二人で手を繋いで歩く、よく晴れた日の午後。肌に触れる春の陽気はどこまでも優しく、心が穏やかになる。今日は桜を観に行く約束だった、少し遠いけれど電車は使わない。二人で歩く時間が、何よりも愛しいから。今なら桜もちょうど見頃だろう、満開も綺麗だが散り際を愛でる日本人は多い。舞い散る桜に攫われてしまいそう、だなんて恥ずかしいけれど、互いを見失わないようにぎゅっと手を繋いで歩いていた。

「もうすぐ着きそうだね。白夜、疲れてない?」

「大丈夫。まだ行きだろ、今疲れてたら帰れない」

「…そうなんだけどね」

紅鏡は少しだけ口篭る。含みのある言い方だった。

「なんだよ」

「いや…昨日は、ほら。ね。白夜…頑張ってたから……」

「ばか…!外で変なこと言うな!!」

「ごめん、心配で…」

「大丈夫だって言ってるだろ。そこまで弱くない」

「…そっか。よかった」

紅鏡は安心したように微笑み、白夜の頬を優しく撫でた。恥ずかしかったのかうっすら紅潮した頬は桜を思わせる。早く着けばいいのに、でももう少しこうしてただ歩いているのもいい。白夜の手を優しく引いて、また細い小道を歩いていく。

「……ぁ」

しばらく歩いた頃。そんな小さな呟きと共に、く、と紅鏡の腕が引かれた。紅鏡は足を止めて、白夜の方を振り返る。

「…?どうしたの、やっぱり疲れた?」

「………」

白夜は手を繋いだまま、顔を伏せている。その耳がほんのり赤く染まっている気がして、顔にかかる髪を耳にかけてあげようとそっと触れればびくりと肩が跳ねた。見上げられたその表情は…昨晩見たものによく似ている。

「な、なんでも、ない」

白夜はそれだけ言ってまた目を伏せ、紅鏡と視線を合わせようとしない。服の裾をぎゅっと掴んで、まるでなにかに耐えるような、なにかを隠しているような仕草をする。

「白夜、どうしたの」

いつもより優しい声色で、紅鏡はもう一度尋ねてみた。その声に白夜が弱いことを、彼はきっと自覚していないのだろう。白夜はちらりと紅鏡の顔色を伺うように目線をあげ、少し躊躇った後に小さく言葉を紡ぎ始めた。

「そ、の。…きのうの、なかに、だしたの……が。ぁ、あふ、れて」

それ以上は続かなかった。自分の服の裾をもう一度ぎゅっと伸ばすようにして、いじらしく、小さく身じろぐ。上気した頬はなかなか冷めそうにない。

「あ…………。えっと………」

紅鏡は懸命に言葉を探した。目の前で恥じらう恋人に対し、どうするのが正解だろうか。少なくとも自分はどうしたいのか。とにかく彼に無理はさせたくない。それと。

「…今日は帰ろう。お家にしようか」

「え、だ、大丈夫、別に身体が辛いわけじゃない、から。せっかくのデート、だろ」

白夜はこの日を楽しみにしていたようで、宥める紅鏡を説得しようとするが。その顔はやはり、微かに色めいている。次の日がデートなのに昨晩行為に至ってしまったことを少しだけ後悔した。

「…だめ、かな。また今度来よう、ね?桜ももうしばらくは散らないだろうから」

「でも…」

言葉を続けようとする白夜の耳元に紅鏡はそっと口を寄せ、誰にも聞こえないように囁いた。もともと周りに人なんていなかったけれど、どうにも恥ずかしくて。柔らかな陽の差す小道に、さらさらと木の葉が揺れる音だけが聴こえている。

「 」

白夜の肩が再び跳ねる。彼に合わせややしゃがんだ紅鏡の顔が近くて、その表情が見れなくて、困惑しながら視線を泳がせた。

「なに、それ。意味わかんない。…か、える」

「…うん。そうしよう。また来ようね」

「………ん」

手は離さないままに、今来た道をもう一度歩く。行きよりも少しゆっくりしたペースで、白夜の身体を気遣うように。白夜の頭の中は、先程の紅鏡の言葉でいっぱいいっぱいだった。紅鏡も紅鏡で、白夜の反応に多少は心を乱されたかもしれない。春の麗らかな日差しのせいではない熱が、身体を巡った。春はこんなに暑かっただろうか。言葉数も少ないままに家への道を辿っていく。桜が散るまでにもう一度花見に行こうと言うのなら、きっとこの道を通ることになるだろう。そしてまた、2人は今日の出来事を思い出す。





“あんまりその顔、僕以外に見られたくない。かわいい、から”






ーーーーーーーーーおまけ



「風呂、入ってくる…」

「うん、待ってるね」

白夜はシャワーをさっと浴びたようで、十数分で上がってきた。髪は濡れたままタオルを被って、やや大きめのゆったりした部屋着を着ている。

「次、どーぞ」

「?僕はお風呂は大丈夫だよ」

「え。……………」

白夜はきょとんとしたあと首を傾げて、なにかの結論に至ったようで一人拗ねたような顔をする。ころころと表情が変わる様子は、正直見ていて面白い。じと…と不機嫌そうな目で紅鏡の方を睨んでいたが、てくてくと近付いてソファの隣に座ったかと思えば、そっと彼の肩に身体を預ける。そして小さく呟いた。

「…しないの。お家デート、だろ」

「え…」

「俺だけ期待してばかみたい」

白夜は俯いたまま、自分の左手と右手の指を絡めてつまらなそうにする。紅鏡としては困ってしまう、昨晩のことを後悔したばかりなのに、白夜の身体を休める為に帰ってきたのに。いったいどうしたものだろう。

「毎日は流石に…。白夜の身体が心配だから」

「なに、紅鏡もう歳なの」

「え、30歳ってそんなに…」

「冗談だよ、今のは悪かった。………つぎ、いつ?」

「それは桜の約束?…じゃ、なくて?」

「…桜の約束。ばか」

白夜は悪戯っぽく微笑んで、紅鏡の方を見上げる。どちらからともなく、唇を重ねた。今日は深くない方のキスだ、触れるだけにしておかないと、きっと理性がだめになってしまうから。

その日は二人で、なにをしただろう。約束の花見には行けなかったけれど、例えどこにいたって、なにをしていたって、互いがいればそれだけで幸せだった。

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