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▽2017/04/16(Sun)
ハルトと大正パロ
大正パロ(女学生相談員と帰国子女学生ハルトくん)


 おろしたての靴で石畳の道を足早に歩く。まったく、母さまも人遣いが荒いんだから。今ばかりは、毎朝丁寧に梳く髪も邪魔で仕方が無くて、私は少しはしたないと思いながら髪を後ろにやる。
 両手で先ほど和菓子屋さんで買ってくるように、と頼まれた練り切りの入った箱を持つ。急なお客さまが来るということで、お手伝いさんが慌ただしく準備に大変で、ちょうど学校帰りで手が空いていた私にお鉢が回ってきたのだ。母さまは学生が暇をしていると思い込んでいるようだけれど、本当は家に鞄を置いてからお友達とお茶をしたりお勉強をしたりしようと思っていたのに、鞄を置く時間さえなくてそのまま家を飛び出してきたのだ。お稽古の復習や予習もあるのに。

「──っ!」

 大通りはお昼を過ぎて夕方時ともなると人通りも多くて、学生や仕事終わりの男性、お夕飯の支度をする女性がごった返している。その石畳の足場の良くない通りでやや小走り、それも袴と言えども着物となれば足がもつれてしまうこともある。どんと後ろから押されて思わず足がもつれたことと、詰め襟の学生服、白線帽子の随分と背の高い男の方にぶつかってしまって声にならない声を上げる。

「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
「は、はい」

 その方は私の腰を咄嗟に支えて、そう声をかける。それに何とかお返事をして上を見上げれば、深い海の色をした青い目が私を見つめていて、目を少し見開いてしまう。異人さん?、そう呟いてしまって慌てて口を手で押さえる。すると転びかけても決して手を離さなかった和菓子の箱を落としそうになってわっ!、と大きな声を上げて持ち直した。彼は少しびっくりしたような顔をしたけれど、私の様子を見て、くすくすと笑いながら残念ながら違います、と答えた。彼に突然そのようなことを言おうとしたことに謝って、その場を離れようとしたけれど、ぴんっと何かが引っかかって頭に痛みが走る。

「ああ、いけない。ボタンに髪が」
「ごめんなさい。私がぶつかってしまったから。髪を切っていただけませんか?」

 あまりここからだと見えなくて。私は器用に鞄を開けて、中から小さな裁縫道具を取り出す。糸切りばさみを手に持って彼に手渡した。彼は少し難しそうな顔をしたけれど、構造を理解したようだった。
 整った顔立ちだ。すっと通る鼻筋。薄くも厚くも無い、ちょうどいい唇は薄桃。肌は透き通るように白くて、触れたら溶けて消えてしまいそうだ。その青い目を縁取る睫毛はふさふさとしていて、服装と短い髪でなければ女性と見間違えてしまいそうなほどだ。海を渡った遠い国の人が青い目をしていると聞いたことがあるけれど、まさかこんなに日本語が出来る方が青い目をしているなんて思わなかった。先ほどはじっと見つめるようなことをしてしまって少し申し訳なくなる。
 彼の綺麗な横顔を見ながら、いったいどちらの方なのだろう、と少し不思議に思う。こんなに美しい殿方が、しかも私と同年代くらいの方がこの街にいるなら、噂になってもいいはずなのだけれど。この方のことを話しているようなクラスメイトの話は聞いたことが無いし。そうこう思っているうちに、ぱちん、と音が聞こえてはっと現実に戻る。彼の手の中には糸切りばさみと学生服のボタンがあった。
 
「えっ、」
「綺麗な髪を切ることは出来なくて。ボタンならいつでも付けられますから」
「そんな……! 今すぐお直しします!」
「いえ。あなたは急いでいる途中でしょう? はやく向かった方が良い」

 ね、と念を押すように彼が言う。せめてお名前を、と言えばキサラギです、と彼が答えた。口の中でキサラギさま、と反芻してみる。近いうちにお礼に伺います、とそう言えば、彼は結構ですから、と答えるだけだ。それに痺れを切らして、口を開けてと半ば強引に言って開けさせてから、箱をぱかりと開けて、和紙に包まれた練り切りを突っ込んだ。

「その練り切り、美味しいと有名なお店のものなんです。今日のお礼は必ず。キサラギさま、ありがとうございました」

 きょとん、とした顔の彼にぺこりと頭を下げて家へと急ぐ。何だか世界が広がったみたい。母さまからのお使いをして、あんなに綺麗な人に出会えるだなんて思わなかった。足が少し浮き立っているように軽やかだ。
 
 
 
 このときの私はお家に帰って、身支度を整えて。出迎えたお客様がまさかこの方だとは思いもしなかった。やあ先ほどぶりです、だなんて声をかけられるのも、彼のボタンを直すのも、あとは若い二人で、と街を一緒に歩くことになるのも少し先のこと。そのお話はまた次の機会にでも。


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