++SS

▽2022/04/03(Sun)
ヴィル・シェーンハイト

「アンタじゃなきゃイヤなの。お願い、アタシとセックスして」

 ヴィル・シェーンハイトが頭を垂れて懇願する姿を見ることがあるだろうか。震える声でそう言った彼に思わずぎょっとして、いったいどうしたんですか、と尋ねる。
 頭を上げた彼は今にも泣きそうな目をしていた。芯の通った紫の目、いつもは真っ直ぐと世界を見据えている彼の瞳が揺れている。これはただ事じゃないと思った。力になりますから言ってください、一歩距離を詰めて目を見ながら私は言う。すると彼は力なく私の肩に頭を寄りかからせ、言葉を放った。吐息もまた揺らいでいた。
 今度の映画でベッドシーンがあるの。でもアタシは、初めてはアンタじゃないとイヤ。初めては、好きな人じゃないとイヤなの、と。




 アタシを受け入れてくれるなら、今日の夜9時にオンボロ寮で待っていて。迎えに行くから。
 
「お嬢ちゃんそんなところで寒いだろう? 談話室においで」
「ここで大丈夫。ありがとう」

 玄関に明かりを灯し、椅子に縮こまって待つ。膝に頭を押しつけて、その時を待つ。9時まであと10分。こんなに10分を長いと思ったことが無かった。
 分厚いコートとマフラーを身につけてもなお、冬の凍てつくような寒さが身に刺さる。オンボロ寮の玄関の気温はほぼ外気温と変わらない。吐き出す息は白く、マフラーの内側は凝縮した水蒸気が水の玉となっていた。






category:未分類

ALICE+