「…………さむっ。」
思わず呟いてしまう程に寒い。
秋が深まり、薄手のカーディガンだけでは耐えきれなくなってきた。
高校生のこんな日、寒くて震えてた私に影山くんがジャージを貸してくれたんだよなぁ……なんて思い出してふるふると頭を振る。
毎年のように思い出して、全く飽きない事だ。だから忘れられないし、次の恋も出来ないんでしょうけど。
改札を抜け、ホームへ向かう。
今日は定時で帰れたなぁ、……時間もあるしどこか寄って帰ろうか。
夕方で混んでいる電車に乗り込み、どこへ行こうか考える。
服買いにいこうか……それともコスメ…………いや、新しいフライパン買いたかったんだよな…………。
なんて考えていると、ぞわり。背中に嫌な感じが走った。
お尻に違和感。
さ、触られてる……!?
撫で付けるような動きに気持ち悪さと怖さを感じる。
はぁはぁ、と荒い息遣いが近くで聞こえて、カタカタと震える。
太ももにまで手を伸ばされ、スカートの裾に触れる。
怖い、けど声が出ない。ハクハクと息をなんとかしながら、零れた涙。
早く着け、早く着け!!と願っていると
「おい。」
すぐ近くで男の人の声がする、後ろの方だから身動きが取れず振り向けない、……聞き覚えがあるのはなんでだろう。
「あんた痴漢してただろ、嫌がってた。」
「そ、そんなのしてな……。」
「……大丈夫っすか?」
声をかけられて、体を動かしなんとか振り返ると、
零れた涙もそのままに、私はまたも声を失った。
「っ!?…………ほら、行くぞ。」
駅に着き、駅員さんの元へ痴漢して来たおじさんを引き連れていく彼。
私が泣いていた事を周りにいた人たちも見ており、それらの証言から痴漢の犯人は駅員さんに連れて行かれた。
私はと言うとなんとか電車を降りて、心配してくれる見知らぬ方々に頭を下げながらホームのベンチへと腰掛けた。
なんで、ここで。今まで会わなかったのに。
混乱する頭。痴漢されたのだって初めてで、震えるほど怖かったのにそれを上回る衝撃。
「…………名前さん。」
しかし驚いていたのは相手もそうで、電車の中で私の顔を見た時、目がめいいっぱい開かれていた。
「…………影山くん。」
久しぶりに会う彼は変わらずかっこよくて。助けられて再会だなんて、そんなのかっこよすぎる。
「…………大丈夫っすか?」
大きな彼が膝に手を当て、覗き込んでくる。
「……あ…………うん。」
「立てます?」
「…………うん。」
差し出された手。しかしそれを取る気にはならず、立ち上がり、改札へと歩き出した。
後ろに続く影山くんの足音に、ビクビクとドキドキと鼓動を鳴らしながら。
◇
改札を抜けて、影山くんに向き直る。
……ムカつくほどに整った顔。マスクで多少隠れているとはいえイケメン具合が隠せてない。
ファンが見たらすぐにわかるであろう浅はかな変装に、彼らしさを垣間見てしまって、胸がうるさい。
「……助けてくれてありがとう。」
「……あ、いえ……。」
「…………それじゃあ。」
流石に会いたくなかったとは言えお礼も言わないのは失礼だ。
お礼も言ったので、と私は彼に背を向ける。しかし、
「……っ待ってください!!」
肩を掴まれ、前に進めない。
「……何?」
自分でもびっくりするぐらい冷えきった声が出た。彼のしたことを忘れては行けない、そう念じて生きた4年間は、彼に対して厳しい私を作り上げたようだ。
「……話せませんか。」
「何を話すの?」
話す事なんか、ないだろう。
「……まだ、怒ってますか。」
まだって、何。
「怒ってないよ、でも話すことは無い。それじゃあ。」
「っ俺にはあります!!」
「影山くんの現状なら知ってるよ、テレビとかで見るし。」
「……そんな事じゃなくて、」
「それ以上の事を知る権利は私にはもう無いよ。」
くしゃ、と歪んだ影山くんの顔。
少しだけ胸が痛むが、気にしない。私が与えられた傷とは比べ物にならないだろう。
「バレー頑張ってね、……試合を見に行くことはもう無いだろうけど。」
肩に触れている手を優しく解かせる。
さようなら、影山くん。…………ごめんね、こんな言葉しか言えなくて。
「それじゃあ、…………ばいばい。」
揺れる瞳を最後に見て、私は彼に背を向けた。
もう二度と会いませんように。それが私にとっても彼にとっても幸せに繋がる道だ。
買い物する気なんて失せて、家へと向かう。
最後に見た何か言いたげな、必死に繋ぎ止めようとするような瞳が頭の中から離れなかった。