教えてください、賢者様

遠征から戻ってきて、すぐに始まった春高予選。


初戦の扇南高校に見事勝利を収め、迎えた角川学園戦。


「に、2メートル……!?」


「……俺、フジクジラと一体化する…。」


ドリンクや新しいタオルの準備をして戻ってくると、非常に動揺している選手達。


日向くんに関しては、もはや何を言っているのかわからない。フジクジラって何?


「……日向くん、大丈夫?」


「……?あぁ、フジクジラがどーのこーの言ってるやつっすか。」


今日も変わらず涼しい顔をしている影山くん。なんとも頼れる1年生なんだ。


「そうそう。…フジクジラって何?」


「俺にわかると思いますか。」


「……ごめん。……ふふっ。」


キリッとした顔でそんな事言うもんだから、つい笑ってしまう。


決して堂々と言う言葉ではないよ、影山くん…!





「……あれが2メートルかぁ。」


皆が動揺するのも納得。なんか、2メートルの彼の周りだけ遠近感がずれる。


「ひ、日向がいつもより小さく見えますね…。」


「確かに…。」


バレーの世界の中で小柄な日向くん。しかし2メートルを前にすると、更に小さく見える。食べられちゃわないか心配になるような身長差。


序盤、苦戦した角川学園戦。


しかしながら、しっかりとレシーブで対応し、点をもぎ取り勝利を収めた。





「名前。」


「研磨くん!久しぶり。」


「……って言っても2週間ぶりぐらいでしょ。」


「…へへ、確かに。」


夏の終わり、今度は音駒高校での遠征。代表決定戦前最後の遠征だ。


無事、予選を突破することが出来たので、以前と変わらず3年生達も含めた全員で来ることが出来た。


「影山とはどう?」


「どう、と言うと?」


「距離は縮まった?」


「そ、そんなすぐに縮まるようなものでも無いでしょ!?」


「そう?元から近かったから、もしかしたら付き合い始めたかな。なんて思ったけど。」


「つ、付き合う……!?」


「え?嫌なの?好きなのに?」


「う、あ、………そ、そんな高度な事まで考えたこと無かった。」


「高度。……俺みたいなやつならともかく、名前みたいな人でも高度な事だと感じるんだね。」


私みたいな人でも、ってどういう意味!?


「そ、そりゃ、難しい。難しすぎる!!……だって私が告白するってことでしょ…。」


「まぁ相手からでも付き合えると思うけど。」


「向こうから!!告白される訳ないじゃん!!」


「元気だね。」


「うるさくてごめん!!」


うわぁっ!と顔を覆って俯く。自分で言ったくせに、自分で言った言葉に傷つく。


そうだ。影山くんから告白されるなんてそんな奇跡、起こるはずがない。


私が勝手に一目惚れして、ちょっと優しくされてどっぷり片想いしてる、それだけ。


……それだけなんだよなぁ…。


「……なんか、ごめん。落ち込ませたみたいで。」


「……いや。自分の現状を把握しただけだよ…。」


その現状が私の心をいたぶる訳なのだが。


「…苗字さん?どうしたんすか。」


影山くんの声。慌てて俯いた体を起こして、向き直る。


「ど、どうもしてないよ!?」


「っ!?そ、そうっすか…。」


「うん!!」


「……ふふふっ。」


影山くんを前にして、とにかく空元気を振り回す私を見て笑う研磨くん。さぞかし面白い事だろう…!


そして笑う研磨くんを見て、首を傾げる影山くん。ごめんね、意味わかんないよね。そのままでいてね。


「……はぁ、面白い。……じゃあ俺は行くね。またね、名前、影山。」


「うん、またね!」


「うす。」


ゆらりと去っていった研磨くん。今日も不思議な雰囲気を纏っていたなぁ。


「…苗字さんって、本当に男の事苦手なんすか?」


「え!?な、なんで?」


突如そんな事を聞かれて、驚く。自他ともに認めている習性だと思っていたのに。


「……その、仲良いやつ、多いじゃないっすか。」


「そ、それは、遠征の中で話す事が何回かあって慣れた人だけ!研磨くんやトラくん。……あとは、」


「おぉーい!!苗字ちゃーん!!」


「あ……こんにちは!木兎さん!!」


「おーす!!おぉ!影山も!」


「うす。」


「げぇーんきだったかー!?」


わしゃわしゃと髪を撫でられ、うわわわと慌てる。


「げ、元気でした!!木兎さんも元気そうですね。」


「おう!!俺はいつだってげんき」


「木兎さん!!」


「あ、赤葦くん。」


「……苗字か。影山も。……木兎さん、呼ばれてますって。皆探してましたよ。」


「えぇ!?なんで。」


「なんでって。ミーティングするって言ってたじゃないですか。」


「……あぁあああ!!忘れてた!!行くぞ赤葦!!」


「……騒ぎ立てて悪かった。また後でな。」


「うん!」


「うす。」


嵐のように過ぎ去った彼らを眺める。赤葦くんはあれだな、いつか胃に穴が開きそうだな。


「……仲良い人、多いじゃないっすか。」


先程会話した彼らのことを含めて言っているのか、む。と唇を突き出している影山くん。


「で、でも、その人たちぐらいだよ!!他は全然話したことない人ばっかりだし、皆最初は緊張して全然話せなかった。」


「…本当っすか?」


「ほ、本当っす!!」


何故私は疑われているんだ?そして何故それに対して必死に言い訳じみた弁護をしているんだ??


「な、なんか気になる事でもあった……?」


マネージャーなんだから他校のやつらと話してねぇで、さっさと仕事しろ!!……とか?影山くんの優しさを知った今だと、中々考えにくいけれど。


「……………俺とも、」


「え?」


「俺とも、もっと話してください。」


むっ。ちょっとだけ拗ねたようにそんな事を言う影山くん。


もっと?話してください…?


言われた内容をゆっくり理解して、顔に熱が集まってくる。


…じゃあ俺行きますね。何も言えない私に、そう言い残して去っていった影山くん。


もっと話したいって、私が構わなくて寂しいって事?それとももっと仲良くしたいって事?


どちらの意味にせよ、嬉しすぎて昇天しそう。


研磨くん、研磨くん!!と空いた時間でこの奇跡を話したところ、


「嫉妬じゃないの?」


1度言われただけでは理解できないほどの爆弾を落とされ、なんとか飲み込み理解して、のたうち回った。


流石にそんな訳ない。わかってる、わかってます。期待し過ぎて辛いのは自分だし。


それでも、嫉妬という言葉に心を踊らせてしまうのだけは許して欲しい。

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