春高が終わり、3年生は引退した。
俺のスランプは波があり、春高の時は運が良く落ち着いていて、なんとかレギュラーを維持出来た。
早く、なんとかしねぇと。そう焦る気持ちは日々増えていって。
あと数日で3年生が卒業するってわかっていても、俺の頭の中はスランプの事ばかりだった。
あと数日で名前さんが宮城を離れるって事もわからずに。
「……飛雄くん?」
「……名前さん、なんでここ。」
俺のクラスにまで来てくれた名前さん、少しだけ心配そうな顔をしてるのはなんでだ。
「ごめん、引退したのに会いに来て。」
「そんな!!…………会えて嬉しいっす。」
「……本当?影山くん、スランプで頭いっぱいで私の事なんか忘れちゃったかと思ってた。」
冗談めかして笑いながら名前さんは言ったが、割と図星で俺は笑えなかった、すんません。
「……この間も言ったと思うんだけど、来週で私東京行くから、」
「…………え?」
「やっぱり忘れてた。」
「あ、いや、その!!」
「ふふ、いいよ。今大変な時期だもんね……バレーにめいいっぱい向き合ってください。」
今日も優しい笑顔。あぁ、好きだ。やっぱりすげぇ好きだ。手放すなんて出来ない。
…………でも、やはり名前さんの存在が俺のスランプの元凶であるのは間違い無いだろう。
名前さん達3年生が引退してから、姿を見る頻度は大幅に減った。なのに、俺のスランプは続く。
俺の深い深い大事な所が、名前さんにうつつを抜かしてる。そりゃ大事だから考える事も大いにあるけど、バレーの時まで集中出来てない。
でも、これを断ち切るというのは名前さんを手放すということ。そんなの出来ねぇ。どっちも欲しいんだ俺は。どっちも両立させたい。
「……東京行く日ね、見送りに来て欲しいんだ。」
「勿論です、ぜってぇ行きます。」
「ほんと?ありがとう!また日にちとか時間とかわかったら連絡するね。」
にっこりと優しい笑みを残して、名前さんは教室から出て行った。クラスの人達が美人だの可愛いだのざわついてる。当たり前だろ、名前さんだぞ。
…………俺の、彼女なんだぞ。
◇
「チッ…………クソっ。」
「今日も荒れてんなぁ影山くん。」
「あ?」
「お前のスランプなんなんだろうな?春高の時は空気読んで収まってくれてたのに。」
「……あぁ。」
「でも今はまたミス連発だな?昨日のホームランサーブ面白かったなー!!…っていでででで!!?」
日向の頭をメリメリと音を立てて握る。いっぺん黙らせねぇと気が済まねぇ。
「うぅ、痛かった……影山くん、そんな乱暴者だと彼女出来ねぇぞー?」
「うるせぇ、お前いねぇだろ。」
「う、うるせぇ!!」
まぁ、俺はいるがな。すげぇ可愛い彼女がいるけどな。
「まぁとにかく?早くスランプから抜けてくれよ?お前のトスねぇと困るんだからなー!?」
「……んな事わかってる。」
そんなの自分だってわかってる、でもどうしたら良いのかわかんなくて、ただただもがいてんだ。
…………違ぇ、どうしたらスランプを抜けられるのかはわかってる。でも、それが出来ねぇだけだ。
もうすぐ名前さんは東京に行く。
新しい、出会いもあるかもしれねぇ。
想像する、違う男と共に歩く名前さんの姿を。
胸がざわつき、苦しくなる。手放したくない、ずっと一緒にいたい。
でも、縛ったままで良いのか?
いつかスランプに耐えきれなくなった俺が手放すかもしれねぇ。
そんな時まで俺が縛ってても良いのか?
唇を噛み締める、覚悟しろ、決断しろ。
……名前さんに、俺のスランプの原因が自分だと気づかれる前に。
大切なバレーで大切な名前さんを傷つけたくない。
俺は、気持ちを固めた。
◇
「ごめんね、見送り来てもらっちゃって。」
「……いや、最後なんで。」
「最後って。また宮城にも戻ってくるよ?」
最後なんて、なんでそんな寂しい言い方するんだろう。
長期休暇は戻ってくるし、他にも時間があれば飛雄くんに会いにでも戻って来れる。
「……違います、……最後です、名前さん。」
「…………え?」
なんでそんな、悲しそうな顔してるの?
見送りに来た駅はまだ朝早いからか、人通りはほとんど無く、静かで。私達の沈黙が更に際立った。
「……名前さん、」
「……うん?」
「………………っ名前さん。」
「……何?」
泣きそうな顔をしてる飛雄くん。なんか、嫌な予感がする。
「…………別れて、くれませんか。」
苦しげに顔を歪めたままそんな事を言う飛雄くん。
何を、言っているのかわからない。
上手くいっていたと思う、楽しかったし幸せだった。飛雄くんのスランプが気になりはしてたけど、それだけで。
私達の関係は良かったのに、なんで。
今日だって私、東京で契約した部屋の鍵、飛雄くんにも持ってて貰おうと思って持ってきたのに。
東京来て、うちに遊びに来れるようにって、遠距離頑張ろうって、話してたのに。
「どうして…………?」
それしか出なかった。理由が全然わからなかった。
「…………すんません、……別れてください。」
「…………私の事嫌いになったの?」
「違います!!」
じゃあ、なんで。苦しそうな顔してるのに、なんで別れようだなんて言うの?
一緒にいたいって話してたじゃん、なのに、なんで。
思い当たる節が無い、嫌われるような行動もしてないし、飛雄くんも嫌いになってないって言っている。
じゃあ、なんで。と考えて、思い当たった1つの答え。
彼を作っている大きな要因バレーボール。そのプレーがスランプに陥ったのは、
私と付き合って少し経ってからだった。
なんとなく気づいていた、たまたまかもしれないとも思ってたけど、私との事が何か関係してるのかなって。
でも飛雄くんは何も言わないし、そういった事は、バレーに関係する事ならすぐに言ってくると思ったから、違うのだと思ってた。けど、
明確な理由を話してくれない、嫌われてもない。なら、
「…………私が、バレーの邪魔になったから?」
そう言うと、驚きに染まる表情。…………あ、これだ。
そうか、そうだったんだ。…………そっかぁ。
それなら、あきらめ「違います!!!」
え?
「違います、そんな、邪魔にとかなってません!!」
「……じゃあ、なんなの?……他に好きな子でも出来たとか?」
それでも無いと言うのなら、他の子が好きになったぐらいしか思いつかない。
……でも、飛雄くんではあまり考えにくいと思ってしまう、それほどに女の子に興味が無かったし、愛されてた自信があった。
なのに
「……はい。」
「は?」
「他に好きな人が出来ました。……別れてください。」
そう、彼は言ってのけた。
他に好きな人。
愛されていたと思っていたのは、私だけ?
独りよがり?
本当は二股でもかけられてた?
………………新しい彼女と、そんな私を見て笑ってた…?
そんな事ある訳ないのに、飛雄くんがそんな事する人じゃないってわかってるのに。
他の子に目移りしたと言う事実は、私に衝撃と愛されてたと勘違いしていたのだ、と言う悲しい事実をも突きつけ。
「………………そっかぁ。」
ただただ痛い胸と、流れ続ける涙をそのままに飛雄くんの前から去った。
「………………っすんません、今までありがとうございました。」
そう言って頭を下げる飛雄くん。
何が、ありがとうございました?
私の事、こんな風にして突き放したのに。お礼なんて言われたくない。
「…………さようなら、影山くん。」
渡せなかった部屋の鍵。
こちらを見ていた影山くんの顔は見なかった。
新幹線に乗り、連絡先を消す。未練なんて無かった。
捨てられたんだ、私は。未練を持つだけ悲しくなる。
悲しいのは今だけ、泣くのも今だけ。
大丈夫、大丈夫。いつかまた笑える日が来るよ。
そう励ますのは自分自身しかいなくて。漏れ続ける嗚咽を殺して、涙に濡れた。