震える戦場
「あれ!!先輩今日は定時ですか!?」
「うん、キリよく仕事終わったし。たまには定時で帰ろうかなって。」
「良いと思います!プライベートも大事にするべきですよ!!」
「う、うん。そうだね……。」
なんなら今から飲みにでも行きますか!?と勢い良く話す彼女にやんわりと断りを入れる、今日は早めに家に帰って休みたい。
「そうですか……じゃあ駅まで一緒に行きましょう!」
「うん、そうだね。」
帰り支度を終えて、後輩ちゃんと共に会社を出る。
すると聞こえた人々のざわめく声。
「……なんだろ。」
「さぁ……もしかしてヴィランでも出たんですかね?」
「…………かもしれないね。」
特に気にもせず、私達は駅に向かって歩き始める。だが人々のざわめきの中から子供の鳴き声が聞こえる。
その鳴き方は異常で、泣き叫ぶようにも聞こえる。それと同じぐらい大きな怒号も聞こえてきて、やはりヴィランか……と確信する。
「うわ、めっちゃ泣き声聞こえますね……誰か警察かヒーロー呼んだのかな…………ってあれ!?」
「どうしたの?」
「で、電波が無い……携帯繋がらないです!!」
それって、
「警察呼べてないんじゃないですか!?そ、それってやばくないですか!?」
後輩ちゃんの言葉に、気づけば現場に向かって走り始めてた。たぶん、いや絶対私が思っているよりずっと状況は悪いだろう、と気付いてしまったから。
「…………っ!!」
現場に着くと、小さな子供を人質に民間人を脅すヴィラン。
銀行強盗だろうか、後ろにある銀行の入口ガラスが派手に割られていて、その中にも仲間らしきヴィランが見える。
想像するに、銀行からお金を運び出す間民間人が何もしないよう、子供を人質にとった。そして恐らくもう1人のヴィランが電気系、電波系の個性で通信機器を使用不能にしてる。
「……厄介だな…………。」
「っ先輩!!ヒーローなんでいないんですか、」
「この時間この辺りはヒーローのパトロールが手薄になる。恐らく連絡手段がやられた為にこの事態に気づけてない。」
「え!?なんでパトロールが手薄なんて、」
「日頃からヒーロー達のこと調べてればわかるよ。」
マジですか……流石ですね……。なんて言う後輩ちゃんは放っておく、今はそれどころじゃない。お金は正直ヒーローが後から追いかけてでも取り返せるだろう。あのヴィランは大したことも無くチンピラの派生レベルだろうから。
だが心配なのはあの子だ。人質にされてる子供。
ヴィランと言うのは基本的に常識と言うのはあまり通じない、人質としての意味を無くした時彼をどうするのかなんて、普通に考えれば無駄に殺せば無駄に罪を重ね、無駄に反感を買うため利口では無いが、そんな常識なんて通じるか怪しい。
兎にも角にもあの子をヴィランから早めに引き離しておかないと、危険だ。
「おい、ヒーローでも呼んでみろ?こいつの首は胴と泣き分かれるぞ?」
「う、あ、うわああああん!!!」
「……うっせぇな、殺されてぇのかお前は。」
「ひっぐ、うああ……。」
ヴィランは子供の頬にナイフを滑らせ、静かに血を流させる。
……落ち着け、落ち着け。何度もヴィランだって見てきただろう。その度ヒーローにちゃんと任せてきただろう。どれだけ飛び出したくなっても、感情を殺してこれただろう。
今回だってそうだ、パトロールはしているんだ、いつかは必ずプロヒーローが来てくれる。絶対に。だから待つんだ。耐えろ、耐えろ。
「ひ、ぐ、う、うあああああ!!!おかああさあああん!!!」
「……うるせぇな。」
子供が泣き叫び、ヴィランは腕を触手のように伸ばし、近くにいた民間人を引き寄せる。
「き、きゃああ!!」
引き寄せられた女性は悲鳴を上げ、ヴィランの元へ連れ去られる。
「人質は一人いれば良い。……意味はわかるか?ガキぃ。」
まずい。
冷や汗が静かに額から滑り落ちる。
「せせ、先輩……!や、やばいんじゃ、」
「う、あ、……や、やだ……。」
「さよならだ、ガキ。」
ヴィランの腕がナイフを携え振り上がる。
抑えろ、抑えろ。駄目だ、私はヒーローじゃない。助ける力が、
個性が無いんだ。何のために退学したと思ってる。
それでも、それでも、
民間人から多くの悲鳴が上がる、誰もがあの子供はおしまいだと確信する。
それ、でも。
「……っ先輩!!?」
後輩ちゃんの声が聞こえる。さっきまでより酷く遠くで。
懐に入り込み、腕を殴りナイフを落とさせ、子供と女性を抱えて距離を取る。
「……なんだ、お前は。」
「逃げてください、ヒーローは近くにいません。通信機器も使えません、走って探してきてください。」
先程まで捕らえられていて、酷な事を言っている自覚はある。しかし私だって余裕なんて無いのだ。勝てる見込みなんてゼロ。生きて帰れる可能性なんて考えたくもない。
銀行強盗を取り押さえる力だって無いのだ、私が精々出来るのは、ヒーローが来るまで出来るだけ民間人の被害を抑えることぐらい。それが死傷者ゼロでいけるだなんて約束さえ出来ない。だからこそ、
「早く、ヒーローを!!」
私の声に弾けるように頷き走り出してくれた女性。子供は近くにいた民間人が保護してくれた。
「お前、ヒーローか?見たことねぇな。」
「……ヒーローでは無い。」
「ほう?じゃあ正義感の強い民間人か……自殺志願者か?」
「……そんなところ、かもしれない。」
自殺志願者、か。
傍から見たらそう見えるかも、それでも私は飛び出してしまった。今日が命日かぁ、とこんな時まで冷静な頭に笑えてくる。
「それならお望み通り殺してやるよ!!」
伸びてきた触手。恐らく伸ばすだけが個性だろう。
私は触手の動きを読み取り、懐へ入って腹部へ出来るだけ重い1発をキメる。
「っぐ……!!」
多少なりとも効いてるようで、ほんの少し安心する。時間稼ぎぐらい、役に立てそうだ。
「……少しはやるみてぇだな、でもこっちもあっさりやられる訳にはいかねぇんだよ。……だから、お前を殺す!!」
その言葉と共に向かってきた触手。
久しぶりに感じる緊張感、恐怖に震えないよう体を押さえつける。
私なんて本当に民間人と変わらないんだ、多少あの頃の癖で筋トレしてる程度の、力なんて、個性なんて何も無いただの民間人。
お願い、早く、私が体力負け、……最悪の場合命を落とす前に、ヒーロー来てくれ……!!
そんなことを願いながら、私はヴィランと対峙した。