あの日の俺は
時が止まったように感じた。
たまたまその日は動き足りなくて、夜にロードワークしてて、
珍しくいつもは通らない道を通って、こんなとこに公園なんかあったのか。なんて思いながら走ってるとぼーっとベンチに座った人を見つけて、
こんな夜にスーツケース片手に何してんだあの人、なんて思いながら走り去ろうとした時。何故か、目を離せなくなって。
段々と速度を落としてゆっくり近づいていくと、心臓を鷲掴みにされたような感覚。
……なんで、ここに。出そうになって慌てて喉元で止めた言葉。
疎遠になってしまってから酷く後悔した初恋の人。
もう会う事は無いんだろう。そんな事まで考えてたのに、なんで、こう、お前は急に……。
「…………苗字?」
久々に声にした名前は、少し震えていて。
涙に濡れながらこちらを振り向いた苗字の顔を見て、今度は心が震えた。
忘れられなかった初恋が、再び動き出した瞬間。
◇
「…………うめぇ。」
「ほんと?良かったぁ。滞在させて貰う間の家事はお任せ下さい!!」
にっ!と笑った苗字は多少大人びたものの、変わらぬ身長のせいもあってか可愛いままだった。
高校生の時から家事をこなしていた苗字。弁当もたまに貰っていたが大体いつも美味くて、苗字の飯が毎日食べられたら。なんて思ってた高校生の俺、なんか思ってたのと違うけど叶ったぞ。
「じゃあお風呂貰うね?」
「ん、いってらっしゃい。」
「いってきます!」
バタン、と風呂場への扉が閉まってから一息つく。
正直まだ混乱してる部分は多いが、よくここまで持ってこれた。よくやった俺。
なんとか苗字を救い出し、その上俺の傍にいて貰えるよう仕向けられて…………嬉しくて口元が緩む。
苗字の身に起こった話は、本当によく話してくれたな。と思うような内容で、あいつはとにかく笑っていたけど笑えない状態だろうに無理してたんだろう。
それでも俺と中身の無い話をしてる時だけは、本当の笑顔を見せていた気がするから。…………手を差し伸べて正解だったと思いたい。
二股をかけられていたとか、相手の男に多少なりともムカついたりはしたけれど、
その結果俺達は再会出来た訳だし、それに話を聞いてる限り苗字はそいつの事を好きになれなかったらしいから離れて良かったと思う。どちらからしても。
……まぁ、あいつの過去はもう良いとして、問題はここからだ。
出来るならば出来るだけ長く一緒に生活したい。…………一緒に暮らした事なんて当たり前だが無いけど、絶対楽しい自信がある。
それに、もう離したくない。どこにも行かせたくない。
やっと掴んだチャンスなんだ、必ずものにしてみせる。
卒業式に言えなかった言葉を
「お風呂ありがとう!!すっごい広かったぁ!!」
「まぁ金はあるからな。」
「い、言ってみたい……!!」
今度はちゃんと、伝えるから。