一生の秘密

「寒い…………。」


「鍛え方が足りねぇんだよ。」


「いやそりゃ足りないよ、私鍛えてないし!?」


そう言うと、それもそうだな。と笑う影山くん。朝練終わりの影山くんとたまたま下駄箱で遭遇したので、そのまま一緒に教室へと向かう。


「そう言えば、坂の下で新しいカレーまん出たって知ってる?」


「……知らねぇ。」


「何がどう新しいのか知らないけど、美味しいらしい!期間限定っぽいし、終わる前に食べとかないとだねぇ。」


「そうだな、…………苗字、今日帰り空いてるか。」


「?空いてるけど……あ、もしかして部活休み?」


「おう、カレーまん食べに行くぞ。」


「いいね!!あー!それだけで今日1日頑張れる!」


学校終わったら、カレーまん!!それだけでテンションが上がる私は単純なのだろうか。





「悪い、帰りに少しだけ部活の集まりあって……。」


「え?そうなの?じゃあ教室で待ってるね。」


「いいのか?」


「いいよ?あ、でも影山くんが遅くなったせいでカレーまん無くなってたら肉まん奢ってね。」


「…………仕方ねぇな。」


やった!!カレーまんを食べれるか、肉まんを奢ってもらえるかの2択になり、笑顔を浮かべる。


それにしても部活が無いのに、集まりだけあるってなんなんだ。遠征の説明とか?そう言うの?


「じゃあ行ってくる。」


「行ってらっしゃい!」


教室から出ていく影山くんを見送って、私は窓際の席に座り、グラウンドを走るサッカー部や陸上部を眺めていた。





遠征の説明、全日本ユース合宿の説明などが終わり、教室へと戻る。


「影山ぁ!」


「……なんだ。」


「坂の下で新しいカレーまん出たって知ってるか!?」


今朝、聞いたばかりの情報に笑みを浮かべる。


「知ってる。」


「うわ!!なんでお前ドヤ顔なんだよ!?今日部活ないし、今から食いに行かねぇ?」


「行かねぇ。」


いつもならここで頷き、日向と共に坂の下へ向かうところだが今日は先約がいるので断る。


「え!?か、カレーまんだぞ!?いいのかお前!?」


「うるせぇな、苗字と行く約束してんだ。行かねぇ。」


「…………え?2人って付き合ってんのか?」


「…………付き合ってねぇよ。」


そう思われても仕方が無い距離感に、もどかしくなるのは俺だけなんだろうな。


「えぇ?でも2人で行くんだろ?仲良いよなぁ。」


「仲は良い。……でもそれだけだ。じゃあな。」


「おー、またな!!」


日向と別れて、教室に入る。すると、窓際の席に1人きりで座ってるあいつ。


顔は窓の方を向いていて、グラウンドでも眺めてるのかこちらに気づく気配は無い。


「悪い、待たせたな。行こうぜ。」


自分の鞄を持ち上げながら、そう声をかけたが返事は無く。


「…………?おい、」


窓際に回り込んで顔を覗くと、伏せられた目。


長いまつ毛が陰を落とし、いつも楽しそうに笑ったり怒ったり感情豊かな瞳は、閉じられた瞼に隠されていた。


すー、すー。と静かに寝息を立てるこいつは、寝顔を見た俺がどんな顔してるかなんて想像すら出来ないだろう。


「…………苗字。」


もう一度、名前を呼ぶ。しかし開かれない瞼。


なんで起きないんだよ。俺が呼んでるのに。なんで気づかなねぇんだよ、こんなに近いのに。


なんで、なんで。近くにいるのに、伝わらねぇんだよ。


悔しくて、悲しくて。受け止めて貰えない感情は昂り、


目の前にある無防備に晒された寝顔に顔を近づけ、一生言えない秘密を作った。


残されたのは寝ている間にしてしまった罪悪感と、その先を求めてしまう醜い欲望。


ごめんな、苗字。…………ごめん。


そんな言葉は言える訳もなくて、触れた唇を制服の裾で拭ってやる事しか出来なかった。

top ORlist