一生の秘密
「寒い…………。」
「鍛え方が足りねぇんだよ。」
「いやそりゃ足りないよ、私鍛えてないし!?」
そう言うと、それもそうだな。と笑う影山くん。朝練終わりの影山くんとたまたま下駄箱で遭遇したので、そのまま一緒に教室へと向かう。
「そう言えば、坂の下で新しいカレーまん出たって知ってる?」
「……知らねぇ。」
「何がどう新しいのか知らないけど、美味しいらしい!期間限定っぽいし、終わる前に食べとかないとだねぇ。」
「そうだな、…………苗字、今日帰り空いてるか。」
「?空いてるけど……あ、もしかして部活休み?」
「おう、カレーまん食べに行くぞ。」
「いいね!!あー!それだけで今日1日頑張れる!」
学校終わったら、カレーまん!!それだけでテンションが上がる私は単純なのだろうか。
◇
「悪い、帰りに少しだけ部活の集まりあって……。」
「え?そうなの?じゃあ教室で待ってるね。」
「いいのか?」
「いいよ?あ、でも影山くんが遅くなったせいでカレーまん無くなってたら肉まん奢ってね。」
「…………仕方ねぇな。」
やった!!カレーまんを食べれるか、肉まんを奢ってもらえるかの2択になり、笑顔を浮かべる。
それにしても部活が無いのに、集まりだけあるってなんなんだ。遠征の説明とか?そう言うの?
「じゃあ行ってくる。」
「行ってらっしゃい!」
教室から出ていく影山くんを見送って、私は窓際の席に座り、グラウンドを走るサッカー部や陸上部を眺めていた。
◇
遠征の説明、全日本ユース合宿の説明などが終わり、教室へと戻る。
「影山ぁ!」
「……なんだ。」
「坂の下で新しいカレーまん出たって知ってるか!?」
今朝、聞いたばかりの情報に笑みを浮かべる。
「知ってる。」
「うわ!!なんでお前ドヤ顔なんだよ!?今日部活ないし、今から食いに行かねぇ?」
「行かねぇ。」
いつもならここで頷き、日向と共に坂の下へ向かうところだが今日は先約がいるので断る。
「え!?か、カレーまんだぞ!?いいのかお前!?」
「うるせぇな、苗字と行く約束してんだ。行かねぇ。」
「…………え?2人って付き合ってんのか?」
「…………付き合ってねぇよ。」
そう思われても仕方が無い距離感に、もどかしくなるのは俺だけなんだろうな。
「えぇ?でも2人で行くんだろ?仲良いよなぁ。」
「仲は良い。……でもそれだけだ。じゃあな。」
「おー、またな!!」
日向と別れて、教室に入る。すると、窓際の席に1人きりで座ってるあいつ。
顔は窓の方を向いていて、グラウンドでも眺めてるのかこちらに気づく気配は無い。
「悪い、待たせたな。行こうぜ。」
自分の鞄を持ち上げながら、そう声をかけたが返事は無く。
「…………?おい、」
窓際に回り込んで顔を覗くと、伏せられた目。
長いまつ毛が陰を落とし、いつも楽しそうに笑ったり怒ったり感情豊かな瞳は、閉じられた瞼に隠されていた。
すー、すー。と静かに寝息を立てるこいつは、寝顔を見た俺がどんな顔してるかなんて想像すら出来ないだろう。
「…………苗字。」
もう一度、名前を呼ぶ。しかし開かれない瞼。
なんで起きないんだよ。俺が呼んでるのに。なんで気づかなねぇんだよ、こんなに近いのに。
なんで、なんで。近くにいるのに、伝わらねぇんだよ。
悔しくて、悲しくて。受け止めて貰えない感情は昂り、
目の前にある無防備に晒された寝顔に顔を近づけ、一生言えない秘密を作った。
残されたのは寝ている間にしてしまった罪悪感と、その先を求めてしまう醜い欲望。
ごめんな、苗字。…………ごめん。
そんな言葉は言える訳もなくて、触れた唇を制服の裾で拭ってやる事しか出来なかった。