「あれ、苗字さん?」
「……うん?」
お風呂を上がって部屋に戻ろうとしていた所を話しかけられる。
振り返るとこちらもお風呂上がりなのか、ツヤサラ髪がしっとりと濡れている影山くん。
「苗字さんは、帰らないんすね。」
苗字さんは。と言うと。………あぁ!
「うん、潔子さんと違って私は家遠いから。」
「遠いんすか?歩いてきてると思ってました。」
「ううん、バス通学。」
「……すんません、遠かったのに早朝練付き合って貰って。」
今更っすけど。と頭を下げる影山くんにいいのいいの!!と頭を上げさせる。
「自分で行くって決めたんだし、それに楽しかったから大丈夫だよ。」
「……あざっす。」
それじゃあ、と自分の部屋に戻って行った影山くん。
濡れた髪なんて、めちゃめちゃプライベートな部分と言うかなんと言うか。とにかく普通に接していたら見られない部分を見てしまった。
それを意識してしまうとぼぼぼぼ!!と顔が熱くなり、でも意識が止まらなくて、影山くんはどんな顔して寝るんだろうとか、寝起きの顔とかどんなのだろう、とか
気持ち悪い事まで考え始めていた時、
「「「ぎゃああああああ!!!!」」」
「お前ら!!うるさああああい!!!」
そんな大声が聞こえて、私の心まで静まった。
◇
ふと目が覚める。
体を起こして携帯を見ると午前5時半。
はっや……。でも去年もこんな感じだった。慣れてない場所で一人ぼっちで眠るのはやっぱりちゃんと眠れない。
去年は結局早朝から散歩をして、皆が起きてくるのを待ったっけな。
今年もそうするかぁ。と布団から出て顔を洗う。
服を着替えて、まだ眠っているであろう皆の部屋の前を静かに通って、靴を履いた。
外へ出ると少しだけひんやりとした空気が漂っており、寝起きの体に気持ち良い。
どこまで行こうかな。そこまで疲れない所までが良いな。
そう考えて1歩踏み出したところで、
「…あれ?苗字さん。」
デジャブを感じた。
声の聞こえた方を見ると、今走って戻ってきました、的な感じの影山くん。
……ええ!?
「は、走ってきたの……!?」
「おはようございます。はい。」
「お、おはよう……凄いね、朝から。」
「日課なんで。……どこ行くんすか?」
「あー……目が覚めちゃったから散歩にでも行こうかなと。」
まさかこの時間に戻ってくるなんて。何時から走ってたんだろう。
「散歩……。」
「うん、影山くんみたいに走って来たら日中バテバテになっちゃうから散歩。」
体力の無い軟弱なマネージャーでごめんなさいね……。
「じゃあ俺も行きます。」
「そっかそっか…………え?」
「行きましょう。どこまで行きます?」
「いや、ちょ、まっ、」
「あっちにしましょう。あんま遅くなると苗字さんに朝飯作って貰えないんで。」
「ちょ、話をきいて、」
「行きましょうか。」
あれ?あの騒がしい2人組と同じ匂いがするよ?
まるで話を聞いていない影山くんに腕を引かれて、
空気は冷えているのに、触れられている所だけが凄く熱く感じながら、
私達は並び歩いて合宿所を後にした。