遠征から戻ってきて、すぐに始まった春高予選。
初戦の扇南高校に見事勝利を収め、迎えた角川学園戦。
「に、2メートル……!?」
「……俺、フジクジラと一体化する…。」
ドリンクや新しいタオルの準備をして戻ってくると、非常に動揺している選手達。
日向くんに関しては、もはや何を言っているのかわからない。フジクジラって何?
「……日向くん、大丈夫?」
「……?あぁ、フジクジラがどーのこーの言ってるやつっすか。」
今日も変わらず涼しい顔をしている影山くん。なんとも頼れる1年生なんだ。
「そうそう。…フジクジラって何?」
「俺にわかると思いますか。」
「……ごめん。……ふふっ。」
キリッとした顔でそんな事言うもんだから、つい笑ってしまう。
決して堂々と言う言葉ではないよ、影山くん…!
◇
「……あれが2メートルかぁ。」
皆が動揺するのも納得。なんか、2メートルの彼の周りだけ遠近感がずれる。
「ひ、日向がいつもより小さく見えますね…。」
「確かに…。」
バレーの世界の中で小柄な日向くん。しかし2メートルを前にすると、更に小さく見える。食べられちゃわないか心配になるような身長差。
序盤、苦戦した角川学園戦。
しかしながら、しっかりとレシーブで対応し、点をもぎ取り勝利を収めた。
◇
「名前。」
「研磨くん!久しぶり。」
「……って言っても2週間ぶりぐらいでしょ。」
「…へへ、確かに。」
夏の終わり、今度は音駒高校での遠征。代表決定戦前最後の遠征だ。
無事、予選を突破することが出来たので、以前と変わらず3年生達も含めた全員で来ることが出来た。
「影山とはどう?」
「どう、と言うと?」
「距離は縮まった?」
「そ、そんなすぐに縮まるようなものでも無いでしょ!?」
「そう?元から近かったから、もしかしたら付き合い始めたかな。なんて思ったけど。」
「つ、付き合う……!?」
「え?嫌なの?好きなのに?」
「う、あ、………そ、そんな高度な事まで考えたこと無かった。」
「高度。……俺みたいなやつならともかく、名前みたいな人でも高度な事だと感じるんだね。」
私みたいな人でも、ってどういう意味!?
「そ、そりゃ、難しい。難しすぎる!!……だって私が告白するってことでしょ…。」
「まぁ相手からでも付き合えると思うけど。」
「向こうから!!告白される訳ないじゃん!!」
「元気だね。」
「うるさくてごめん!!」
うわぁっ!と顔を覆って俯く。自分で言ったくせに、自分で言った言葉に傷つく。
そうだ。影山くんから告白されるなんてそんな奇跡、起こるはずがない。
私が勝手に一目惚れして、ちょっと優しくされてどっぷり片想いしてる、それだけ。
……それだけなんだよなぁ…。
「……なんか、ごめん。落ち込ませたみたいで。」
「……いや。自分の現状を把握しただけだよ…。」
その現状が私の心をいたぶる訳なのだが。
「…苗字さん?どうしたんすか。」
影山くんの声。慌てて俯いた体を起こして、向き直る。
「ど、どうもしてないよ!?」
「っ!?そ、そうっすか…。」
「うん!!」
「……ふふふっ。」
影山くんを前にして、とにかく空元気を振り回す私を見て笑う研磨くん。さぞかし面白い事だろう…!
そして笑う研磨くんを見て、首を傾げる影山くん。ごめんね、意味わかんないよね。そのままでいてね。
「……はぁ、面白い。……じゃあ俺は行くね。またね、名前、影山。」
「うん、またね!」
「うす。」
ゆらりと去っていった研磨くん。今日も不思議な雰囲気を纏っていたなぁ。
「…苗字さんって、本当に男の事苦手なんすか?」
「え!?な、なんで?」
突如そんな事を聞かれて、驚く。自他ともに認めている習性だと思っていたのに。
「……その、仲良いやつ、多いじゃないっすか。」
「そ、それは、遠征の中で話す事が何回かあって慣れた人だけ!研磨くんやトラくん。……あとは、」
「おぉーい!!苗字ちゃーん!!」
「あ……こんにちは!木兎さん!!」
「おーす!!おぉ!影山も!」
「うす。」
「げぇーんきだったかー!?」
わしゃわしゃと髪を撫でられ、うわわわと慌てる。
「げ、元気でした!!木兎さんも元気そうですね。」
「おう!!俺はいつだってげんき」
「木兎さん!!」
「あ、赤葦くん。」
「……苗字か。影山も。……木兎さん、呼ばれてますって。皆探してましたよ。」
「えぇ!?なんで。」
「なんでって。ミーティングするって言ってたじゃないですか。」
「……あぁあああ!!忘れてた!!行くぞ赤葦!!」
「……騒ぎ立てて悪かった。また後でな。」
「うん!」
「うす。」
嵐のように過ぎ去った彼らを眺める。赤葦くんはあれだな、いつか胃に穴が開きそうだな。
「……仲良い人、多いじゃないっすか。」
先程会話した彼らのことを含めて言っているのか、む。と唇を突き出している影山くん。
「で、でも、その人たちぐらいだよ!!他は全然話したことない人ばっかりだし、皆最初は緊張して全然話せなかった。」
「…本当っすか?」
「ほ、本当っす!!」
何故私は疑われているんだ?そして何故それに対して必死に言い訳じみた弁護をしているんだ??
「な、なんか気になる事でもあった……?」
マネージャーなんだから他校のやつらと話してねぇで、さっさと仕事しろ!!……とか?影山くんの優しさを知った今だと、中々考えにくいけれど。
「……………俺とも、」
「え?」
「俺とも、もっと話してください。」
むっ。ちょっとだけ拗ねたようにそんな事を言う影山くん。
もっと?話してください…?
言われた内容をゆっくり理解して、顔に熱が集まってくる。
…じゃあ俺行きますね。何も言えない私に、そう言い残して去っていった影山くん。
もっと話したいって、私が構わなくて寂しいって事?それとももっと仲良くしたいって事?
どちらの意味にせよ、嬉しすぎて昇天しそう。
研磨くん、研磨くん!!と空いた時間でこの奇跡を話したところ、
「嫉妬じゃないの?」
1度言われただけでは理解できないほどの爆弾を落とされ、なんとか飲み込み理解して、のたうち回った。
流石にそんな訳ない。わかってる、わかってます。期待し過ぎて辛いのは自分だし。
それでも、嫉妬という言葉に心を踊らせてしまうのだけは許して欲しい。