馳せる。


気づけば思ってた、1度手を離した恐怖があったから余計に気付かされた。


苗字には隣にいて欲しいって。もう二度と離れたくないって思った。


特に理由もねぇのに会いてぇって思った、ただ会って、元気を貰いたかった。


……そうだな、俺に教える才能があるならお前には、


苗字には、俺に元気をくれる才能がある。


…………なんて言えば、またいやいやいや!有り得ない!!元気って何!?とか言い始めそうだ。いや、絶対言うな。


想像して、肩を震わせる。ほらもう、想像だけでも俺を笑顔にさせてくれる。


……ずっと、隣にいて欲しい。


ずっと、苗字と一緒に笑っていたい。


…………それが無理なら、誰の隣にも行かないでくれ。


そんな事を考えてしまって、気持ちを伝えることすら出来ないくせに。と自分に嫌気が差した。