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▽2017/04/16(Sun)
ハルトがリャナン・シー
※ハルトくんがリャナン・シー(人に取り憑き、精気と引き替えに美しい歌声や詩の才能を与えるが、取り憑かれた人間は才能と引き替えに早死させてしまう妖精)

「──元気にしていた?」
「また貴方……」

 ひょこりと窓から顔を覗かせたのは、美しい男だった。艶やかな黒髪に整った顔立ち。薄桃の薄い唇はゆるりと弧を描き、鼻筋はすらりとして、肌は白磁のように滑らかで、その中心には全てを見透かすような青い瞳が埋め込まれている。
 彼はとんとん、と窓を開けるように促した。それに渋々と窓を開ける。部屋は二階であり、彼がどうやって窓からやって来たのかと言えば、文字通り浮遊してきたのだ。

「貴方が憑いている人の具合はどうなの? この前、容態が悪くなったと聞いたけど」
「季節の風邪に少しあてられただけみたいだった。まだ取り憑いてから日が浅いから大丈夫だよ」

 彼は一般にリャナン・シーと呼ばれる妖精であり、人と契約をすることで、その人間の精気を得る代わりに歌や詩などの才能を与える。しかし精気を得る、ということはその人間の寿命を大きく削ってしまうと言うことで、多くの人間は早死する。先月テレビでふと流れた人気だったの女性アーティストの死も彼が才関係したのだと、彼自身から聞いていたのだった。
 彼はにこりにこりと微笑みながら、ベッドに腰をかけている。こうやって気まぐれにこの部屋に彼が訪れるようになったのは二年か三年か。ちょうど書き溜めていた小説を文学賞に応募し、それが小さな賞に引っかかった頃だった。リャナン・シーは、リャナン・シー自身が気に入った者にしかその姿を見ることが出来ない。街中で彼から話しかけられ、その姿を認識出来るようになった。現在、会社員をしながら片手間に小説を書いている。昔からの夢が小説家ということもあり、会社を辞め小説家になりたいと思っているが、そこまでの才能が無いことは重々承知していた。

「まだ小説を書いているの? せっかくの休みだと言うのに、君も物好きだね」
「いつか、本を出したいと思っているの。だからこうやって書き溜めて、次の大賞に応募したいなって」
「止めなよ。君には、それだけの才能は無い」

 彼がぴしゃりと言い切る。
 彼の言っていることには少々語弊があることも知っていた。リャナン・シーは才能の片鱗が無い人間を気に入ることは無い。少なからず才能のある人間を見いだし、その才能をその人間の精気と引き替えに増幅させるのだ。小さな賞には受賞した、つまり才能はある。リャナン・シーと契約をすれば、すぐにでも才能は開花する。

「……ごめん、言い過ぎた。まだ、俺は君に死んで欲しく無い。それだけだよ。……彼女が帰ってくるから、そろそろ戻るね」
「……それって、どういうこと?」
「分かっているくせに、君は意地悪な質問をするんだな」
 
 とん、とん、と彼が床を蹴る度に、彼の身体は軽やかに跳ね上がる。足先からはきらきらとした光の粒が床に散らばっては消えていく。自分から窓を開け、するりと身を乗り出そうとする。穏やかな日が当たっている彼の表情はどこか切なそうで、そして幸せに満ちているように見えた。

「君が好き。身が焦がれるほど好きだ。だけれど愛してしまったなら、君は死んでしまう、だから、」

 まだ愛したくない、彼が言う。
 愛する人、そう彼が言葉を紡いだ。手を伸ばして、それに従えば指が絡み合う。ひんやりとして、生きている心地がしない。男性とは思えないほど綺麗な指だ。するりするりと撫でながら、にこりと彼が微笑んだ。

「俺たちはまだ、結ばれなくていい」

 また来るね、彼が名残惜しく指を離した。遠ざかっていく彼の後ろ姿。
 まだ愛したくない、その言葉が胸に刺さる。こうやって時たま会うことは出来るが、彼が一番傍に居るのは、契約をしている人間だ。精気を吸い取られてしまっても構わない、彼の一番になりたい。しかし彼から愛されてしまえば、死ぬ。遅かれ早かれ人間は早く死ぬもので、彼に殺されるのだったら本望なのに、そう先日彼に言ったとき、君は自分の命を大切にした方がいいと怒られたのも記憶に新しい。彼はきっと、才能のために契約をしたいだけなのだと思っているのだろう。違う、本当に違うのだ。
 愛する人、そう呟いてみる。思い浮かぶのは彼の姿。ぎゅっと膝を抱える。互いに恋い焦がれているのに、愛し合えないだなんて。神さまはなんて残酷なことをするのだろう。


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