++SS

▽2023/07/02(Sun)
悪夢/桜庭薫



「私仕事辞めるんですよ」

 声すら出なかった。彼女は大層穏やかな表情をしている。こちらとしては気が気では無い。どうして、まだ夢半ばじゃないか。なぜそんなことを言うんだと肩を掴んで問いただしたくなる。いや問いただそうとしたが、体が鉛のように重く動くことができない。

「後任の方も社長と面接をして決めさせていただきました。とても良い人ですよ。熱意があって、実直で、一生懸命で、きっと私よりも良いプロデューサーになります」

 そうか〜、と天道が脳天気な声をあげた。彼女を引き留めようとはしない。むしろ歓迎をするような素振りに腹立たしさすら感じる。
 なぜ、自分でも驚くぐらい掠れきった声が喉から出た。それに彼女は笑って、少し恥ずかしいんですけどと前置きをして続けた。

「やりたいことができたんです。今さら夢を追いかけるなんて遅いかもしれないって思っていたけど、皆さんを見ていたら夢を追いかけるのに年齢は関係ないって気がついて。背中を押してくださってありがとうございます。新しいところでもがんばります」

 やりたいこと、それは僕たちを一番のアイドルにすることよりも優先順位が高いものなのか。あれだけ、暑苦しいくらいに僕たちをトップアイドルにするのだと語っていたのに。口だけじゃない、そうなるための行動だって。
 いつ辞めるんだ?、そう尋ねると彼女は微笑みながら口を開く。その所作がやけにゆっくりとして見えた。


***


 今日、そう口が動いた。
 目が覚めた。心臓がドッドッドと変に鳴っている。


「辞めませんよ、辞めれません! 私がしわしわのおばあちゃんになっても、皆さんが膝が痛いとか言い始めて腰が曲がったおじいちゃんになっても、皆さんが望むまで私はプロデューサーをしますよ! 皆さんをトップアイドルにすることが、私の一番の夢なんですから!」





category:sideM

ALICE+