慈愛

「……あの、苗字さんって、」


「あぁ、あいつな!仕事忙しいみたいで来れねぇらしいぞ。」


聞いてねぇのか?と不思議そうな顔をする田中さんに頷く。


田中さんや周りの人達からしたら、仲良くしてた俺に連絡が無いことは不思議がる事だろう。


しかし俺からしたら、当然の事だ。当たり前。深く深く傷つけた、連絡が無いのは4年経っても許してない、許さないという意思表示。


それを田中さん越しに受け取り、胸が痛くなる。


今どうしてんだろうか、名前さんは。


あの日、名前さんを東京へ見送った日以来一度も会ってない。


一度も会ってないのに、俺はずっと名前さんの事が忘れられなくて、忘れたくも無くて。


なんであんな事しちまったんだ、と悔やむ日もあった。けれど結果として良かったと思う。


あの頃、名前さんと別れてから徐々にスランプは解消され、次のインハイ予選には完全に復帰した。


あの決断をしていなければ、本当に俺は俺を失うところで、名前さんに愛される俺もいなくなる所だった。


そして今アドラーズに所属し、自分のテンションや精神面のコントロールも上手く出来るようになってきた。


…………今ぐらい精神が安定していたら、名前さんを手放さなくて済んだのに。


そんな事を何度も考える日々。ずっとずっと好きなまま大人になった。


優しい笑顔、声、小さな手、ふんわり香る名前さんの匂い。全部全部好きだった。


でもわかってる、もう二度と手に入らないって。


手放したのも、突き放したのも、……傷つけたのも俺だ。


例えもう一度会ってくれることがあっても、二度と俺の隣には帰ってこない。


それでも良いと思って、名前さんを縛り続けるよりマシだと思って、あの時決断した。なのに、


今になって、やっぱり欲しいと心が叫んでる。傍にいて欲しいと、隣で笑ってて欲しいと叫び続けてる。


けれど現実はそう上手くいく訳がなくて、あからさまに避けられてる。


俺はこの心の叫びと一生共に生きていくしかない。


もう他の人なんて考えられねぇ、それだけ好きだったし、今も好きだ。


俺は、名前さんを傷つけた罪を一生かけて償うから、


どうか、幸せになってください。


俺の事なんか忘れて。

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