恋
「うぅ…………寒っ。」
段々と冷え込んできたなぁ。秋も深まるって感じ。
そろそろマフラーとか手袋の出番?流石に早いかな?
なんて思いながら、冷えた手を制服のポケットに入れた。
少し前まで半袖で平気だったのに、冷えるのは急だなぁ。
それとも寒いと感じるのはいつもより帰るのが遅いからかなぁ。
帰宅部なのでよっぽどの事が無い限り、こんな真っ暗になってから帰らない。
しかしながら今日は委員会の仕事が長引いて。こんな時間まで残らされるなんて思わなかった……とげんなりした顔で校門へと向かっていた。
「…………苗字?」
すると聞こえた耳に残る綺麗な声。なんとも聞き覚えのある声に振り返ると、予想通りの人物が。
「影山くん!」
「…………?なんでまだ学校いるんだ。」
影山くんがこちらへ駆け寄ってきて、その小さなお顔を傾ける。
影山くんの少し後ろには何人かの人がいて、皆同じジャージを来ていたからバレー部の皆さんだとわかった。
「なんか、委員会の仕事が沢山あって……。他の人は結構用事とかあって帰っちゃったんだけど、仕事残ってたし引き受けざるを得なくて……。」
こう言うイエスマンな所、本当に嫌になる。少しぐらいノーと言える人間になってみたいものだ。
こんな悩み全く無さそうな影山くんに対して、あははは……と苦笑いを浮かべた。
「だからってこんな時間まで……1人で帰るのか?」
「うん、1人しかいないしね!」
「いないしねって……。」
何故か呆れた顔をする影山くんに、なんで??と聞き返せば、
「危ないだろ、こんな夜道1人で。」
なんとも紳士的な返事が返ってきて驚く、驚くというかもうなんかひっくり返りそうなぐらい驚いた。
「んだよ、その顔は。」
ぐいいい、とほっぺを抓られて痛みから声を上げる。
「いてててて!?ご、ごめんって!?」
「じゃあ何だよ、今の顔。」
「いや、その……影山くんからそんな紳士的な発言が出るなんてびっくりしたので……。」
「……?そうか?」
「うん、優しいって思った。でも今のほっぺ抓られたの痛かったからぷらまいぜ」
「んだと。」
「いててててて!!?」
酷い、暴力で黙らせるなんて酷い人だ。
「おーーい!!影山ぁ!!」
「うぅ……痛い……あ、日向くん呼んでるよ?それじゃあ私は帰るね!また明日。」
「は?」
は?え?今の会話何かおかしな所あったかな、なんでそんな有り得ないって顔してるんだ影山くん。
「送る。今1人じゃ危ないって言った所だろ。」
「え、えええ!?そこまでして貰うのは悪いよ!!」
「別に良い。お前の家そんな遠くないんだろ?」
「遠くないけど……だからこそ1人でもへい」
「うるせぇ。ちょっと待ってろ。」
酷い。仲良くなればなるほど扱いが雑になっていくのは喜ぶべきか悲しむべきか。
日向くんの元へ向かい、何か話してる2人。
すると私に向かって手を振る日向くん。
「苗字さああん!!またねええ!!」
突然大声で名前を呼ばれてびっくりする、しかし手を振る彼を無視するなんて出来ないし、
「ま、またねええ!!」
私も声を上げて手を振り返した。するとこちらに戻ってくる影山くん。
「帰るぞ。」
「う、うん。」
影山くんの隣に並んで歩く。本当に良かったのかな送って貰って。それにバレー部の皆さんと帰ろうとしてただろうに。
……まぁ、彼が自分で言ったことを曲げそうにはないのでこれ以上は言わないけど。
なんて考えてから、ふと今の状況から思い出したことを声に出してみた。
「少女漫画で言ったらさ、」
「…………?」
「こうやって帰る時に、好きな人と並ぶだけでドキドキきゅんきゅんするんだって。」
「…………どき……きゅん…………?」
「壁ドンとかさ、されちゃったりとかして。」
「…………どん……?」
「なんならちゅーしちゃったりとかして。」
「…………さっきからお前は何言ってんだ。」
「……いや、恋っていいなぁって最近思っててね。」
「……そうか?」
「うん、憧れる。こうやって帰るのが友達の影山くんじゃなくて、好きな人だったら少女漫画の主人公みたいに真っ赤になったり、てんやわんやしちゃったりするのかなって。」
「…………悪かったな俺で。」
「い、いやいや!!そこじゃない!!送ってくれるのは凄い嬉しい!!ありがとう!!」
謎に傷つけてしまったようで、慌てて弁解する。そうじゃないんだ!!
「お前恋した事ねぇのか。」
「ねぇっす。……え?影山くんも無いよね?」
「何当たり前みたいな顔して言ってんだお前、腹立つな。」
「え、えぇ!?私が無いんだから、影山くんはした事ある訳無いよね?」
「だからそれを当たり前かのように言ってんのが腹立つっつってんだろ。」
あ??と頭を大きな手で鷲掴みにされる。いててて!?
「ま、まさかあるの!?」
「…………さぁな。」
「え!?誰!?私知ってる人!?」
「言わねぇ。」
「なんでぇ!?」
つん、と唇を突き出して黙秘する影山くんに、彼は恋を知ってるんだ。と少しばかりショックを受けた秋の夜だった。