貪欲
「…………苗字?」
「……影山くん?え!ちょっと久しぶりだね!!」
そう言って声を上げて笑った苗字。
既に年も明けて俺達3年生は自由登校に入っている。
俺と日向は変わらず学校へ行き、ボールに触っているが授業が無いので苗字のように用事が無い人は学校へ来ない日々が続いている。
なので俺と苗字が顔を合わせるのは久しぶりで、
尚且つ私服の苗字と会うのはほぼ初めてだ。風邪の時家に行った時だけだし。
毎日のように顔を合わせてゲラゲラと笑いあってた相手と、こんなにも合わないのは夏休み以来で、
それでも終わりが来ればまた会えるってわかっていたから、待ち遠しいと言う気持ちだけで済んでいた。
でも、もうすぐ本当の終わりが来る。
俺は東京へ行き、アドラーズへの入団が決まっている。
苗字は地元の大学へ進学。……もう毎日会えるような距離にはなれない。
その事実は俺を焦らせ、……なんとか繋ぎ止めないと、と思ったが
こんな気持ち、苗字を困らせるだけなのでは無いか。そう思ってしまった。
苗字は友達としての俺と仲良くしてくれていたのに、俺はそう思ってなかっただなんて……言い出せない。
友達のままで良いから、そばに居たい。近くにいて良い存在でありたい。そう願ってはみても、
友達のまま繋ぎ止めるってどうやってやるんだ、とか。地元から離れるのは俺なのに、どうやったら近くに、そばに、
どうやったら、忘れないで貰えるんだ。そんなのわからなかった。
そしてその結論は今も尚出ないままもがいていて、
「今日も学校行ってきたの?凄いなぁ、疲れない?」
目の前で笑う苗字に手が伸ばせないままでいる。
◇
「ごめんね、買い物まで付き合ってもらっちゃって。」
「別に良い、時間はあるし。」
苗字は食材の買い物の為にスーパー行くところだったので、……まだ離れたくなかった俺は手伝うと言う名目の下荷物持ちを買って出た。
「大丈夫?重くない?」
「あ?舐めてんのか。」
「こっっわいよ。」
そう言いつつも笑う苗字につられて、俺も笑う。
これ以上はいらない。望まないから、俺から苗字を奪わないでくれ。だなんて、誰も悪くないし誰に願っても仕方が無いことを願ってしまう。
「あー、久しぶりに影山くんと話したらスッキリした!」
「……?ストレスでも溜まってたのか。」
「うーん、そんな気はしなかったけど影山くんと話せない事がストレスだったかも。」
「……なんだそれ。」
「ね、わかんないけど。影山くん面白いし。」
「お前には負ける。」
「……ん?もしかして今馬鹿にされた?」
「してないしてない。」
「嘘だよね!?目を見て言ってくれる!?」
もう!と言って拗ねる苗字に、手を伸ばし、
サラサラな髪の毛の上から頭を撫でた。
「そんな怒んなよ。」
「おこっ……てないし。こ、子供扱い辞めて!! 」
「ちいせぇから子供扱いしても良いだろ。」
「二重で酷い!!」
笑いが止まらない。苗字といるとずっと止まらない。
幸せだって思わされるんだ。
…………あぁ、やっぱりお前が良い。隣にいるのは苗字が良い。
そう思ってしまう俺は、望み過ぎなのだろうか。