東京遠征

「影山くん、影山くん。」


「…んぁ?」


「もう着くから起きて!」


トントンと叩いて起こすと、静かに開かれた切れ長の瞳。うっ、かっこいい。


「……すんません、結局寄りかかって。」


「大丈夫だよ、そこまで重たくなかったし。」


なんてのは嘘で、ちょっと重たくて大変だったがあまりに綺麗な寝顔で寝ているものだから、起こすなんて出来なかった。


「今日から1週間、長い合宿だねぇ。」


「……そっすね。」


まだ寝惚けているようでぼーっとしている影山くん。


「…頑張ろうね。」


練習も、日向くんとのことも、頑張って欲しい。


そう願って投げ出されていた手を取り、ぎゅっと握ってそう言った。


「……はい。」


それに対して緩く笑った影山くん。


優しい、表情。


「う、わ、…。」


「…?」


そんな顔、出来るんだ。


あまりに優しく笑うものだから、狼狽えてしまう。


「はーい、到着しました!」


先生の声に慌てて手を離し、荷物を持つ。


真っ赤になった顔を誰かに見られる前に冷まさないと。パタパタと顔を仰ぎながら外へ出た。





「苗字!!」


「トラくん!!」


「やぁっと話せたぜ!!この間の遠征の時、全然話せなかったもんなぁ。」


「ね、短かったし。」


「でも今回は1週間!!仲良くしようぜ!」


「うん!!」


「おぉーう、早速仲良くなってんじゃねぇか!トラ!」


「おう!龍!苗字は、なんか話せる!」


「言っただろー?顔だけだって!」


「おう!顔だけだった!!」


……これはディスられてるの?褒められてるの?





「……ふぅ。」


今日も一日練習が終わり、食堂の片付けに勤しむ。


他のマネージャーさん達は先にお風呂に向かった。手伝う、と言ってくれたがあと少しだったし、私1人で充分だったので最後の片付けを申し出た。


「それでさー!!……って赤葦聞いてる!?」


「聞いてます聞いてます。」


「本当!?……ってあれー!?」


今日も元気そうな梟谷のエースさん。大きな声がこちらにまで聞こえてくる。


「君、烏野のマネージャーだよね!?」


「う、わぁ!?」


「木兎さん、急に話しかけるの辞めましょう。……ごめん、びっくりさせて。」


「い、いえ、だ、大丈夫です。」


嘘、全然大丈夫じゃない。


遠目に見ていただけのお二方。こんな風に話すのは初めてで、緊張と手汗が止まらない。


「なんで1人??他の子達は?」


「え、あ、その、……さ、先にお風呂、行きました。」


「えー!?何、皆に片付け押し付けられてんの!?」


「ち、違います!!私が、……私が自分から申し出ただけで、そんな事は、」


「ふーん??……嫌ならちゃんと言うんだよ?…あれ?何ちゃんだっけ?」


名前も知らない人に話しかけてたのかこの人……!?軽いカルチャーショックを受ける。


「苗字、だよね?2年の。」


「は、はい。」


「ほぉー!苗字ちゃんか!!俺の事は知ってる?知ってる?」


え、と、確か…。


「木兎さん、ですか?」


「せーかい!!じゃあこっちはわかる??」


と隣にいるセッターの人を指さす。


「赤葦さん、…合ってますか?」


木兎さんはこの合宿内でも有名人なので自信があったが、赤葦さんは、ちょっと微妙。


「合ってるよ。あと同い年だから敬語いらないからな。」


「は、……う、うん。わかった。」


「それにしても烏野の奴らって面白いよなぁ!!苗字ちゃんも面白いの?どうなの?」


「え!?」


面白い。烏野のどの辺が面白いんだ……?脳をフル回転させても、どこかわからない。


「……木兎さん、困らせてます。ほらもう風呂行きますよ。」


「えー?もうちょっと話してこーぜー?」


「駄目です、早く寝てください。明日も試合沢山やるんですから。」


「うぬん……じゃあまた明日ね、苗字ちゃん!」


「苗字、また明日な。」


「は、はい!おやすみなさい。」


おやすみぃー!と叫びながら手を振る木兎さんと、その背中をぐいぐい押していった赤葦くん。


なんとも強烈な人だったな木兎さん。……なんとなくノリとテンションがノヤっさんに似ているような気がしないでもない。


なんて話していたら止まっていた手。私も早くお風呂入って寝なければ。


急いで手を動かし、1人、食堂を後にした。

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