あちらこちらでイルミネーションが点灯し、ライトアップされた街中で恋人達が寄り添うクリスマス。こういうイベントは別に嫌いじゃない、普段は人混みでごった返す雑多な都会の街並みも、幻想的でどこか非現実的な風景に変わる。それは絵本に出てくる名前も知らない国に迷い込んだみたいに、魅力的に映った。浮き足立ってしまう人々の気持ちも理解出来る、こんな綺麗な景色を見たら誰だってその足を運んでみたくなるし、隣に好きな人が居てくれたならどんなに幸せだろう。寒いと分かっているのにわざわざ夜に待ち合わせをして、少し冷えた手を繋いで、自分のコートにもポッケがある癖に恋人のポッケに2人で手を入れてみたりして。くだらないなと思いながらも、そんなくだらないことに幸せを感じられることが恋をするということなんだと思う。恋は盲目というけれど、自分も恋をしてバカになった。それもこれも、たぶん全部紅鏡が悪い。

 自分の誕生日なんてとても好きにはなれないけれど、いつかこの夢みたいに綺麗な晩を誰かと過ごしてみたくて、それが叶って、数年目。今年は一緒に遊園地の側のホテルに泊まった。タイアップしているホテルなだけあって、遊園地の世界観を忠実に再現した装飾、家具、サービス、文句の付け所のない施設だった。だから、俺も少し浮かれていたのかもしれない。いつもみたいに手を繋いで目を閉じて、少し時計の針が進んだ頃。紅鏡の寝息を確認して、初めて自分から彼の手を解いた。今日はクリスマスイブの晩、恋人にプレゼントぐらい用意してもいいだろう。普通に明日の朝手渡せばいいのだけれど、たまには記念日に浮かれるバカになってみたい。ずっとこの日が楽しみで、無駄に早く買ってしまったクリスマスプレゼント。言葉にしてお礼を言うのは得意じゃない、けど、大好きな人に想いを伝えたい気持ちはある。ラッピングされたそれをこっそり取り出して、窓際にちょこんと置いておいた。柄にもない、我ながらそう思うけれど、恥ずかしくなったらサンタのせいにしよう。そうだ、それがいい、俺が用意したわけじゃない。そう自分に言い聞かせてもう一度布団に潜り込めば、普段よりずっとあどけない紅鏡の寝顔が目に映った。なんとなく、たったそれだけで幸せな気持ちになれるのだから、自分もまぁ随分と安い男だな、と思う。手を繋ぐ以上のことはしていないけれど、それが俺たちには心地いい距離感なんだろう。ずっとこんな風に傍にいてほしい、自分に返せるものはないけれど、少しでもこの思慕の情が伝わればいいと思う。愛しい手のひらにもう一度指を絡めて、今度は解けないようにぎゅっと握って瞼を下ろした。




…というのが昨晩。そして今はチェックアウト30分前。まさに部屋を出ようと、靴を履いているところだ。俺はすこぶる機嫌が悪い。

「紅鏡、なにか忘れ物してないか?」

「ん?ちゃんと確認したから大丈夫だよ」

嘘つけ、節穴か。

「お前たまに抜けてるだろ、1回見てきて」

「そうかな、旅行の日ぐらいはちゃんとしてるよ」

ちゃんとしてるなら分かるだろ。心の中で罵倒を重ねる。

「…具体的には窓際、窓際あたりにお前が忘れ物をしてる、気が、する…………」

「そんなに僕が心配なら白夜が見ておいで、その方が安心するよ」

喧嘩を売っているのだろうか、この男は。

普段なら俺の体調の変化に逐一気付いて無駄に気遣ってくる癖に、窓際に堂々と置かれているプレゼントに気付かないことがあるだろうか?ない、ないはずだ。いつもと変わらない穏やかな顔で、「もう少しここにいたいのかな、白夜が好きそうなホテルだもんね」みたいな生温い視線を送ってくる紅鏡が心底ムカつく。いや俺の勝手なアフレコだけど。わざとか?やはり喧嘩を売っているのか?いいだろう、そっちがその気なら俺も男だ、売られた喧嘩は喜んで買ってやる。せっかくのクリスマスデートだからおろした新品のブーツのかかとでお前の足先を思いっっっっきり踏んでやる。通りすがりの野良猫に足を踏んづけられても「あ、邪魔してごめんね」とか言いそうな彼だが、野良猫の比じゃない力で踏みつけてやる。もう知らない。お前が悪い。

「馬鹿。バカ。紅鏡は馬鹿だ」

「え、どうしたの」

呆けた顔が更に俺の癪に触ったので、ふんと踵を返して早足で部屋に戻る。さっきまで寝ていたベッドは寝具が綺麗に畳まれており、こういうところに気が利くだけに余計イライラした。可愛らしい飾り枠にはめられたガラス窓の向こうには噂のシンデレラ城が覗いている。煌びやかなお城とは相反するように、手前に置かれたプレゼントは酷く寂しげでこじんまりとしており、居心地が悪そうだ。

「ほんと、みじめな気分…!」

窓際に置いてあったプレゼントを乱暴に引っ掴んで入口まで戻り、紅鏡の胸にそれを押し付ける。なにが起こってるのか分からないって顔、本当に、本当に腹が立つ。

「忘れ物!あった!!けど!!!!?いらないなら捨てれば!!!!!!!!!!」

あぁ、慣れないことなんてするもんじゃない。もう二度とこんな恥をかくものか。顔に熱が集まるのが分かる。こんなはずじゃなかったのに。どうせならもっと、ロマンチックな展開で頬を紅潮させたいものだ。なんなんだこれは、俺はハッピーエンドが好きだけど、誰もコメディカルな喜劇がしたいわけじゃない。喜劇を描くのは結構だが、舞台に立たされ笑われる側のピエロになるのは真っ平御免だ。

「…」

紅鏡は胸に押し付けられたプレゼントを半ば強制的に受け取らされて、ラッピングされた箱をまじまじと見つめている。無言で。本当になんなんだこの男は、やはり文句があるのか。安心しろ、今から足を踏んでやる予定だ、気に入らないとか言おうものならそのまま平手打ちしてやる。

「…はは、いらないわけないよ。ありがとう。…ところで白夜も、なにか忘れてるんじゃない?」

「は?」

彼はくすくすと楽しそうに笑っている。訳が分からない。荷物はちゃんと確認したし、紅鏡があまりにも気付かないから部屋に他にも忘れ物がないか、気付かせるためのきっかけがないか隈無く探した。この部屋にはもう、備え付けのクマのぬいぐるみぐらいしかないだろう。

「1人で寂しそうって言ったのは白夜じゃない。彼も連れて帰ってあげなよ」

そう言う紅鏡の視線は、やはりあのクマに向けられていた。ベッドサイドのテーブルに、ちょこんと座らされた可愛らしい真っ白なテディベア。

「あのクマはホテルの所有物だろ。ここに住んでるんだよ、連れて帰ったら誘拐になるぞ」

「そうかなぁ」

紅鏡もまた、さっきの俺みたいに部屋の方に戻ってクマを抱えてきた。そしてそれをはい、と当然のように渡してくる。なされるがまま受け取り、きょとんとした顔のクマと目が合った。たぶん、俺もこんな顔をしているんだろう。とんとんと、クマの耳についたタグを紅鏡は指差す。

「…XX、12/25。今日だ」

「そう。ドイツのテディベアのメーカーなんだけどね、毎年限定数でその年だけのデザインが出るんだって。今日、白夜に会うためにはるばるドイツから来てくれたのに、置いていったら可哀想だよ」

今日の日付、ドイツ社のテディベア。ホテルの備え付けでないことは明らかだった。紅鏡を見上げれば、ね、と同意を促すように微笑んでくる。

「…いつから用意してたんだよ」

「さぁ、僕が用意したわけじゃないから。サンタさんか、この子が頑張って歩いてきたんじゃないかな」

クマがドイツから日本まで徒歩で渡来してたまるものか、と減らず口を叩こうとしたが、想像したら健気で少し情が湧いたので辞めた。てくてくと小さな足を懸命に動かしてここまで来てくれたのかもしれない、あまりにも馬鹿らしいがそのクマの頭をなんとなく撫でたくなった。

「ネックレス、クマの癖に生意気だな。デザインは悪くない」

クマの首に下がった小さめのネックレスを指で弄んで、いかにも紅鏡が選びそうだなと1人頷く。玄関先のランプの淡い光を反射するそれは、華奢なペンダントトップにスワロフスキーが埋め込んである。紅鏡がプレゼントに気付かないことばかりに気を取られて、クマに気づいてやれなかったことが少しだけ申し訳なくなった。それに、俺も紅鏡も同じようなサプライズを考えて同じようなもどかしい朝を過ごしていたのだと思うと、ものすごく馬鹿らしくて愛おしい。お礼ぐらいは素直に言いたい、そう思った時。

「うん。白夜も似合ってるよ」

そう言う紅鏡の腕が俺の首元に伸びてきて、何かを指先ですくい上げる。シャラリと鎖の擦れる音がした。その音で、紅鏡が用意したプレゼントが、俺の腕の中で大人しくしているクマだけではないことにようやく気が付いた。

「ネックレスつけてくれるか分からなかったんだけど、似合いそうだったか………いっ」

紅鏡が顔をしかめる。なぜだろう、決まっている、俺が咄嗟に足を踏んだからだ。踵ではなく爪先で踏んだ、動揺してもそれくらいの温情はかけた、つもり。とても、とても素直なお礼とはいえない行為だ。

「い、い、いつからだよ!」

「ね、寝てる最中につけたら首が締まって危ないかなと思って、朝起きる直前くらいに……」

「ずっとつけてたわけ!?」

「そう。意外と気付かないものだね」

紅鏡は眉を下げたまま、やはり楽しげに笑っている。自分の首元を辿れば、確かにクマのぬいぐるみとお揃いのネックレスが下げられていた。

「いやなんでクマとお揃いなんだよ、お前とでいいだろ…!」

「僕はネックレスつけないから…」

「恋人が他の男とお揃いのアクセサリーつけててもなんとも思わないわけ?」

「あ、そのクマ男の子だったんだね」

とても、とても、とても悔しい。なんだろう、この後、どんな顔で紅鏡と過ごせばいいだろう。壁に飾られているテーマパークのキャラクター達の絵が、こちらを見て笑っているように思えた。あぁ、バカにすればいい、俺はいつもこいつの掌で踊らされてる気がする。死ぬ程腹が立つけれど、きっとこれが惚れた弱みってやつなんだろう。

ドア付近でてんやわんやとしたせいで、時計を見ればもうチェックアウトギリギリの時間だった。この後もたくさん予定がある、紅鏡と行きたい場所、紅鏡と見たいもの、紅鏡としたいこと。

「そろそろ行こうか、開園の時間だよ」

「…ん。このクマの名前紅鏡にする、今日は一緒に回ろうな紅鏡」

「え、僕は?」

「俺の恋人は紅鏡だから。…でもまぁ、耳つけるなら復縁も考える」

「僕結構いい歳した男なんだけど…」

「俺もそうだよ。べつに誰も見てないしいいだろ」

そうかな、まぁ白夜がそう言うなら、うーんでも、とか、なんかそんなことを言っている紅鏡の腕を、照れ隠しでぐいぐい引っ張って行く。誕生日なんて、紅鏡と出逢う前までは特に気にしたこともなかった。自分が生まれた日なんて、誰が祝福するだろう。隣にいる呑気なもの好きくらいだ、本当に悪趣味。でもプレゼントの選び方は悪くない。もう少し恋人でいてやってもいいかな、なんて思いながら。来年の紅鏡の誕生日はなにをしよう、気の早い算段をしつつ、2人で手を繋いでホテルを出た。

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