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次の日。
昼休みになると、名前のところには男子バスケットボール部主将の日向順平と、同じ風紀委員の伊月俊が訪れていた。
大方、リコに話を聞いたのだろう。
彼らは名前の席のそばに座ると、お昼ご飯を食べながら話しかけ始めていた。
「好きな選手とかいるの?」
「いない」
「じゃあ、ポジションはどこだった?」
「覚えてない」
「…なんでバスケ辞めたんだ?」
「つまんないから」
お弁当のオムライスを食べながら、名前はうんざりしていた。
バスケを辞めてからというもの、まだ5ヶ月程度だが、驚くほど毎日のように誰かしらバスケについて話しかけてくる。
幼馴染さえこの有様なのだから、バスケを通じて私のことを見知った人はまぁそうなるだろうと思っていたが、いい加減うんざりしていた。
「…もういい加減にしてくれない?しつこい」
「俺もそう思ってた。バスケ、辞めようと思ってたんだ…けど、バスケをここまで続けてきて、今さらつまんないなんて思うわけないと思うんだよ」
「それはあなたの場合でしょ?私もそうと決めつけないで」
「…っじゃあ!男と勝負するなんて気がひけるかもしんねーけど、俺と勝負してーー」
「おい、日向。お前…そういう言い方するなよ。なんか、男とは気がひけるとか…言われる方はあんまりいい気しないと思うぞ」
「…っ、わりぃ」
たしかに伊月の言う通り、全くいい気はしていないようだった。
それもそのはず、そこらへんの無名選手に負けるほど、名前のバスケセンスは悪くない。
何せ、全中3連覇を果たしたチームのエースなのだ。
うんざりしていた名前が、ナメるなと言わんばかりの雰囲気を放ちながらオムライスを食べる手を止めている。
「向こうへ行ってくれない?不愉快」
一言、冷たい声で名前はそう言い放った。
それに対し、日向と伊月は圧倒されたようで、気まずそうな表情を浮かべる。
ストレートに言いすぎたな、と思いつつも、これでもう関わられないならそれでいいか、と名前は思った。
窓際の席に座る名前は、外の景色を見つめた。
「もう、やる気にならないの。元々、ずっと続ける気なんかなかったから」
「そう、なのか」
「中学の時から高校の女バス界には、すごい選手はいない。対峙して面白いことがないことは明白だから」
「…俺たちが誘いに来たのは、男子バスケ部だ」
名前の言葉を聞いて、伊月が話し始めた。
伊月は、自分たちは中学でどんなに努力しても結局初戦で惨敗して絶望したこと。
日向は腐ってしまったけど、これからこのチームで日本一を目指すと決めて練習を始めたこと。
伊月自身は、これまで長くバスケをやってきて、自分は能力がないがバスケをやりたいから、そつ強くなれないことに歯がゆく思っていること。
男バス界には強い選手がゴロゴロいて、それらに勝つためにはいかなる努力や正当な手段も惜しみたくないということ。
それらは、名前にとっても伊月にとっても、残酷な話であった。
かたや天才が故に、ライバルがおらず辞めてしまった。
かたや凡才が故に、才能に嫉妬し、しかし尚、バスケの楽しさに魅了されたまま。
「…伊月も、バスケに人生狂わされてるんだね」
「ああ。もう8歳から狂わされっぱなしだ」
「私も男だったら良かったって、何度も思ったよ」
ふわりと、風が3人の頭を優しく撫でるように吹いた。
彼女もまた、自分とは違う理由で、だが同じようにバスケによって苦しめられているのだろうと思った。
「お前は、試合には出られない…でも」
がたり、日向が立ち上がった。
「けど、約束する。俺らは絶対に強くなって、お前を負かせる選手になる。お前が面白いと思えるライバルになってやる…だから、頼む!」
そして、頭を下げた。
深く深く、名前に頭頂を向けて。
「バスケ部に入って、俺たちにバスケを教えてくれ!」
「日向…名字、俺からも、お願いします!」
伊月も同じように頭を下げてきた。
それに驚き、困った顔をする名前。
周囲の別席でお昼を過ごしていた生徒たちも、チラチラと3人を見てはコソコソと何かを話している。
「…分かったよ。はぁ…」
「!ほんとか!?」
「今日の放課後の練習、お邪魔して…観てみて、いけそうだと思ったら考えるから」
「っありがとう名字!」
パァ、と笑顔を浮かべながら、日向と伊月は喜んだ。
その顔を見て、名前は何とも言えない表情を浮かべながら再度、ため息をついた。