「……?あれ、苗字さんは。」
「あー、苗字ちゃんな!!血まみれで医務室行ったんだよな?やっちゃん。」
「は、はい。日向のシューズ取りに行った帰りに自転車と衝突したらしくて、」
「「「はぁ!?」」」
そう話すとクワァ!?と顔を顰めた影山くんと田中さん西谷さん。
「なんでそういう事…!?それでまだ戻ってきてねぇのか!?」
「はい、すっごい歩くのゆっくりだったし、かなり……怪我の範囲広かったので…。」
日向と影山くんが衝突した時にも見た名前さんが怪我する姿。またも、しかもこんなに早く見る事になるなんて。
きっと選手側に見えないよう怪我を隠してシューズ袋を投げたのも、私だけでも観覧席に置いていったのも、選手たちに対する配慮だろう。
マネージャーとして尊敬する、どこまでも選手第一。精神面にも影響を与えないよう心がける。
「行くぞ、龍。」
「おう!!」
「おい、まずはストレッチしろ。」
「だ、大地さん…。」
「苗字も心配だけど、明日も試合なんだ。ストレッチすっぽかして見に来た、なんて言ったら苗字どんな顔すると思う?」
「「……。」」
名前さんの怒った顔でも想像したのか、顔が引き攣る2名。そ、そんなに怖いんだ…!?
清水先輩同様、ほとんど怒らない名前さん。しかし、田中さんと西谷さんは同い年というのもあるのか、口調的にも強気で、厳しい部分も多い。
たぶんこの2人は怒られた事があるんだろうなぁ…と想像してしまい、少しだけ笑ってしまった。
はい……。と素直に頷き、ストレッチに入った先輩2人。しかし、動き出さない影山くん。
「影山くん?」
「……ん、ストレッチする。」
わかってる、と言わんばかりにそう言われた。少しだけ悲しそうに見えたのは、気の所為?
◇
「「苗字!!!」」
「あ、おかえり!!勝ったんだね!!やった」
「お前、大丈夫なのかよ!?」
食い気味な田中くん、顔が怖いよ…!?
「うん、全然平気。ちょっと痛いだけで済んでる!」
「ったくよぉ心配させやがって!!」
ガシガシと田中くんに頭を撫でられて、心配かけてしまったなぁと苦笑いする。
「ごめん、試合前に言うと気が散るかなぁと思って。」
「まぁ……それは確かにそうだけど……試合終わってやっちゃんに聞いた時はびっっくりしたぞ!?」
「ごめんごめん、でも勝ってきてくれて良かった!!」
「おう!!明日はちゃんと見てろよ!?今日の勇姿を見逃してんだからな!」
「勿論!!」
「苗字?大丈夫かー?」
「大地さん!はい、大丈夫です。もう歩けますし!」
「なら良かった!もうバス乗って帰るから、移動してくれ。」
「「「はい!」」」
◇
「苗字さん!!」
「あ、影山くん!全国大会でも大活躍だったってきいた」
「怪我、大丈夫っすか!?」
「うぇっ!?だ、大丈夫だよ。」
私の言葉を遮ってきた影山くん。あまりの勢いに驚いてしまった。
「そっすか……傷とか残りそうですか?」
「うーんどうだろう……わかんない、でもシューズ届けられただけ良かったよ。」
共にバスに乗り込んで話す。これでシューズも間に合わなかったなんてなっていたら、私の怪我だけでは済まなかった。
「まぁ……それはそうっすけど……。」
眉間に深い皺を刻む影山くん、ごめんね、心配かけてしまったね。
「試合前の出来事なのに言わなかったのはごめん。影山くん達にも心配いっぱいかけた。でも集中切らして欲しくなかったの。」
結果として勝利をもぎ取ってきてくれたのだ、私の判断は間違ってないと思う。
「……わかってます、俺達のこと考えてわざと言わなかったってちゃんと頭ではわかってます。」
「え?」
「でも、試合終わってから聞かされて。なんで言わなかったんだとか、誰にも付き添わせなかったのか、とか……すいません、俺達のこと考えた結果なのに、一瞬でも、ムカつきました。」
むぅ……と戒めるようにそう話す影山くん。でも、なんだかおかしくて笑ってしまう。
「……ふふ、あはははは!!」
「……何笑ってんすか。」
だって、
「そんな、一瞬でもムカつきましたとか、言わなきゃ良かったのに。言われなかったらわからなかったよ?」
「……確かに。」
「あはははは!!」
「笑いすぎっすよ!!」
素直なんだなぁ、純粋に育てられてきたんだろうなぁ。そう思ってしまうほどに真っ直ぐな正直な影山くん。
可愛くて仕方がない、今だってほんのり顔を赤くして怒っている。
誰にも、渡したくない。
「……苗字さん?」
「ん?」
「傷痛むんすか。」
「なんで?」
全然痛くないけども。
「顔顰めてます、なんか痛そう。」
痛そう、うん、痛かった。
私の心が痛い。可愛くて、愛おしくて仕方が無くなる。なのに、私のものなんかでもなくて。
宮城に戻ったらまた色んな子が影山くんに想いを伝える。いつか、誰かと結ばれちゃうかもしれない。
……耐えられる気がしない。
「ねぇ、影山くん。」
「はい?」
「全国大会終わったら、聞いて欲しい話があるの。」
「……?今じゃダメなんすか?」
「うん、今じゃダメ。……聞いてくれる?」
「はい、聞きます。」
疑問が残る顔で頷いた影山くん。
さぁ、逃げ道は断ったぞ私。
「ありがとう。」
愛しい彼に、どんな言葉を紡いで私の大きな大きな気持ちを伝えようか。
なんて、考えるにはまだ早い。
私たちはまだまだ宮城に帰らないのだから。