「名前ちゃん、ちょっと来て。」
「はい!」
潔子さんに呼ばれて向かう。すると、
「…?何ですか?これ。」
「横断幕。…昔使ってたみたい。すっごい汚れちゃってるけど。」
「そうですね……汚い。部室から出てきたんですか?」
「そう。…これ、次のインハイ予選に持って行きたいなって思ったの。」
「おぉ…良いですね!!」
「ありがと。…洗うの手伝ってくれる?」
「勿論です!!」
嬉しそうに笑った潔子さん。飛べ。良い横断幕じゃないか!!きっと皆を鼓舞できる。
◇
「清水ー、苗字ー。今日大地が肉まん奢ってくれるってよ?」
「ごめん、私達やる事あるから。」
「ですので、お先に失礼します!」
「うぉ!?2人でなんか用事?」
「な……潔子さんと何するつもりだ!苗字!!」
「なんでそんな疑いの眼を向けるの…?」
私が潔子さんに危害を加えるとでも…?
「…2人でデートして来るの。」
ぎゅ、私の腕に抱きつき、そんな可愛すぎる事を言う潔子さん。
「か…かわ……!!?」
「……デート…!!」
あまりの可愛さに固まる私と、わなわなと震える田中くん。
すまんな田中くん、今日の潔子さんは私のものだ。
「行こっか、名前ちゃん。」
「はい!!」
ふふん、と勝ち誇った笑みを田中くんに向ける。
「くっそ!!苗字!!覚えとけよ!!」
「何をだよ。」
ぐぬぬぬと震えながらそんな事を叫ぶ田中くんにスガさんが苦笑い。本当です、何をだよ。
◇
「……よし、だいぶ落ちてきたね。」
「はい……しぶとい汚れでしたね…。」
あれから数日後、空いた時間を見つけては、大きな大きな横断幕を少しずつ洗っていた私達。
こんなに大きな横断幕を2人で綺麗にするのは中々大変で、骨が折れる。
「もうちょっとで綺麗になりそう。」
「はい、頑張りましょう!!」
「うん。」
物干し竿にかけた横断幕。飛べ。
インハイ予選、皆がどこまでも羽ばたいて行けるよう願った。
◇
「清水さんからちょっと!!」
先生の言葉に潔子さんが顔を少し赤らめながら声を発する。
話すのがあまり得意では無い潔子さん、が、頑張れ……!!
「……激励とか、そういうの、得意じゃないので、」
潔子さんが話すのを見届け、私は上に上がった。
「潔子さん!持って上がってます!」
「ありがと、今上がる。」
?マークを飛ばし続ける選手陣。ふふふ、見ててくださいよ。
「よし、行くよ?」
「はい!」
「せーの!」
バタッ
横断幕がはためいた。
「「「おぉー!!!」」」
歓声を上げる選手たち。その顔だけで、洗ったかいがあると言うものだ。
「すげー、こんなんあったんだなー!」
「よし、これでインハイ予選頑張るぜ!!」
「「うおおおおお!!!」」
「待て!!」
「え?」
大地さんの声と視線を見て、潔子さんを見る。
すると、何か言いたげな潔子さん。
が、頑張って…頑張ってください潔子さん……!!
「まだ何かある…。」
じー、と皆に見つめられみるみるうちに赤くなるお顔。
そして、
「……っ頑張れ。」
頑張れ。
潔子さんの口から、頑張れ、と。
あまりの可愛さ、そしていじらしさに思わず口元を抑えた。
しかし、下を見ると目から汁を放出させ続ける2、3年生。
わかります、わかります……!!!
恥ずかしさからか、早々に逃げ去ってしまった潔子さん。
凄い。やっぱり凄い潔子さんは。
頑張れの一言だけで、
「ぜってぇ勝つぞおお!!」
「「「おおおおおおお!!!!」」」
こんなにも皆を鼓舞出来る!!
沸き立つ皆を見て、思わず笑ってしまった。潔子さんは偉大だなぁ。
◇
「苗字さん。」
「……うん?」
手伝うと言ってくれる潔子さんに、明日からコートの中に入るのは潔子さんであって、私ではないから。と断り、
1人横断幕の片付けを終えて、皆より少しだけ遅く体育館を出ようとした所、
真っ暗な外にも負けずとも劣らないほど、真っ黒な影山くんがいた。
「あれ、まだ帰ってなかったの?」
「……苗字さんいねぇなって思って。」
「えぇ?そ、そうなんだ。」
探してくれたのだろうか、ちょっと、いやかなり嬉しい。にやけそう。
「何してたんすか?」
「横断幕の片付け。明日から私は応援しか出来ないから。」
マネージャーは1人しか入れない。なのでサポートも試合になると出来るのは潔子さんと、控えの選手だけなのだ。
「応援、出来るじゃないっすか。」
「え?」
「苗字さんから激励、聞いてないっす。」
至極当然のことを言っているかのように話す影山くん。
確かに、頑張れって言ったのは潔子さんだけだったな。
「そ、そうだったね……頑張ってね、影山くん。」
「うす。」
「それじゃあまた明日!」
「………送ります。」
「へ?」
横断幕を抱えて、部室に行こうとした所そんな言葉が引き止めた。
「もう暗いし、バスですよね。」
「う、うん。でも明日から試合だし、早く帰った方が良いよ?」
「大丈夫です。」
校門で待ってますんで。そう言い残して歩いて行ってしまった影山くん。
駄目だ、今日も思考回路がわからない。何がどうして送ってくれるんだ……嬉しいから良いけども!!
にやけそうになる頬を抱えた横断幕で隠して、私は急いで校門に向かった。
◇
「ごめん、お待たせ!」
「うす。」
「ごめんね、送って貰っちゃって。」
「いや、大丈夫です。」
「でも、なんで急に?」
「…別に。」
「え?」
「…よくわかんねぇっす。」
よくわかんねぇっす……?
「そ、そっか……。」
「……っす。」
相も変わらずお互いにコミュニケーション能力が低いこと。
理由が聞きたかった私も何と聞けば良いのかわからず、結局口を閉じて、
それに対して影山くんも特に何か話し出す事も出来ず、沈黙が流れた。
でもその空気は、合宿の朝を思い出させて、悪い気はしない。
「明日、」
「うん?」
「絶対勝ちます。」
「…うん。」
「応援してて下さい。」
「…ふふ、うん。」
「苗字さんの方、ちゃんと見ますから。」
「え!?そ、それは試合に集中して。」
「集中もします、でもちゃんとそっち見ますから。苗字さんも、離れてるけど部員ですからね。」
それは見逃さないからちゃんと応援しろよ、と言われているようで、
1人で離れた場所からでしか応援出来ない、私の孤独を埋める言葉だった。
「……うん。」
自然と上がる口角。
好きな人、としてでは無く、1選手としてマネージャーにかけられた言葉。
それがどうしようも無く嬉しくて、一度緩んだ口角は、家に着くまで緩んだままだった。